43 : Lynn
(……そんな事言われてもな)
ヴィーゴの無茶振りに、あたしは眉をしかめる。
何なんだ、笑い死にって……とそこまで考えて、あたしはふと思い出す。
––––俺ならあいつが恋をした、なんて聞いたらひっくり返って笑い死にしかねんが。
––––なぁ、リン。
(え、もしかして)
もしかしなくても、ヴィーゴはこう言っているのだ。
––––ハイジを落としてみせろ、と。
ボン、と顔が赤くなった。
(冗談じゃないぞ!?)
キッとヴィーゴを睨む。
悪趣味が過ぎる!
しかし、ハイジが「ふむ」となにかを考える表情をして言った。
「リン。こっちに来い」
「えぇ……ちょっと遠慮したいんだけど……」
「師匠にお前を紹介したい」
(えー)
さすがは「空気を読まない」スキル持ちである。
だが、あたしはハイジの言うことには忠実なのである。
なぜなら弟子だからして。
仕方なく、赤い顔のままトボトボとハイジの元へ向かう。
ハイジはそんなあたしを見て「クッ」と喉の奥で笑う。
(笑うな、こんちくしょう)
ハイジは背中を向けて、お師匠さんのお墓へ向き直った。
「師匠。好きな女ができました」
(?!)
それは、あまりに自然で、ともすれば聞き流してしまいそうなほど。
だけど、はっきりと『好き』と言われたのは初めてだった。
「こんなことを言えば、師匠はきっと笑うんでしょうが……。師匠は、おれにはもう、自分のために生きることはできないと仰った。全て『はぐれ』のために捧げるしかなくなったと。ですが、この感情は『はぐれ』のためではなく、紛れもなくおれの個人的な感情です」
ハイジはまたクッ、と喉の奥で笑う。
(これって、笑ってるんじゃなくて、もしかして泣きそうなのをこらえてるんじゃない?)
振り返ってハイジの顔を見てみたいが、そんなことはしなかった。
「師匠も間違えることがあると知って、ホッとしています」
ハイジは「リン」とあたしを呼んで、お墓の前に立たせた。
「師匠。おれの弟子のリンです。挨拶が遅れてすみません」
そう言って、ハイジがあたしの肩に手を置く。
あたしもペコリと頭を下げる。と言っても、そのアゼム某というお師匠さんのことを何も知らないので、あくまで格好だけだ。
それでも、ハイジの師匠だというのなら、あたしにとっては師匠の師匠である。
この場合、自分は孫弟子ということになるのだろうか。
「おれがこのまま生きさらばえるのか、あるいはすぐに師匠の元へ向かうことになるのかはわかりませんが」
そういえば、ハイジが敬語を使うのを聞くのは始めてだ。
「もし、生き残ることになったとしても、おれはもう『はぐれ』の守護者として生きていくことは出来ないでしょう」
その言葉を聞いて、ハイジを除く英雄三人が「は?!」と声を上げた。
後ろでは「どういうことだ」とか「何があった」などと騒ぎになっているが、あたしに言わせれば、これまでのハイジの生き方のほうがよほど問題だと思う。
英雄組にしても、思うところはなかったのかと言いたい。
「おれは、あなたには感謝だけでなく、文句もあります。あなたの最期についてです。おれは師匠に請われてあなたをこの手にかけた。未だにあれはどうかと思います」
ハイジは心を落ち着かせるように大きく息を吸う。
「でも、今になってようやく、師匠の気持ちがわかりました。師匠。あなたは本当におれたちを愛してくれていたのですね」
ハイジはグッとあたしの肩を抱いて、頭を下げた。
「愛してくれて、ありがとうございました。師匠」
▽
「面白くもなんともなかったな」
ハイジのお師匠さんへの短い挨拶が終わると、ヴィーゴがつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「出し物としては最悪だ。もっと笑えることをしてみせろ」
「やかましい」
ハイジが短く言い返す。
いや、あんたを笑わせる義理なんてないから。
「おい、リン。お前からは何かないのか」
「何かって、なんです?」
「もっと笑える話を聞かせろ。苦労に見合わん」
そんな事を言ったって、ヴィーゴの話だって別に笑えはしない。
第一、面白い話を聴かせたところで、ゲラゲラと笑うヴィーゴなんて想像もつかない。
「……ヴィーゴさん、これからノイエ君と過ごすつもりなら、その性格は治さないとヤバいですよ」
「やかましい。俺は俺の性格を気に入ってる。お前ごときが四の五の言うな」
––––この野郎……。
チラリとハイジの反応を見ると、ハイジの目が笑っている。
慣れてるんだろうなぁ、この毒舌に。
「あと、ハイジ。もう『はぐれの守護者』をやめるとはどういうことだ?」
「そのままの意味だ。そもそも、おれには荷が重い」
だからやめることにした、というハイジの言葉を聞いて、ヴィーゴがまなじりをつり上げた。
「だが、お前、そんなことは許されんだろう。せっかくノイエの件が片付いたというのに。まさかリンを残して死ぬつもりか?」
「あー、ヴィーゴさん、それについてはあたしから」
ハイジは単純に「疲れたからもういい」くらいのノリだが、あたしの立場から説明した方がいいだろう。
「何だ。何かあるなら話してみろ」
ヴィーゴがあたしを睨むが、なぜ睨まれるのかわからない。
いや、迷惑をかけたかもしれないが、多分それとは無関係に不機嫌なだけだ。
八つ当たりはやめていただきたい。
「そもそもが、二重契約だったんですよ」
あたしがそう言うと、ヴィーゴは鼻の頭に皺を作った。
「なんだ、それは」
