#12B零 豹変の蒼空。狂人の葛根。




クリスマスイブ当日の夕刻。



クリスマスマーケットが高花駅で開催されていた。スタジオスパーブはこのイベントのステージに呼ばれるはずだったけれど、葛根先生(の引き起こした犯罪)のせいでイベント出演は見送られてしまい肩透かしを食らった気分だった。まあ、だけどみんなが好奇の目で見られるのもスパーブの代表はよしとしなかったのだろうって推測する。賢明な判断だよね。



事件が事件なだけに仕方ないか。



「ルア、あんた学校サボってなんなの?」

「なんだ蒼空か」

「なんだじゃないわよ。体調でも悪いわけ?」

「そんなことよりも、蒼空は葛根先生の行方知らない?」

「知るわけないでしょ」



ちなみに葛根先生が大問題を起こしたことは、スパーブのメンバーはもちろんのこと、高花市で知らない者はいないと思う。問題が発覚した時点で葛根先生は懲戒解雇となっていて、スパーブは保護者をはじめとした関係者やら地元の人に謝罪をした。イベントがなくなったにもかかわらず、蒼空のようにイベント会場に足を運んでいるスパーブのメンバーも多い。



「えーっ! 蒼空ちゃんが匿ってるんだと思った」

「ハル……あんたね」



あれ、蒼空はこの時点でハルのことを知っている……わけないよな。蒼空がハルと再会するのは2023年の春。つまり、蒼空も僕たちと同じように時を渡ってきたということなのか? 



「あんたが余計なことするから、あたしの役目がなくなっちゃったじゃない」

「役目? 蒼空の役目って?」

「あのクズに復讐することよ」

「復讐……ってことは蒼空ちゃんももしかして脅されて?」

「……違うわよ。あんた達はわたしの苦労を知らないから、呑気にしていられるのよね」



蒼空の苦労なんて知らないけど、葛根と不倫をしていたことはよく覚えている。僕としては蒼空と顔も合わせたくないのに、会場でばったり会ってしまったのだ。けど、まあ、僕たちに協力してくれた手前(ツクトシ様の件)、邪険にもできないか。



「で……なんで蒼空ちゃん付いてくるの?」

「そうだよ、付いてきてもなにもないぞ? 蒼空はひとりか?」

「ひとりよ。なにか問題でも?」

「蒼空ちゃんって友達いないよね? ま、わたしも人のこと言えないけどさ」

「悪かったわね」



友達がいないわけじゃなくて、あえてひとりを選んで行動しているような気がする。その理由は分からないけど、以前はそんな感じじゃなくて、いつも周りに誰か取り巻きがいたと思う。



「あのさ。蒼空ちゃん空気読んでくれないかな。わたしはルア君と一緒にいたいの。蒼空ちゃんはわたしとルア君の距離感見て分からない?」



とハルは言って僕の腕に絡みついた。



「そんなこと言っていられるのも今のうちだと思うわよ?」

「は? なに? 負け惜しみ? っていうかさ。それだけルア君のこと好き好きアピールしているくせにさ。どうしてクズ先生とあんなことしちゃったわけ?」

「あんたになにが分かるのよッ!!」



あ〜あ。蒼空キレた。鬼の形相でハルを睨みつけている。でも、ハルも臆することなく蒼空を睨み返して一触即発の危機って感じ。仲が悪いのはよく分かった。ハルが蒼空を嫌う理由は、不倫していた蒼空が僕のことを好きって言うからだ。ハルからすれば、どの口で言うんだよって文句の一つや二つ言いたくもなるよな。



「分かんないよ。っていうか、蒼空ちゃんにわたしのなにが分かるの? わたしがどんな気持ちでアイドルになって見返してやろうって思ったか分かる? 不倫していた人になにが分かるわけ?」

「あんたに……あたしの……あたしのなにが分かるっていうのよ。あのとき……助けたのはあたしなのに」

「助けた? 何から? 教えてくれるからしら? ねえ、蒼空ちゃん?」



言い返してくると思っていたら、なぜか蒼空は黙ってしまった。僕たちが広場のイルミネーションの雑踏の中に溶け込み、振り返ると蒼空の姿はどこにもなくようやく撒いたとホッとした。



