20××年、6月1日 07
「……つまり、お前が言うには、嘗ては六ではなく、七の一族が居たってわけだ」
「はい、そうです……黒の一族がなくなる前の当主の名は、ルチーフェロ。イタリア語では『堕天使』と言う意味らしいですよ」
「……ルチーフェロ?」
その名を口にした時、あの少年が確か晴喜の事を聞いたと言っていた。
少年は言っていた、『ルチさん』と。
もし、少年が言っていた存在が、そのルチーフェロだとしたら、どこかで生きていると言うのだろうかと、深く考えてしまう。
再度、少年に視線を向けながら、耳でアクセルの言葉を聞く。
「彼は仲間を裏切り、全ての一族を殺し、世界全てを『闇』に変えようとしておりました。天使の顔をした、悪魔のような男だったと、聞いております。そして、彼の紋様は黒い薔薇……既にその血統は居ないし、眷属も存在しません。だからこそ、あの少年がその薔薇の紋様を持っているのはおかしいのです」
「……少年は、作られたって言ってたぞ?」
「だからこそ、です。僕たちの一族はその件について調べており……そして、その少年を見つけました。悪い意味で……もし、少年が黒い薔薇を血族であるならば、隠さなければならない、と僕は思います」
「……」
世界からも、一族からも、何かも全て、歓迎されない存在――嘗て、ルチーフェロと言う男のせいで、この少年は隠さなければならない存在になってしまった、と言うのだろうか?
しかし、晴喜はそんな事出来なかった。
この少年を心から、『助けたい』と願ってしまった。
それは晴喜自身の願いでもあり、同時に胸の中に秘めている、ルル・ウィングがそのようにしろと言っているかのように感じてしまった。
晴喜はゆっくりと少年に近づき、再度少年の頬に手を当てる。
「……ぼくは、つくられた、そんざい」
「しにそうに、なったから……そしたら、ルチさんがはるきさんにあいにいけ、といった」
少年は晴喜に対して、『助けて』と言っているように。
「……この子は、生きたいと願った」
「え?」
「俺は別にお前らは敵だ。だから、お前のいう事なんて聞かなくても大丈夫だよな?」
「……寿、晴喜さん?」
「おい、寿?」
アクセルが驚いた顔をし、明菜も晴喜に言葉に驚いた顔をしているが、晴喜は笑うだけだ。
晴喜は左耳のピアスを取り、ポケットの中に入れた後、そのまま右手を静かに握りしめ、右手に突如現れた炎をそのままアクセルに向ける。
同時に晴喜の左手と左頬に浮かび上がる、赤い薔薇の紋様。
「なるほど……直で見るのは初めてでしたね、『灼熱の魔術師』」
「なんでそんな名前で呼ばれているのかは知らないけど、まぁ、俺の家計は元々炎を扱う魔術師の家系だからな……お前を焼き払うのには、これで十分」
「クク……僕にそれを向けるというのは、敵として認識してるっていう事で間違いないですか?」
「……」
「……本当、寿晴喜さんって、面白い人ですね。ますます気に入りましたよ……あなたは純粋で、気高く、心は本当に美しい……しかし、優しすぎますね」
「……ああ、ルルにもよく言われてた。優しすぎるってな……けど、それでも、俺はこの少年を守りたい。助けてを言ってくれたから」
アクセルや他の真祖の吸血鬼に渡してしまったら、きっと彼はもう二度と晴喜の前に姿を見せる事はなく、殺されるかもしれないと思っている。
少年は、生きたいと言っていた。
作られた存在だから、晴喜を求めてきた。
これからも危険な目にあうかもしれないのに、それでもこの少年は晴喜に手を伸ばし、不本意ながら晴喜も少年の手を受け取ってしまった。
二度と、引き返す事はしたくない。
まっすぐな瞳で、晴喜は宣言する。
「――助けてと言われたら、助けるのが普通だろ?」
にやっと笑う晴喜に明菜は深いため息を吐き、頭を押さえている。
同時に少しだけ驚いた表情をした後、いかにも悪人面のような顔を晴喜に見せてくる。
強い殺気が晴喜の全身に伝わってくるのが分かる――同時に、目の前の『化け物』に勝てる保証はあるのだろうかと感じながら。
息を静かに飲み、右手に纏う炎に集中していた時、アクセルと晴喜の間に入り、再度アクセルに向けて銃口を向ける姿があった。
「……明菜ちゃん」
「お前の事だから相打ちになってもその少年を守るつもりだろう……しかしだな、少しは私の事も信用してほしいぐらいだ」
「……いつか、俺の事殺してくれる約束なのに?」
「……お前の事を殺すのは私だと、私以外に殺されるのは勘弁してほしいのだがな」
「……」
明菜の言葉に、晴喜は何も言えなかった。
しかし、今は自分の味方をしてくれているのだとわかったため、明菜の言葉に甘えながら、晴喜は再度アクセルに視線を向けると、彼の殺気が徐々に収まっているのだが、それでも彼の表情は変わらない。
鋭い瞳が、晴喜を刺激するように見てくる。
明菜も銃口を向けているのだが、微かに体が震えているのが分かる。
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