第1話 レーナとの出会い

突然召喚されたことに対して言いたいことはたくさんあった。

しかし、生き残るためにも立ち止まっている暇はない。


俺は広間から出ていった怪物たちを追いかけ、そのまま外に出た。


差し込んでくる日差し。

どうやら太陽はあるらしい。


しばらく歩いて振り返るとさっきまで俺がいた魔王城が見える。

かなり大きな城だった。

城壁は高く周囲は深い堀に囲われている。

思わず見とれていると後ろから声をかけられた。


「凄いだろう?あの城は魔王様が人間から奪ったんだ」


見ると赤鬼のような見た目の魔物が立っていた。

ひるみそうになるが、いちいち怯えていたら何も始まらない。


「あなたは?」


「おっとこりゃ失礼。わたしはレーナ。オーガマジシャンだよ。見ない顔だから声かけさせてもらったのさ」


「そうか、俺は孝明だ。黒騎士として召喚されたらしい。よろしく頼む」


ここが安全な日本ならば俺は会話を続けようとはしなかっただろう。

しかし、ここは異世界で、しかも俺はこれから戦場に行かなければならない。

少しでも人間関係を作っておくべきだ。


「ここにいるってことは…レーナは砦に向かうのか?」


「そうだよ。タカアキも砦攻めに参加するのかい?」


「ああ、明日の攻撃に参加するよう言われている。悪いがいくつか砦攻めについて聞いてもいいか?召喚されたばかりだから良くわかってないんだ」


戦いにおいて情報は大切だ。

持っている情報の精度が運命を左右するといって良いだろう。

そう、情報は大切だったはずだが…


「ここから砦まで?まあ一日歩けばつくんじゃない」

「砦の形?ああ、なんかゴテゴテしてるらしいよ」

「砦にいる人間の数?結構多いみたいだよ」


「まあ細かいこと気にしても仕方ないさ。それより早く狩りをしないと晩飯がなくなっちまうよ。良ければ一緒にどうだい?あんたとなら大物が狩れそうで楽しみなんだ」



はっきりした情報は何も得られなかった。

さらに行き道の食事は現地調達らしい。


しかも狩りで大物を期待しているようだが俺は狩りとかやったことがない。

不安だ。





レーナに追い立てられた獲物が全力疾走して来る。

草原を走る8本足の大鹿。

見た目の通り八足鹿と呼ばれているらしい。


八足鹿の速度はかなりのものだった。

だが待ち伏せて挟み撃ちにすれば意味はない。


俺は獲物の前に躍り出ると首を剣で一閃する。

バターを切るような感触。

次の瞬間、八足鹿の首と胴体は泣き別れになった。


「いやー助かったよ。わたし一人だと八足鹿を狩るのは大変だからね。すごい逃げ足で逃げられちゃうのさ」


レーナの言葉を聞きながら俺は黒騎士の身体にひたすら驚いていた。

日本にいた時では考えられないほど速く動け、体力も続く。

鎧を脱げないので待ち伏せで伏せることには苦労したが、それを差し引いてもとてつもない高スペックだ。


レーナと2人で運んでいるとはいえ、仕留めた数百キロはありそうな大鹿を担いでも苦も無く歩くことが出来ている。


二人なら大物が狩れるというのは本当だった。


さらにレーナが魔法で火を起こしてくれるという。

食事には困らなくて済みそうだ。


「向こうの林の入口で野営しよう。薪を集めやすいし、林になってる木の実はおいしからね」

「わかった」


正直サバイバル関連の知識には自信がない。

勝手を知るレーナと行動できたのはとても運が良かった。



林の中を見ると子供ぐらいの背丈の魔物が地面に落ちている木の実を拾っていた。

肌は緑色。

もしかすると…

「あれってゴブリンか?」


「知ってたのかい?タカアキの言う通りあいつらはゴブリンだよ。あいつらは魔獣を狩る力がないから落ちた木の実を集めてんのさ」

「それじゃ、あたしらも手分けして取ろうか」


木に生えた果実を次々と取っていく。

黒騎士の身体になって視力も上がったようで思ったより採集がはかどった。


周りのゴブリンたちは地面に落ちた実を必死に探していた。

背が低くて木に生えている実には手が届かないらしい。


改めてゴブリン達の姿を見て驚いた。

どの個体もやせ細っている。

とても健康的とは思えない体つきだった。


これから一緒に戦う味方が飢えているなど有り得ない。

ミリオタとして絶対に許すわけにはいかない。


「この実がたくさんある木を教えてくれ。そしたら上についてる実を取ってやる」


近くにいたゴブリンに俺は声をかけた。


するとゴブリンたちは身振り手振りで少し離れたところにある木を指し示す。

そこには確かにたくさんの実がなっていた。


これだけの食料があるのに届かないのは辛いな…


「しっかり食えよ」


両手に抱えられるだけの木の実を取ってゴブリンたちに配ってやる。


「アリガトウ、アリガトウ!」

「騎士サマ、ヤサシイ!」


集まってきたゴブリンたちはやんやの大喝采だ。

少なくとも今晩は飢えることはないだろう。


達成感はあった。

相手が魔物であっても感謝されて悪い気はしない。


だがそれ以上に俺はまだ見ぬこの軍の指揮官に対して怒りを覚えていた。


砦を攻めに行くということは遠征軍だろう。

なんで食料を準備してやらないんだ。

遠征初日から兵が飢えているなんて問題外だ!


新参者が意見するのは良い印象を与えないだろうが関係ない。

なんとしても改善しなければミリオタとしての気が収まらない。


まずはレーナにこの軍の指揮官について聞こう。

場合によっては直接話をする必要がある。


俺はその場を立ち去ろうとした。


次の瞬間、空気を震わす遠吠えが響き、

「よこせ!」


「グギャッ!」


俺が木の実を渡したゴブリンが殴られていた。

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