「ハイジからいろいろ聞きました。で、あたしなりの結論なんですが、お師匠さんから力を受け継いだ時の精霊との契約……魂の契約ですか? あれ、ちょっとおかしいですよ」
「……どこがだ?」
「だって、皆が言うところの契約の日以前だって、命がけで『はぐれ』の守護者をやってたわけじゃないですか、ハイジは」
そう言うと、ヴィーゴは「ふむ」と考える素振りを見せた。
「まぁ、自主的にだがな」
「いいえ、多分ですが、それ以前に契約が交わされてます」
「は? いつ?」
「アンジェさんが亡くなった時です」
あの時、ハイジは魔獣の領域で何かに祈った。アンジェさんを守るために。そして手に入れた。精霊と契約が交わされた。
「『キャンセル』を手に入れた時か!」
「ええ、『はぐれ』であるアンジェさんを守るための能力です。しかし、残念ながらアンジェさんは亡くなった」
チラリとハイジを見る。アンジェさんの死は、ハイジにとって最大のトラウマだ。気軽に触れて良い話題ではない。
しかし、ハイジに気にした様子はなく、むしろ興味深そうに目元が笑っていた。
それに。
––––あたしは精霊とやらに言ってやりたいことがあるのだ。
「精霊側の契約違反ですよ。能力を得たって、それ以上に苦しんで、目的は果たせない。意味なくないですか? しかも、後日同じような契約を交わして、しかも代償が命ですか」
ハッ、と馬鹿にするように鼻で笑ってやった。
「これがあたしの故郷なら、詐欺で訴えられるレベルです。もし本当にそうなら、精霊ってのは、随分と小狡い卑怯者なんですね」
「「「なっ?!」」」
あたしの言葉に、皆が絶句する。
「同じ契約を二度。しかも義務だけ負って、リターンはなし。冗談じゃないですよ」
バカなんじゃないですか? と肩をすくめると、全員がドン引きした様子だった。
どうもこの世界では精霊を悪様にいうのはタブーらしい。
やりすぎだったかもしれないが、まぁいい。
「といっても、これは仮定の話です。––––多分、精霊側にはそんな気はなかったんでしょう」
契約書があるわけでもないですしね、というと、ヴィーゴは戸惑うように言った。
「師匠が––––誤ったというのか」
お師匠さんに心酔しているらしいヴィーゴさんあたしを睨んだ。
「
「計画……?」
「多分ですけど、お師匠さんが亡くなった時って、他の選択肢がない状況に追い込まれませんでしたか?」
「……ああ、確かにそうではあるが……、いや、しかし……」
ヴィーゴの返事に、やっぱりなー、とあたしは思った。
「では……師匠の死は無駄だったということか?」
「それについては、
––––お師匠さんだけでなく、きっと、あたしも。
「ハイジの人生も、お師匠さんの死も、それに『はぐれ』たちの存在も、全部同じ目的があったんだと思います」
あとは、魔獣たちの存在もですね、とあたしが言うと、ヴィーゴだけでなく、他の皆も首を傾げた。
「魔獣? 何故ここで魔物の話になる」
疑問はごもっとも。
だが、あたしは自分の角を指差して言った。
「これも精霊の計画の一端です」
「意味がわからんぞ!」
「そちらは、あたしが近々証明できると思います。
精霊たちに「そんなことは許さないぞ」と言外に言う。
まぁ、向こうにしても、ようやく生まれた
精霊たちには随分と酷い目にあったし、苦労もさせられた。
両親と分かれさせられ、死ぬような思いをさせられ、鍛えさせられ、そして役割を自覚させられ。
この上、ハイジを失うようなことになったら、あたしは役割を果たすどころか、
何がいいたいかと言うと……せめて少しは心穏やかに過ごさせてもらいたい。
「……お前はそれをどうやって知った?」
「うーん、そう言われると『勘』でしかないんですけど」
「勘?! 勘だと?! そんなもの信じられるか!」
ヴィーゴが怒鳴るが、そんなことを言われても困る。
「あえて言えば、この世界でまともに魔力を扱える人って、だいたい全員が『はぐれ』と関係がありませんか?」
アゼムさんとやらは片親が『はぐれ』だという。そしてその弟子のヴィーゴとヘルマンニも能力を発動させている。
ハイジに至っては、目の前で『はぐれ』の養母を失うまいと能力を発動させた。
ペトラは『はぐれ』との直接的な関わりは薄いが、故にペトラの能力は魔法というよりは純然たる技術––––その証拠に、魔力をほとんど持たないニコが近い力を手に入れている。
さらには両親が『はぐれ』のノイエの能力、そして––––不肖、私リンである。
一つの領地に一人いればいいと言われる魔力を扱える戦士がライヒ領に終結している。確率だけでいえば、そんなことはありえない。
しかし、ライヒ伯爵は王国で唯一『はぐれ』の血を色濃く引いた貴族なのである。
––––流石に偶然ではないだろう。
「そうかもしれん。だが、根拠としては薄いな」
ヴィーゴはそう言うが、これでハイジが死ななければ認めざるを得ないだろう。
「確かに、全部あたしの妄想かもしれませんけど、じゃあどうします? 今からでもあたしを斃してみますか?」
やる気があるならやってやるぞ、と歯を剥き出して笑ってやると、ヴィーゴは小馬鹿にするような冷たい視線をあたしに向け、フンと鼻を鳴らした。
「冗談じゃない。ハイジからの依頼はお前を生きた状態で捕獲することだ。殺したら十万枚の王国金貨がパーだ。何が何でも生きていてもらうぞ、リン」
「…………」
……だから、もうちょっと言い方ってもんを考えろ。
あんたの後ろでノイエが「マジか」みたいな顔であんたを見ているぞ。
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