第6話 俺の好み

取り敢えず、余り人が居ない小さな公園のベンチ迄きた。


もし、レイラの四肢が健康な状態なら、このまま公衆浴場に直行してお風呂に入って貰い、俺が下着や服を買ってくる。と言うのが理想だが、今のレイラにはそれすら難しい。


だから、もう少し話をしようと思った。


こんな状態のレイラを酒場やカフェに連れていく事は出来ないし、宿屋に直行も誤解されそうだ。


公園という選択は間違ってない気がする。


だが、いざ横に座ってみると、なにから話して良いか解らない。


ただ、目が合うだけで心臓のドキドキが止まらなくなる。


『やはり幼馴染とは違う』


あいつ等も巷では美少女と言われていたけど、どうしてもガキにしか思えなくて、こんな気持ちには成らなかった。


「そんなに見て、今買って損した。そう思っているんじゃないですか? オークション会場じゃ遠目だから、気がつかなかったかも知れないけど! 私、結構なおばさんでしょう?『綺麗』とか『理想』なんて言われる女じゃないよ。貴方より貴方のお母さんやお父さんの年齢に近いはずよ。それに顔には大きな傷があるし、手足なんて、これだからね」


そう言うとレイラは、木の棒にしか見えない義足をばたつかせて見せた。


顔の傷だが、前世、俺の生きた昭和という時代には『顔に傷がある美少女』は結構居た。


スケバンという女の不良がいる時代で、その中でも凶暴な奴はカミソリの刃を武器に使う。


良く『二枚刃の京子』とか『二枚刃の明美』とか『二枚刃』を自分の名前の前につけるスケバンは人差し指と中指、中指と薬指の間にカミソリの刃を挟んで2枚の刃で『人の顔を斬る』事を得意としていた。


こうすると、片方を縫っても片方の口が開くから醜い傷跡が残るんだ。


だから、不良の女の子で顔に傷がある女の子も多かったし、『可愛い』『綺麗』な女の子は、やっかみからスケバンに『顔を斬られる子』も結構な数居た。


だから…そこ迄気にならない。


実際に俺の子供の頃のヒーロやヒロインには顔に傷があるキャラも多かったしな。


「レイラは顔の傷や、手足を気にしているかも知れないけど、俺はそこ迄気にならない。勇者だったから解らないかも知れないけど、普通に冒険者をしていれば、怪我する事もあるし命すら落とす事だってある…そう珍しい事じゃない」


これで良い筈だ。


これなら普通に納得してくれるだろう。


「確かにそうかも知れないわ。だけど私は奴隷ですよ?わざわざ顔に傷があって手足が不自由な人間選ぶわけ無いじゃないですよ? しかも、貴方みたいな若い子が…こんなおばさん…なんで買うんですか? お話しましたが、お世話が必要なのは…私です…片手片足だから、生活するのに人の手を借りないと生きていけないんです! 見た感じ、特に女性に不自由するように見えませんが、なにかあるんですか」


これは幾ら話しても押し問答にしかならないな。


今は、なにを話しても駄目かも知れないな。


「信じて貰えないかも知れないけど、俺にとってレイラは好みの女性だ。それは、これからの生活で知って貰うよ」


「強情ですね! こんなゴミみたいなおばさんに、まだ言うんですか? もう良いですよ、犯罪奴隷ですから、私は貴方から離れることは出来ませんし1人じゃ生きられませんから、若い子がなんで私を買ったか知りません。貴方の人生を汚したくなかったのに…もう知りませんから」


