大陸横断弾丸鉄道

春くる与(はるくるかな)

第1話 始まりの街はグレネデン・シティ


 ――なんて日だ。

馴染みの賭場で、スッカラカンに負けた。

有り金を毟り取った後のカスになった俺はいらないとばかり、適当に追い出される。

まったく、なんて日だ。

乾ききって砂埃のたつ裏道を行く。

なんとなく口許に宿るのは、習い覚えたわけでもない下手くそな口笛。

ララバイは、どういうわけか乾ききったこの街に似合う。


 俺は、むしゃくしゃして道の横に詰まれた空の酒樽を蹴り飛ばした。

そいつはガラガラと音を立てて、狭い道を転がっていく。

ふんと鼻を鳴らして、そのまま立ち去ろうとしていた俺は、しかし不意に呼び止められた。


「……もし。そこの、御方」


 かけられた声に、振り返る。

大通りを一本はいった、路地裏。

馬車が何台も行き交う広々とした表通りとはちがい、道は狭くてゴミゴミとしている。

けれど畏れ多くも国王陛下の天領であるこの街で、本当に陛下とやらが支配しているのは、表通りまでだ。


 裏通りは、俺達アウトローの天下。

お天道様は、こんな路地裏までは照らしちゃくれない。

けれど振り返った先に立っていたのは、そんな裏通りには不釣り合いな若い女だった。


 一見して、身なりがいい。

身につけているのは地味なデザインのドレスだったが、よく見りゃかなり上等な仕立てのもんだ。

生地だって、ありゃあ絹なんじゃないか?

目の辺りを覆ったヘッドドレスの黒いレース。

その御蔭で、はっきりと顔は見えない。

それでも別嬪だとは知れる。

金色の僅かに金属光沢のような輝きをまとった髪は、複雑怪奇に編み込まれて結い上げられている。

ありゃいったい、どんな構造になってんだ。


 どっかの貴族の娘ってところか。

形のいい唇が、小さく笑みの形になった。


「すみませんが道に迷ってしまいました。

 どうか、案内をしていただけませんか」


 丁寧な口調でいい、女は軽く会釈する。

俺は肩を竦めて見せた。

世間知らずなのか、なんなのか。

見るからに悪党の俺に、案内していただけませんかときた。

冗談じゃねえ。


「やだね。面倒ごとはゴメンこうむる」


 即答で言ってやると、女は不思議そうに小首を傾げた。

やだねえ。

いかにもお上品な仕草が、逆に鼻につくぜ。


「面倒ごと……?」


 訊き返されて、俺はせせら笑ってやった。

彼女の背後を指差してやる。


「随分とお連れが多いようで。

 俺より先に、お連れさんたちが御用がありそうだぜ」


 言うと、物陰からのそり人影が現れる。

いち、に、さん……五人か。

あきらかに、ならず者。

どうせ、金持ちそうなこの女の後をつけてきた追い剥ぎ連中だろう。

関わりあいになるのも、めんどくせえ。


「まあ……」


 女はそう一言漏らして、絶句してしまったようだ。

怯えちまって、声も出ないか。

おおかた、でかいお屋敷で何不自由なく育ったんだろうな。

こういう場所での常識ってものを知らねえ。

危なそうな奴らを見かけたら、とっとと逃げろって常識をさ。


「じゃあな。運が良けりゃ、生きて帰れるだろ」


 俺はひらひらと手を振って、踵を返した。

俺に関わる気がないのを見て取った追い剥ぎどもが、ずいと女に距離を詰める。

まあ、殺されはしないだろうよ。

身包み剥がれて、身代金を取られるくらいで済む。

抵抗すれば命の保証はねえが、おとなしくしてりゃ命まではとられねえ。

死体の処理だって、面倒だからな。

それがここいらの流儀だ。


 金が全て。

ただし、命の代価がいくらになるかは運次第。


「――姫様」


 ふいに、別の女の声が割って入る。

女というか、子供?

肩越しに振り返って見る。

すると女のドレスの陰にメイド服姿の子供が見えた。

ドチビすぎて、視界に入らなかったんだな。

……それにしても、気配が感じられなかったが。


「おい、金出しな!」


 おっと、流石に路地裏の陳腐な追い剥ぎは、台詞までありきたりだ。

まあ、いい勉強になるだろ。

自分の身を守るには、どうすりゃいいのかってことのな。

そう考えて、やはり身を返そうとした時だった。


 ──響いた、銃声。


 ガン!と重い音。

連中、いきなり撃ったのかよ、と咄嗟に後ろを見る。


「な……」


 魔道硝煙の臭い。

まるで銃撃が起こしたような風が、砂塵を巻き上げる。

黄色い砂がおさまった後、俺が見たのは手足を撃ち抜かれ、無様に地面に転がった追い剥ぎどもの姿だった。

見れば、ドチビのメイドが腰に吊るしたホルスターから、一度収めた銃を引き抜くところだ。


 メイドは無造作に、倒れている一人の許へ歩み寄る。

銃口を男の額に向けると、こう言った。


「――姫様。とどめの御許可を」


 俺は思わず、口笛を吹いた。

おいおい、なんつう腕だよ。

倒れた男は五人。

銃声なんて、一発分しか聞こえなかったぞ。

しかも、狙いは正確無比。

一瞬で五人の手足ばかりを撃ち抜いて、行動不能にしちまいやがっただと。


俺ぁ、んな早撃ちのできる性能の銃なんざ、見たこともねえ。

どんな代物だ。どんだけ金かけりゃ、そんな性能の銃が作れる。

こんな腕前のガンナーも見たことがねえ。

しかも、それがこんなドチビのメイドだと?


