第三夜「始まりの夜に集う」(Bパート)③
「――マサトくんっ!」
上空のちさとが、強張った声を上げた。
「……良くない感じがするッ! 駄目っ! ……そのひとのいうこと、絶対きかないでッ!」
「銃(コイツ)を使ったことは……ああ、ないよな?」
「ない、それも知っているよな?」
「
「……マサトくん! ダメだよっ!」
〈カグツチ〉の刃尾に拘束されたまま、ちさとが叫び続ける。
「……チ號型は、とっても頑丈なの! ……わたしはこんなの、全然平気なんだから……!」
だけど、それは虚勢であると、マサトにだって容易に判断できる。
煩い、というように、〈カグツチ〉が締め上げる力を強めた。
「……ぎぃっ!」
ちさとの悲鳴が、己の身体を切り裂かれるよりも耐え難い苦痛を以て、マサトを深々と抉る。
「――さい……!」
血を吐くような声で、言葉にする。
「え? 何だって?」
「力を貸して下さい。――おねがい、します」
――ああ、いいとも。
という答えよりも先に、冷たく重々しい感触が、マサトの掌に滑り込んだ。
「……それ一発しかないんだからさ、外すなよ、良く狙いな」
傍に立つ明智光秀が囁く。
古典の小説で読んだ
「どう狙えばいい」
「……当てようと思うな、なんて事を思ってたら、一生当たらんよ。闇夜に霜の降る如く――なんて難しい事は求めないが、しいて言うならできるだけ真ん中を狙え、どっかに当たる。そうさな、羽でも掠めりゃ、御の字さ。――ああ、チ號参拾ちゃんにゃ当てるなよ?」
「――言われなくたって!」
「マサトくん! ダメ! 絶対ダメ――ッ!」
「……きみを喪う訳にはいかない、ちさと」
ひとつ、息を整えて――引鉄を、引いた。
撃鉄が前方に突進し、炸薬を叩く。
乾いた破裂音と共に、
祇代マサトの、殺意と共に。
白銀の閃光が一条、焦熱地獄の大気を切り裂いて、地上から虚空へと飛んで。
〈カグツチ〉が、鼓膜をつん裂く絶叫を上げた。
◯
――痛い、
――痛い、いたい、イタイ!
――何だ、
――何をされた!
――体の中に、有害なもの、
――一度摘出しないと、
――体を炎に変えて、
――ダメだ時間がかかる、
――翼が動かせない、
――落ちる、
――落下のダメージは、
――貴様か、
――貴様か、
――貴様か貴様がやったのか、
――やはり仕留めておくべきは、貴様だった!
――カミシロマサト! カミシロマサト!
上空の〈カグツチ〉がバランスを崩し、高度を保つことが出来なくなり、重力に引かれて落下を始める。
「……あ は は は は は――!」
――絡みつくような、明智光秀の嘲笑う声が木霊する。
「おお、当たったなあ! 才能あるよ、アンタ!」
戦いたくない人間に武器を持たせ、戦わせた。
マサトに、「したくないこと」をさせた。
「ごめん……なさぁぁいっ!」
その想いが、ちさとの胸を切り刻む。
「――わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
拘束が緩んだ隙を見逃さず、内側で鎧王を荒れ狂わせ、〈カグツチ〉の刃尾を切り刻んだ。
勢いはそのまま、鎧王の石突で〈カグツチ〉の胸を打ち据え、片羽を叩き斬り、反動で加速しながら地上へと帰還する。
同じ高さからの落下、だが地上に到達するのはちさとが先、〈カグツチ〉が後となった。
落下してくる「カグツチ」を見据えながら、ちさとは腰を落とし、鎧王を小脇に構える。
使用するたびに、腕が千切れるのではないかと思うほどの衝撃が襲うので、できればこの機能は使いたくなかったが……
――それが、それが、今のこの胸の痛みに比べれば、そんなものが何だというのだ。
「〈
鎧王の先端、斧槍の槍部分、鋼色の矛刃が、爆ぜた。
鎧王・第二機能――
片方の羽で懸命に羽ばたき、高度を保とうともがく〈カグツチ〉を捉え――抉り、穿ち、風穴を開けた。
片翼を喪い、轟音と地に堕ちて、のたうちながら、〈カグツチ〉から、大量の炎が吹き上がる。
全身を炎に解き、そして再度収束させ、姿を変えようとする。
既に、マサトが、そしてちさとが二度見た現象、その三度目が起こる。
「ちさと!」
「うんっ!」
マサトとちさとは、二度目に「それ」を見たとき、攻略法を見出していた。
「それを使うのをッ……」
「待っていたッ!」
「おうりゃァーッ!」
気勢と共にちさとが炎の渦の中心へと放つのは、鎧王の斬撃ではない、武王による打撃でもない。
徒手から放つ。貫手の一撃。
――炎が、吸い込まれてゆく。
ちさとの叩き込んだ貫手に、〈カグツチ〉の体を構成していた火焔が、うねり、渦を巻き、取り込まれてゆく。
それもまた、ちさとが姿を変えた時に起こして見せた現象。
「炎に変わっている時だったら……!」
「奪い取れるッ!」
――まずい!