「もう、その話は今は止めようか? それでレイラはお風呂は1人で入れるの?」


「ごめんなさい…」


普通に考えてそうだよな。


「それじゃ…あのその…なんだ、宿屋に行こうか?」


「はい」


別に下心は無いけど、凄く緊張するな。


◆◆◆


宿屋についた。


最初、宿屋の主人はレイラをみた瞬間嫌な顔をしたが、俺が黙らせた。


まだ、冒険者証を更新していないから、俺の冒険者証は『勇者パーティ』のままだ。


これを見せれば大体の事は問題ない。


「お金には余裕がある。お風呂がついた良い部屋でベッドが二つある部屋を頼むよ」


「畏まりました。お風呂付の部屋だと1日当たり銀貨1枚になりますが宜しいでしょうか?」


現金な物だ。


高い部屋を頼むと急に笑顔になるんだからな。


「ああっそれで頼むよ」


レイラの事を考えたら、風呂付は譲れないからな。


◆◆◆


「それじゃレイラ悪いけど、服を脱いで、毛布に…くるまってくれるかな?」


「まぁ良いわ! 多分見てもがっかりするだけだよ…おばさんだから」


見てがっかりすることは無い。


「そんな事ないけど、今回は違うよ!必要な着替えや下着を買いに行ってくるから、その寸法が解るように、今着ている服が必要なだけだから」


「あはははっ!そりゃそうだよね…態々おばさんの裸は見ないよね…解ったわ」


見たいか見たくないかと言えば見たい。


だが『今は違う』


尤も、後で体を洗う介助はしないといけないから、見る事にはなると思う。


俺はレイラからボロ布のようになった服を受け取ると、そのまま部屋を後にした。


◆◆◆


速攻で古着屋に向かった。


この世界じゃ、服はオーダーメイドか古着しかない。


「おばさん、悪いんだけど、この服や下着と同じサイズの物を3着下さい」


俺が手渡すと…


「うぷっ、なんだいこのゴミ、臭いったらありゃしないよ!」


まぁ奴隷として着たっきりだったんだろうからな。


臭くて当たり前だ。


「すみません」


「まぁ商売だからね、女性にしちゃ大柄だね。今探してあげるから待ってな」


「お願いします」


レイラは勇者だけあって女にしてはかなり大柄だ。


そうは言っても前世で言うならグラビアアイドルみたいな感じだ。


俺の生きた時代は『背の高い女性』というのもモテる女の条件だった。


『ワンレンボディコン』が流行っていた。


ロン毛で足が長くてスラっとした感じだ。


だから、こそ凄く良いんだ。


「サイズ的に選り好みは出来ないけど、こんな感じでどうだい?」


「ありがとう」


俺はお礼を言ってから、古着3セットと新品の下着を受け取った。


「これはどうする?」


「捨てて置いて下さい」


まずはこんな物か?


他に必要な物は、後日で良いだろう。


宿に戻って来た。


部屋には毛布で体を包んだレイラがいる。


これから『お風呂』に入れないといけない。


それには、どうしても見ないといけない。


そう、思い緊張しながら部屋のドアを開けた。


やけに静かだな。


「助けて…」


レイラはどうやら寝てしまったようだ。


「助けて…嫌だ…嫌だ、あっああああっ仲間を殺さないで…」


「助けて、助けて下さい…私の腕がぁぁぁぁー-嫌ぁぁぁぁぁー――っ」


「足…私の足―――っ返して、私の足を返してー――っ」


これは恐らくは魔族との戦いの記憶だ。


これが勇者の実態だ。


確かに魔族と戦っている間は誰もがチヤホヤする。


だが、魔王迄辿り着けて勝利出来る勇者は少ない。


そして戦いに負けたら『死ぬ』


万が一助かっても、五体満足で済むはずはない。


そして命からがら帰ってきた後は悲惨極まりない。


使えないと解ると『用済み』とばかりに全てを押し付けられ責任を取らされる。


これなら、借金まみれで鉄骨を渡らされたり、地下収容所で働かされる方がまだましだ。


魔族も最低だが、この世界の人間も最低だ。


散々助けて貰ったのに…負けたら石を投げつける様な奴ばかりだ。


「レイラ…レイラ」


俺はレイラを起こそうとしたが疲れているのかなかなか起きない。


無理もない。


恐らくは奴隷として檻の中で生活していたんだろうし、まして『犯罪奴隷』だからきっと待遇は悪かったに違いない。


綺麗な筈の髪からはフケが出ているし、体も垢だらけで体臭も臭い。


どんな美女でも、水浴びも満足に出来ないならこうなるよな。


「助けて…」


今もレイラは悪夢にうなされているみたいだ。


寝返りを打った瞬間に毛布がズレた。


見た瞬間思わず目を覆いたくなった。


左手は肘から下が無くなっていた。


これは解る。


魔族との交戦中に斬られたのだろう。


だが、そこが下手糞に縫合されたのだろう、傷跡が凄かった。


ちゃんとしたポーションを使えば、元からそこに腕が無かったみたいに見える位綺麗な筈だ。


だがレイラには傷後があった。


これはポーションすら使われなかった証拠だ。


失った右足の膝から先に代わりに義足が…これを義足と言って良いのか?木の棒2本で太腿を挟み込みボロ布で固定しただけだ。



これだったら、多分歩くのも辛い筈だ。


ボロ布からは血が滲んでいて、恐らくは長い事交換もされて居なかったのだろう、血の一部は乾いていた。


『本当に酷いな』


俺がそう思って見ていたら、目を覚ましたレイラと目が合った。


「なにしているの?」


さてどうしようかな?

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