藍間夕彦の魔境探検

ロムorz

プロローグ前編

「藍間くん、肝試しに行こうよッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


「こんなクリスマスの昼に!?」


 藍間夕彦あいま ゆうひこは幼馴染が町一番のわんぱくであることは常々知っていたのであるが、

まさか季節感もあったものじゃない申し出をしてくるとまでは思ってもいなかった。

 やんちゃ盛りな子供にとってクリスマスの過ごし方と言えば、プレゼントを届けに

やってきたサンタクロースを待ち構えようと一晩中寝たふりをするのが定番だろう。

サンタクロースの正体なんてお父さんかお母さんに決まっているが、子供にとっては

それならそうと証明してやるのも幼気な悪戯心をくすぐらせる充分な刺激であった。

 如月蓮魅きさらぎ はすみもそういう女の子だ。いや、彼女の悪戯心は少しばかり度を越えていた。

体育館の端からどこまで声が届くか試そうと、力いっぱい叫んでみたことがあった。

校庭の土の下が気になり穴を掘るうち、夢中になって授業に遅刻したことがあった。

机の引き出しを隅まで撫でようとして、肘まではまり抜けなくなったことがあった。

 そんな如月を周りが鼻つまみにしてしまうのは、当然と言えば当然だっただろう。

しかし、如月は自分に向けられる評判を気にも留めずに、今日も悪戯を企てるのだ。

 ことの発端は昨晩の話、如月はサンタクロースを待ち構えて寝たふりをしていた。

しかし、夜の11時を過ぎた頃、如月の気持ちとは裏腹に瞼が重くなり始めたのだ。

これに如月は眠気覚ましになればと、窓を開けて外の空気を吸ってみることにした。

風に揺れるカーテンを抑えつつ町を眺めれば、夜にも拘わらずいつもよりもはっきり

景色が見えた。この日の天気は雲ひとつ無く、星によく照らされていたからだろう。

 その影響だからかは定かではないが、如月はいつもと違うが見えてしまった。


「えっ。なにアレ・・・?」


 それは、町外れの山に現れた。中腹あたりから長い影が立ち上っているのである。

如月の家から山までは寝静まった住宅街を挟み約3km離れている。いくら星明りが

あろうと都会の夜景ほどじゃない。山の影など目視できないはず。しかし、如月には

長い影が実際より間近に思えるほど鮮明に見えていた。その上、真冬の風に晒されて

いるはずなのに汗を流していた。如月はこの時、長い影が発している熱が、ここまで

伝わってきたように感じた。そんなわけが無いが、根拠もなく不思議と確信できた。

 しばらくすると、如月の中で熱はどんどん高くなっていった。それだけではなく、

息が上がり、眩暈を起こし、吐き気がこみ上げる。これには彼女もマズいと思った。

 如月は体が熱いならまず冷ますべきと判断し、水を求めて台所に向かおうとした。

ところが、今度は体が窓に張り付いたまま動かないことに気がついた。指先どころか

首まで固まってしまい、否が応でも長い影から目を離せない。そうしている間にも、

体調は悪化していき、呼吸に至ってはさらに荒くなって時折止まりかけるくらいだ。


「ぜぇー、ぜぇー!うっうっ!ぜぇー、ぜぇー!」


 それでも如月の体は窓に張り付き動かない。彼女は、長い影になにかされたのかと

改めて山に意識を向けようとした。しかし、もはや長い影どころかなにも見えない。

激しさを増した眩暈のせいで頭が真っ白に染まったからだ。それでも体は動かない。

 追い打ちをかけるように耳鳴りまで起きた。いや、耳鳴りではなく幻聴だろうか。

意味のない響きのはずのものを如月は聞こえるままにたどたどしく声に出していた。


「オ、イデ。オイ、デ」


おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。


 その幻聴がどれほど続いただろう、如月は熱に耐えきれず意識を失ってしまった。


「・・・んっ、うーん」


 如月が目覚めたのは日の出の頃だった。開けっ放しの窓辺に、もたれかかる姿勢で

眠ってしまったらしい。それでも、如月はあの山から立ち上る長い影を憶えていた。

 その時、キィと小さな音が部屋に響いた。如月は思わず音のしたほうへ振り向く。


「あっ」


「・・・お父さん」


 振り向いた先で、如月のお父さんがプレゼントを手に抱えながら扉を開けていた。

どうやら如月家のサンタクロースは、夜中ではなく夜明けにやってくるようである。

 それはそれとして、如月は昨晩の出来事を振り返っていた。あれは夢だったのか、

現実だったのか定かではないが、あの長い影にもたらされたただならぬ恐怖が確かに

如月の中に刻まれていた。朝ご飯でも、歯磨きでも、プレゼントを開ける時ですらも

上の空で、お父さんとお母さんにいくら心配されても生返事を答えるしかなかった。

 そして、如月自身は両親の気持ちを意に介さずに、そそくさとスニーカーを履いて

町へ走り出すのだった。向かう先は言わずもなが、長い影が噴き出した昨夜の山だ。

しかし、あの「おいでおいで」という幻聴に従おうと山を目指すわけではなかった。


「あっ、如月ちゃーん。そんなに急いでドコ行くのおー?」


 そうしてすれ違いざまに彼女を呼び止めたのは、隣に住む藍間夕彦という男の子。

 藍間は如月のことだからまたおかしなことを考えているのだろうと半ば決めつけ、

嬉々として駆け寄る彼女が今日はなにを企てているのか期待した。彼は如月の悪戯に

辟易しがらも共謀しがちなため、周りは二人揃って鼻つまみ者にされていたりする。


「藍間くん、肝試しに行こうよッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


「こんなクリスマスの昼に!?」


 まさか季節感もあったものじゃない申し出をしてくるとまでは思っていなかった。

 如月は間髪入れず事のあらましをまくしたてると、彼の手を取りまた駆け出した。

その強引っぷりに藍間は呆れつつも、親にも内緒で誘ってくれたことが嬉しかった。


「だから藍間くん、一緒に山を探検しようよ!!!!」


「行っても良いけど、化け物に『おいでおいで』されたら普通は逃げるよね?」


 ――「如月ちゃんの頭のネジどうなってんの?」とまでは言えない藍間であった。

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