第25話 王墓発掘現場
―同時刻
榊とライアンは曹瑛の向かった船着き場跡と真逆、国道を跨いで反対側に位置する王墓へ向かって歩いていた。
実り始めた青い稲穂が吹き抜ける風に揺れている。地図アプリに従い直進すると、田んぼの中央にロープを張り巡らせた場所を見つけた。周辺には王墓を守るように樫の木立が並んでいる。
「ここが王墓の発掘場所か」
200メートル四方はあるだろうか、榊は発掘現場を示す看板を読み込んでいる。
掘り進められた溝にはブルーシートが掛けられ、土嚢が積まれている。作業テントの下には周辺には資材が積み上げられ、現在も作業は続いているようだが、今日は休みのようで作業員の姿はない。
「かなり大がかりな発掘現場だな、そもそも何を探せばいいのか見当もついていない」
榊は思わずぼやく。宝の地図に示された場所とはいえ、宝が一体どんなものか全くヒントがない。
「隠れキリシタンとの関係性も全く見いだせないね」
ライアンも形の良い眉を寄せて首を傾げている。
「英臣っ」
ライアンが不意に榊の腕を強引に掴む。
「・・・なっ」
王墓の遺構に意識を集中していた榊はハッと我に返り、ライアンの腕を振りほどく。榊がそれまで立っていた場所に子供の頭ほどの石が落下し、ぬかるんだ地面にめり込んでいる。ライアンは石の激突から榊を救ったのだ。
榊は石の飛来した方向を見やる。遺構の真ん中に白装束が立っている。ブルーシートを抑えるために置かれた石を拾い上げ、野球ボールのように上空に投げては受け止めている。
「あいつ、バテレン騎士団だ」
「ああ、見れば分かる。他人に石を投げるとは、小学生以下だな」
榊は小さく頷き、唇を歪ませる。こんな大きな石が当たれば怪我なしでは済まされない。
「我ら教団の祖先が残した財宝を狙う罪人め、このトマスにより石打の刑に処する」
トマスと名乗った白装束は足もとの石を拾い上げる。それもまた大人の拳以上の大きさだ。野球のフォームで振りかぶったと思いきや、剛速球で投石する。
榊とライアンは左右に広がるように避ける。石はベゴッと大きな音を立てて背後の看板に当たった。看板は無惨にひん曲がり、草むらの中に倒れた。
「かなりの豪腕だな」
榊は額から流れる汗を拭う。それは暑さのためだけではないようだ。
「もとスポーツ選手かもしれないな、草野球レベルだが」
ライアンは余裕の笑みを浮かべているが、トマスを警戒している。トマスは足もとの石を拾っては投げる。石は遺構に無数に置かれており、弾切れの心配はないようだ。
ライアンと榊は木立の幹の背後に身を隠した。飛んで来た石が幹に当たり、木片が飛び散る。頭上から無数の木の葉が舞い落ちた。
「くそ、あいつの投石をどうにかやめさせないと」
殴りにもいけない、と榊が舌打ちをする。
「このまま隠れていれば、そのうち投げる石は無くなるだろう」
ライアンは楽観的に構えているが、そうするつもりは毛頭ないようだ。何か反撃のチャンスはないか考えを巡らせている。
古いバイクのエンジンをかけるような音が響く。同時にオイルの匂いが漂ってきた。甲高いバイクの駆動音が断続的に聞こえてくる。
「なんだ」
背後の木が振動しながら倒れていく。木があった場所に立つのはチェーンソーを持つ大柄な白装束だ。チェンソーを振り上げ、咆哮する。
「まずいな」
榊とライアンは木の幹から飛び出した。それを狙ったトマスの投石が榊の頬を掠める。頬に赤い筋が浮かび、血が滴り落ちる。
「ヤコブ、異教徒を肉片にしてやれ」
トマスが叫ぶ。ヤコブは大型のチェンソーを振り回しながら近付いてくる。トマスは逃げ出す者を狙い、石つぶてで足止めする気だ。そこへヤコブのチェンソーが襲いかかる。高速回転する刃に掠りでもすれば容易く肉を抉られるだろう。遠巻きに警戒しながら近付くこともできない。
榊は遺構の傍にあるブルーシートに目をつけた。ライアンに目配せすると、ライアンは口元にいたずらな笑みを浮かべる。
榊は足もとのブルーシートを掴む。ライアンももう一方を掴み、長方形の遺構の両脇を駆ける。広いブルーシートは遺構を覆い、遺構の中にいたトマスを包み隠す。
「な、何っ」
トマスは視界が青に遮られ、慌てふためいている。
「目には目を、ってな」
榊は遺構の脇に積んであった土嚢を蹴り飛ばす。
「ぎゃっ」
トマスに命中したようだ。
「人にものを投げるときは自分も投げられる覚悟をしやがれ」
榊は容赦無く土嚢を蹴り落としていく。土嚢に押しつぶされたトマスは鳴き声とも聞こえる呻きを上げている。
怒り狂ったヤコブがチェンソーを振り上げて榊に襲いかかる。
「英臣、王墓の中へ飛び込め」
ライアンは腰に隠した銃を取り出し、ヤコブに狙いをつける。銃を見て慌てたヤコブはチェンソーを放り出した。榊が1メートルほど下がった遺構へ飛び込んだのを確認し、ライアンはチェンソーのエンジン部分を狙い引き金を引く。チェンソーはドンと派手な音を立てて爆発し、黒煙を上げ始めた。
遺構に身を隠していた榊が目の前に立っている。ヤコブは怒りに歯茎を向きだしにして榊に殴りかかる。
ヤコブの拳は榊を捉えることができず、空をきった。榊の右ストレートがヤコブの顔面を打ち抜いた。
「ぐふっ」
のけぞったヤコブはまだ倒れない。榊はその背後に回り、思い切り背中を蹴り飛ばす。ヤコブは転がって遺構に転落した。追い打ちとばかり榊は土嚢をヤコブに投げつける。折れた鼻がさらに潰れ、ヤコブは血塗れで泣き喚きながらその場にうずくまる。
「ここには何もなさそうだ」
ライアンは戦意喪失したヤコブとトマスを冷ややかに見下ろす。
「じゃあ行くか」
榊はフィリップモリスに火を点ける。ライアンももらいタバコに火をつけた。夏空に二本の紫煙が立ち上る。蝉時雨の中、二人は王墓を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます