【朗読用フリー台本集】掌編アソート

江山菰

たまごの割れる音

 あなたはポンと卵を割り、カチャカチャかき混ぜてオムレツを焼いている。

 私はあなたのすぐ後ろでおろおろしている。

 あなたは落ち着かないのか、

「座ってて」

と言うけど、なんだかじっとしていられない。


 きれいな山吹色が流し込まれるとフライパンがじびじびと音を立てる。

 バターとたまごのいい匂いが流れてくる。

 たぶんこれは幸せの匂い。


 私はこのまったりと流れる時間に慣れていない。

 失くすことばかり考えてしまって、ともすると

「そんなふにゃふにゃしたもの、はなっからいらない」

なんて言いそうになる。

 だけど、言ったあとでとてもかなしくなるのがわかっているので、黙っている。


 あなたの作ったオムレツは温かくて中はとろとろ。

 私が作るよりずっとずっと上手。

 

 私は丸いたまごが割れたときの音、どろっと流れ出る白身と黄身、そして割ったあなたの手つきを思う。


 幸せなんだけどやっぱりこわい。

 私みたいなだめな人間がひょんなことから得てしまったこの時間と空間。

 それが壊れ去るときを思うとこわい。

 殻に守られていないと、とても、とても、こわい。


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