seen8-私4

「お隣の方ですよね」テジマがエントランスで話しかけてきたのは、それから数日たった夕方だった。

デートでも行くのか綺麗な髪を揺らしながらシックな淡い紫のワンピースを纏い、いつもの香水をつけていた。


「はい、なんですか」テジマが私になんの用だろうか。

「昨日なんですけど、なんか変なおばさんにいきなり腕をつかまれたんですよ」おや、まさかあの女性か。

続けて「そしたら、ちょっと目が合って、『違う』とか言って出て行ったんですよ。すごい怖かったんですけど、なんですかあれ」私に言われても。

「この間もアル、あっいや、隣の人も管理人さんにその人の事聞いてましたよ」

「怖くて管理人室いったんですけどもう帰ってる時間で。そのまますぐに部屋にもどったんですよ」テジマは当時を振りかえりながら眉間にしわを寄せた。


「私も見たことはあるんですけど、話はしなかったな」

「そうなんですか。えっと、すいませんお名前聞いてもいいですか?」おっとチャンス到来、よもやテジマと仲良くなれるのか。

名乗ってから、おもむろに「で、あなたは?」

「私はイマダユウミです。改めまして」名前ゲット。

「隣の304号室ですよね。今度何かあったら行ってもいいですか?怖くって」

「もちろん。でも手を掴まれたとなると、お化けじゃなかったって事ですよね」こっちもまた怖くなってきた。


「ユウミさんの知り合いとかではなかったんですよね?」

「はい。初めて見る人だったし、そもそもあんなおばさんに知り合いいませんよ」目の前のおばさんにむかって言うには意外と強めのワードがでた、若さよ。


「警察には通報しなかったんですか?」

「あー、してないですね」そうなのか。なぜ?

なんとなくとか、いや別にとか、いろいろいっていたが結局警察に通報するのは嫌なようだ。過去になにかあったのかとも思ったけれど、そこはまだ踏み込めないので我慢。


そろそろ家で食事の準備をしなくてはならないので、ここで一旦別れることにした私は、ユウミさんを見送ってからエレベーターのボタンを押した。

ユウミ、どんな字なんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る