「蒼空ちゃんって、少し妄想癖あるのかな……」

「あいつ、昔はいいやつだったんだけどさ。どこでどうなったらあんな風になっちゃうのか……ったく」

「クズ先生といい、蒼空ちゃんといい、本当におかしい人が多いよね」



イルミネーションは広場全体に広がっていて、青に統一されている。寒いけど、ずっと見ていられるくらいに綺麗だった。



「ルア君、寒いからくっついていい?」

「ダメって言ってもくっつくくせに」

「えへへ」



まるで恋人のように僕の腕に絡みついたハルを横目で見ると、つぶらな瞳にイルミネーションの輝きが映り込んでいた。



このままじゃいけないよな……。



いつか言わなきゃいけない。僕の気持ちを伝えないと……言葉にしなきゃ伝わらないじゃないか。長いこと待たせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ハルは僕のためにあんなに懸命に看病してくれたっていうのに。それだけじゃない。



ハルがいなければ僕は蒼空に騙されて、弄ばれていたかもしれない。



「ハル……聞いてほしい」

「うん? どうした少年?」

「順番が逆になったし、僕の気持ちを伝えないままじゃ……やっぱり嫌だし、ハルに対しても失礼だと思う。だから、ここで言わせてほしい」



周りに人がいるけど、今、伝えたい。喧騒の中なら僕の言葉なんてハル以外の誰にも聞こえないはず。ハルはしばらく俯いたあと、わずかに顔を上げて僕を見上げた。



「うん……」

「僕は、ハルのこと……」



ハルを見つめて、そして気持ちを伝えようと「僕は、」と口にした瞬間、ハルの背後に見知った顔を見つけてしまった。



なんで……なんでコイツがここにいるんだ……?



葛根冬梨がニヤニヤと笑いながらこちらにゆっくりと近づいてくる。イルミネーションのアーチの中で一歩一歩距離を縮めてきて、表情が段々と見えてくる。葛根先生の様子は普通じゃない。僕の知っている葛根冬梨はいたって普通の男だったと思う。犯罪を犯すような人間だからろくな奴ではないと思うけど、こんなにも狂人のような顔をするところは見たことない。



「ハル……逃げよう」

「え?」



ハルの手を握って駆け出した。



ふと思い出したのは、僕は2022年のクリスマスマーケットのステージに出演をしたときのこと。今じゃなくて、僕の記憶の中にある一度目のクリスマスマーケットのときだ。そのときは間違いなくスタオジオスパーブは登壇していて、問題なく無事にステージを完遂したはず。



しかし、今回、スパーブのステージは中止になってしまった。それは間違いなく葛根冬梨のせいだが、きっかけは僕たちの行動によるもの。ミオは助かったけど、本来は葛根の毒牙にかかってしまう運命だったのかもしれない。



そうなると、歴史が変わってしまっていて……これがツクヨミ様の言う『変則』なのかもしれないと頭をよぎる。いや、これだけじゃなくて、僕たちが再び2022年12月に戻ってきた時点で歴史は変わっている。水戸のショップでミオが助かったことも、僕たちがダンクローカットを購入したことも、葛根冬梨が指名手配されたことも。



そして、葛根冬梨がこうして僕たちを追ってきていることも。



葛根から逃げている途中、目の前に蒼空が仁王立ちしていた。いったい何してんだよ。避けようとすると、手を握っているハルが急制動して僕は引っ張られる形で足が止まる。僕は思わず前のめりになり転びそうになるところをなんとか足を踏ん張って体勢を整えた。



「痛いッ!! なにするのよ蒼空ちゃん」



走っているところを蒼空に腕を掴まれて、それでハルは足を止めざるを得なかったのだ。



「蒼空、なにするんだッ!!」

「あんた達は何も知らない。あたしはあんた達のせいで代償を背負った……。あたしはあんた達を助けたのに。今だって、代償に苦しんでいるのに。あたしは……ハル……あんたが憎い」

「は? わたしッ!? なんで?」

「あんたなんて助けなければよかった。それにルア……あんたもよ。絶対に許さない」

「待て。代償をなかったことにしたいって言ったのはお前だろッ!! なんで責任転嫁するんだよ。言ってることが違うぞ? 蒼空お前本当にどうしたんだよ?」

「言ったでしょ。あたしは記憶をすべて持っているって」



顔を上げた蒼空の表情はまるで鬼のような形相になっていて、僕の知る早月蒼空はどこにもいなかった。



まるで別人だ。



「蒼空ちゃん……?」

「お前……いったいどうしたんだよ……?」



ハルの腕は蒼空に掴まれたまま、背後から葛根がゆっくりと近づいてくる。



なんなんだよ……。





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