第4章 信仰の魂が宿る場所

第27話 十字架のメダリオン

 プレハブ小屋のような店の前に自転車三台を停める。店の前には「うに」の二文字がダイナミックに書かれた大きな看板が出ている。これは期待できるぞ、と榊は嬉しそうだ。

 店内に入ると、狭い座敷に通された。小さな食堂だが、旅行者で賑わっている。

「4月から10月までがウニ漁の時期なんです。水揚げされた新鮮なウニをお出ししていますよ」

 威勢のいい若い男性店員がメニューと麦茶を持って来た。自身も漁に出るのだろう、真っ黒に日焼けしている。


「赤ウニはあるか」

 榊の質問に、店員はお目が高いと柏手を打つ。

「今日入ってきましたよ、お客さんはラッキーだね」

 榊は是も非もなく、赤ウニのぶっかけ丼を定食で注文する。曹瑛とライアンもそれに倣う。

「赤ウニは日本に多く流通しているムラサキウニより水深の深い場所に生息している。他のウニと比べて雑味が少ないという」

 ウニに対してさほど興味は無い曹瑛は、榊の熱心な語りを頬杖をつきながら聞いている。「ニューヨークの寿司屋でウニを食べたが、独特の風味だった覚えがある」

 しかし、食通の榊がそこまで楽しみにするなら、価値があるのだろうとライアンは頷く。


 赤うにのぶっかけ丼定食が運ばれてきた。炊きたてのご飯が隠れるほどふるふるの赤ウニが乗っている。今朝釣り上げた鯛とサザエの刺身、小鉢はひじきと卵焼き、あおさ汁と豪勢だ。

 榊は赤ウニを口に運ぶ。新鮮なウニの香りが広がり、濃厚な風味の中に甘さがある。

「これは、一度食べたら忘れられない味だ」

 榊はいたく感動している。

「これは美味い、癖がない」

 ライアンも寿司屋で食べたウニとの違いに驚いている。曹瑛も黙々と食べているので、気に入ったのだろう。


 定食を平らげて食後の熱い茶を飲みながらホッと一息つく。冷房が効いているおかげで汗も引いた。ウニ丼が美味くて忘れていたが、宝探しをどうするか。榊が切り出した。

「王墓ではバテレン騎士団の奴らが襲ってきたが、宝の手がかりは見当たらなかった」

「船着き場にも何もない」

 曹瑛を襲った鞭使い、シモンは船着き場に何があるかを知らなかった。春の辻遺跡の広大な敷地をノーヒントで歩き回るには夏の日差しはきつすぎる。どうしたものか、とライアンは頬杖をつく。


「あっ、すみません」

 隣のテーブルで食事をしていた家族の若い母親が幼い子供が投げ出した箸を拾い上げようとしていた。ライアンは箸を取ってやろうとして、一瞬手を止めた。畳に落ちた端がクロスして重なっている。

「ありがとうございます」

「いいえ、いいんですよ」

 ライアンの柔和な笑みに、若い母親は照れたように笑顔を返す。


 ライアンは向き直り、スマートフォンを確認し始めた。

「先ほどの箸で閃いたんだが、十字架だよ」

 ライアンはテーブルの中央にスマートフォンを置き、地図を示す。

「ここが王墓、ここが船着き場、二箇所を直線で結ぶ。集落の祭祀場と勾玉や銅鐸など宝物が発掘された古墳を結ぶ」

 ライアンの示すスポットを縦横の線で結ぶと、十字架の形を示している。


「この中央に何かあるというわけか」

 榊はライアンのアイデアに乗り気だ。なにより他にヒントはない。

「春の辻史跡地図にも取り立てて何かあるとは書いていない、田畑の真ん中だな」

 曹瑛もスマートフォンで十字架のラインで結ばれた中央のスポットを調べている。

「思いつきだが、行ってみよう」

 榊と曹瑛もライアンの意見に従うことにした。


 店を出て再び自転車に跨がり、春の辻遺跡のある平野を目指す。青々とした稲の穂が風に揺れている。マーキングした地図の位置はあぜ道を歩いて進まなければならない。用水路脇に自転車を停め、狭いあぜ道を進んでいく。しかし、建物や木など、目印になるものは見当たらない。

「この辺りのはずだが」

 周囲を見回しても水田が広がるのみだ。照りつける日差しに、榊は額から流れ落ちる汗をハンカチで拭う。


 曹瑛がさらに細まったあぜ道の先に何かを見つけたらしく、身を屈めた。

「それは、地蔵か」

 榊も腰を屈めて覗き込む。稲の穂に隠れるほどの小さな地蔵がひっそりと建っていた。胸の中央で手を合わせる姿でやさしげな顔をしていたのだろうが、風化してしまっている。

「台座だ」

 曹瑛が示す台座の中央に微かに十字架が刻まれていることが確認できた。

「隠れキリシタンが地蔵に見せたこの像を聖母マリアとして祀っていたのかもしれない」

 マリア観音のように、信仰の対象をこれまでにある神仏の像になぞらえて幕府の目を逃れたのだろう。


「お、動くぞ」

 榊が地蔵に手をかけた。台座と像の間に隙間があり、像がぐらりと動く。慎重に傾けておくと、像が設置されていた溝に何か嵌まっているのが見えた。曹瑛が手を伸ばし、それを取り出す。

「メダリオンだな」

 ライアンが目を見開く。曹瑛が手にしたのは、直径10センチ、厚み1センチの青銅製の円盤状のメダルだ。メダルにはマリア像、その背面には十字架が彫刻されている。モチーフからして、隠れキリシタンの財宝に関係するヒントに間違いはない。


 榊は地蔵を元に戻す。スマートフォンを取り出し、メダリオンの写真を撮影して発見した経緯を手短に書いてグループチャットへ送った。

「洞窟の地図に示された五か所にも同じようなものがあるかもしれない」

 探すべきものが示された。これで収集がやりやすくなりそうだ。曹瑛はメダリオンを肩掛けバッグにしまった。


 稲穂が風に揺れ、さわさわと音を立てる。いつの時代からかここに佇んで実りを見守っていた地蔵は、隠れキリシタンの心の拠り所だったのだろう。風化してもなお、優しい面影がそれを物語っている。

「奴らに渡すわけにはいかない」

 曹瑛は誰にともなく呟く。榊とライアンも静かに頷いた。

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