 ――なんて日だ。


 しけた路地裏で、こんなクソ面白そうなもんに出くわすとはね。


「……駄目よ。リィ。

 もう勝負はついています。

 これ以上、貴女の手を穢すことは、わたくしが許しません」


 凛と響いた声に、思わず女を見た。

これだけの修羅場を見た後だってのに、女は息ひとつ乱しちゃいなかった。

世間知らずな貴族の御嬢様かと思ったのに。

女はポカンとしている俺に気付くと、柔らかく微笑んだ。


「面倒ごとは、片付きました。

 あらためて――案内を御願いできませんか?」


 丁寧な物言いには、厭味っぽいところはない。

俺の方はといえば、さっきまでと違って、この主従に興味がある。

知りたいねえ。

特に、あの銃の性能やらが。


「……いいぜ。きちっと礼が頂けるんならな」


 答えると、女は軽く頷いた。


「御用意いたします」


「それと……」


 俺は、腰の銃を引き抜いた。

ドチビメイドほどじゃないが、一動作のそいつは、そこそこ速かったはずだ。

メイドが反応しかけたが、俺に銃口を向けるには至らない。


 銃声。


 同時に悲鳴が上がる。

弾は、倒れながらも女に銃を向けようとしていた追い剥ぎの一人、その手の中の銃を弾き飛ばした。

次の弾で、空に舞った銃を、さらに撃つ。

続けてもう一度。

三度、宙を踊るよう弾け跳んだ銃。

それは、もはや金属の残骸になって追い剥ぎの手の届かない道端に落ちてクルクルと転がっていった。


「こっちの礼には、酒でも一杯奢ってもらえるかい?」


 あたりに立ち込めた魔道硝煙の匂い。

それを、くるりと手の中で銃を回して断ち切る。

ホルスターにおさめて女達を見遣ると、ドチビメイドが俺を睨みつけてきた。

おお怖い。思って口許だけ歪めて笑う。

女は僅かに驚いて口を噤んだようだった。

けれど、すぐに唇が笑む。

白い手袋に覆われた指先が、顔を隠したヴェールを少しだけ持ち上げた。


 見えたのは、濃い青色の双眸。

群青――つうんだったか。

こんな濃い色合いの蒼瞳は、見たことがない。

珍しい色のその目が、和むように青色をやわらげる。

不覚にも、俺は女の顔に見入った。


「……それも。御用意いたしましょう」


 人形みたいに整った白い顔は、笑うと花が咲いたみたいだった。

俺はこんな綺麗な顔した女を、生まれて此の方、他に見たことがねえ。

なんだってわざわざ、ヴェールなんかで隠してんのかね。


「で。どちらに行きたいんですかね。お姫様」


 訊くと女は、また少し小首を傾げるようにしてから答えた。


「ホテル……コールドウェルに行きたいのですが。お分かりになりますか?」


「は?」


 お分かりになりますかも何も。

俺は呆れながら、背後を指差してやった。


「あそこに見えてるだろ」


 地べたに這い蹲るようにして低い建物がひしめく、この裏路地。

そんな場所からでも、遠く霞むように見える、高層の建物。

見下ろされてる感じが満載の白亜の建築。

この街で最高級の呼び声も高い、ホテルコールドウェル。

あんなところに御宿泊か。


 この街育ちで、それなりに色んなところへ顔が効く俺だって、あんな高級ホテルには一度も足を踏み入れたことがないってのに。

さすが姫様なんて呼ばれるだけのことはあるな。


「つうか、なんでこんな寂れた方に来ちまったんだよ。

 あきらかに、方向間違ってんだろ」


「えっ……」

「えっ……」


 戸惑ったような声が、ふたつ返ってくる。

あ、わかった。

こいつら、二人とも方向音痴だ。


「……しゃあねえなァ。連れて行ってやるから、ちゃんとついて来な」


「ありがとう御座います」


 さっきまでの落ち着きぶりはどこへやら。

うろうろと目を泳がせていた主従は、そう言ってやると安心したようだ。

俺に案内させて安心してるなんて、そこはやっぱり世間知らずだな。

とはいえ、このドチビメイドが護衛なら、そこらのチンピラじゃ歯が立たないだろう。


 ――なんて日だ。

なんだかクソ面白い拾い物をしちまった。





 始まりと終わりの街。

この街はそう呼ばれていた。


――グレネデン・シティ。


 大海間を行き来する船の集まる、巨大な港。

大陸を東西に貫通する弾丸鉄道。

それをはじめとして各所を結ぶ幾つもの鉄道の発着する、一大ターミナル駅。


 旅はここからはじまり、ここで終わる。

荷も人も、必ずここを通過する。

欲望と絶望と、わずかな希望を携えて。

旅人はみな、この街から出発するのだ。

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