第3話  千葉介 その1



 泉小次郎は多数派工作に奔走している。


 和田一族を引き込むことに成功した小次郎は、下総国しもうさのくに(現・千葉県北部と茨城県南西部、東京都の一部)の大族で有力御家人の千葉成胤なりたねにも食指を伸ばした。


 千葉氏は、平姓を下賜され臣籍降下した高望王たかもちおうたいらの高望たかもち)の子、たいらの良文よしふみを祖としている。房総ぼうそう平氏へいしとも言い、また坂東ばんとう八平氏はちへいしの一つにも数えられる。千葉荘ちばのしょうを本貫としていて、良文のひ孫である平常将つねまさ下総しもうさ権介ごんのすけという官職を得て以来、当主は代々千葉介ちばのすけを通称としている。


 千葉成胤の祖父常胤つねたねは、頼朝が石橋山の合戦で大敗して安房あわのくに(現在の千葉県南部。鋸南町、南房総市、鴨川市、館山市を合わせた範囲)に逃れた直後に、一族郎党三百騎を引き連れて馳せ参じ、頼朝復活の大きなうねりを作った功臣である。


 その後も頼朝に従い、富士川の戦いや一ノ谷の戦い、さらには奥州合戦にも参戦して大功をあげている。


 また、成胤の父胤正たねまさは常胤と共に戦功を重ね、転じては頼朝の寝所警護の十一人衆に選ばれ、さらに頼朝上洛の際には内裏で頼朝に近侍する「布衣ほい侍」七人の一人に選ばれるなど、頼朝の側近として活躍した。


 だがその割に、成胤が当主になってからの千葉家は鎌倉政権から厚遇されているとは言い難い。


 千葉一族は、頼朝派の中で最大の兵力を誇った上総かずさ広常ひろつねの滅亡に伴って上総国の支配権を一部獲得した他、奥州合戦の戦功により、陸奥国の中で六か所の地頭職を与えられたが、他の宿老級氏族に比べるとかなり見劣りがする。


 昨年も鎌倉殿実朝に侍所の建て替えを命じられるなど、成胤はいいように使われている観がある。


 世人には、成胤は北條一族と親密な関係にある者と思われている。しかしその実、成胤は鎌倉殿や北條家に対して大いなる不満を抱いているはずだ、と泉小次郎は踏んだ。


 小次郎の郎党、青栗あおくり七郎の弟に阿静房あせいぼう安念あんねんという出家がいる。小次郎は弁の立つその男を使者にして、成胤を味方に誘い込もうとした。


 千葉一族の勢力は五百騎は下るまい。房総に大きな影響力を持つ成胤が味方になれば、この地方に土着している他の小豪族も追随して味方に参ずるに違いない。




「──して、泉殿のご用件は何かな」


 成胤は母屋の縁側で平伏している安念法師あんねんほうしに訊いた。


「北條相模守義時殿は執権などと称して、今や飛ぶ鳥を落とす勢いでありまする」


「うむ……、そうじゃな……」


「しかしながら、さきの鎌倉殿暗殺を始め、謀を巡らせて同輩の御家人多数を弑逆するなど、悪逆非道の振る舞いを繰り返しておりまする」


「まあ、そう申しておる人もおるようじゃ……」


 成胤は言葉を濁した。


 成胤も次々と繰り出される義時の謀事には、常々苦々しく思っている。畠山重忠が討たれた際に、重忠の従兄弟ながら北條側に付いて奮戦した稲毛いなげ重成しげなり榛谷はんがや重朝しげともの兄弟、そしてそれらの息子たちを、重忠を陥れた張本人として誅殺した事件や、宇都宮頼綱に謀反の嫌疑を吹っ掛けて滅ぼそうとした事件などは、思い出しただけでも背筋が凍る。


 だが、安念法師と名乗るこの僧侶も、ひょっとしたら義時の手先であり、自分を陥れるための罠を張ろうとしているのかもしれないと思うと、迂闊なことは喋れない。


「我があるじ、泉小次郎親衡は、このたび彼の者を滅ぼすべく、兵を挙げることと致しました」


「ほう。それは、それは……」


 成胤は、目の前で弁舌を振るう坊主頭に調子を合わせて相槌を打ち、微笑した。


「しかれども、ご存じの通り我があるじ泉小次郎は小身ゆえ、鎌倉を牛耳る相模守殿に対抗すべき人数がおりませぬ」


「なるほど。それで当家の兵を貸せと?」


「いえ、貸せ、とは申しませぬ。我らの旗頭になって頂ければ、と思うておりまする」


「む? わしをおぬしたちの旗頭に、とな」


「はい」


「して、他にいかほどの御家人が一味するのじゃ?」


「二百人程と聞いております」


「郎党を含めると?」


「五、六百騎程度かと」


「うーむ、五、六百騎程度か……。なるほど……」


 成胤は腕を組んで目を瞑った。安念法師が口にした数字は誇大ではなく、むしろ少ないことが真実味を帯びている。この坊主は本当に泉小次郎の使者なのではなかろうか。ひとつ話に乗ってみるか、それとも鎌をかけて化けの皮を剥がしてやるか──。


「少ないな。我ら一族は六百騎ほどじゃ。総勢千数百騎では、相模守殿には対抗できまい」


 北條家自体が持つ軍事力はこれよりずっと少ないが、鎌倉府最大の政治的実力者である北條家には、恩賞目当てで味方する御家人も相当数いるはずである。千騎程度では相当に厳しい戦いを強いられるだろう、と成胤は言った。


「しかしながら、和田一族のうち左兵衛尉常盛殿をはじめ数人はすでにお味方となっております。さすれば和田一族の残りや三浦党もこぞってお味方になるのでは」


「左兵衛尉殿といったら左衛門尉殿の嫡子ではないか、それがすでに味方とな……」


「さようでござります」


「和田と三浦か……、もしも三浦党が全員味方に付いたら七、八百騎といったところか……、あるいは千を超えるか」


 これなら勝ち目はありそうだ、と、成胤は思った。千葉や三浦が一味していると聞けば、どうしようかと迷っている小豪族たちも、雪崩を打って味方に駆けつける可能性がある。



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