――こいつにはこれがあったんだ!
――食われる!
――食われてしまう!
体を構成する炎をちさとに根こそぎに吸われ奪われて、単眼の輝きすら弱まってゆく。
それでも――「カグツチ」は全身を震わせ、雄叫びを上げて己を鼓舞せんとする。
――〈こいつら〉は!
――〈カミシロマサト〉と〈チサト〉は! 強い!
――こいつらを一緒にさせるべきではなかった!
――だが、負けない!
――負けるわけにはいかない!
――まだだ!
――諦めない!
――絶対に諦めないぞ! 見るがいい!
ちさとの吸収を振り切って、残った炎が再度収束してゆく。
不定形の炎の塊。
火蜥蜴。
暴君竜。
炎の翼。
そして今また新たな姿――直立する、二本の脚と、二本の腕を持った姿へと変容する。
頭部に湧き上がる炎は、ざんばらに伸びた赤い髪となった。
一ツ目が片側に寄り、反対側はぽっかりと空いた眼窩となった。
それまでの形態よりも小さく、か細く、柔らかく、優美な。
――赤い髪の、2本の角の、可憐な容貌の姿態。
「―― ミ ロ」
獣の咆哮が、少女の声に。
「―― サ ト」
言葉にならない呻きが、激しい感情を宿した叫びに変わる。
「―― カ ミ シ ロ マ サ ト !」
五番目の姿を得た〈カグツチ〉が、己の葬るべき敵の名を、呼んだ。
まだ、新たな肉体の操作に慣れていないのか、少女形態の〈カグツチ〉がよたよたと数歩歩む。
が、それも数歩だけのこと。直にしっかりした足取りで立つ。
自分自身が恐竜形態の時に生みだした大斧に手を伸ばし、拾い上げる。
すかさず、鎧王の矛刃と武王とを回収した、完全武装状態のちさとが、マサトとカグツチの間に割って入った。
一瞬、〈カグツチ・少女形態〉の容姿が自分と全く同じであることを認め、驚いたような顔を見せるも、
「――ちさと」
「――うん」
それだけのやりとりで、改めて鋭い眼差しを眼前の〈カグツチ・少女形態〉へと向ける。
小さな火花が、ひとつ爆ぜる。
それを合図として、まったく同じ容貌のふたりの少女は、一人の男性の生命を巡り、互いへと向けて走り出した。
「……ちぃぃ さぁぁ とおおおおおおおおおおおっ!」
叫びと共に、〈カグツチ・少女形態〉が、大きく振りかぶった大斧を、その後ろのマサトもろともに叩き斬らんばかりの勢いで放った。
が、必殺の刃がちさとに降り注がんとしたその瞬間、真紅の少女の姿はすでに其処になかった。
〈カグツチ・少女形態〉は一ツ目でちさとの姿を探す。そして、見つけ出す。
――上空に。
ちさとの背中に、炎の翼があった。
それは、自身が懇切丁寧に見せてやった、空を駆ける力。
「ちさと!」
――祇代マサトが、叫ぶ。
「ちさと、とどめを刺せ!」
これは……これだけは、自分の口から出る言葉でなくてはならない。
――おのれ!
――もう、
〈カグツチ・少女形態〉は、咄嗟に全身に炎を噴出させ、次の攻撃に備えようとする。
直接触れられなければ、炎を食うことはできまい、と思った。
そして、その中で、あることに気付く。
この広間を呑みこまんばかりの勢いだった炎が、いつの間にか、綺麗に消え去っている。
あれは、到底自然に鎮火するようなものではなかった。
――まさか!
〈カグツチ・少女形態〉は、それを見た。
空中で半身に構えるちさとが引っ下げる――「大鎧王」と呼ばれていた際の形状よりさらに巨大な、周囲すべてから炎を取り込み膨れ上がった、刃渡り数メートルに及ぶ巨大戦斧!
「ちさと ちさと ちさと―――――――!」
1000万分の1秒、刹那に満たない短い時間。ちさとは想いを巡らせる。
〈カグツチ〉――それは、「親を愛せなかった」「親に愛されなかった」神様の名前だ。
「――もしかしたら、あなたもわたしも、そんなに違わないのかな?」
そう呟きながら、大きく振りかぶる。
「ごめんね」
精一杯の、気持ちを込めて。
「――わたしのこと、許さなくていいから」
総身の力を込めて。
「大・大・大・大・大・鎧王!」
――
鎧王から凄まじい勢いで吹き上がる炎は、〈カグツチ・少女形態〉が鎧、盾として身に纏った炎の出力を凌駕していた。
炎を以て炎をこじ開け、大戦斧の刃が叩き落とされて。
そのか細い首を、断ち切った。
〇
胴体から切り離された〈カグツチ・少女形態〉の首級が、どさりと落ちる。
残った、少女の胴体が立ち尽くす。
それはぐらりと一度傾き――そして、一歩、もう一歩と、マサトを目指して、歩み始めた。
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