第25話

「あ、こ、こんにちはっ。冒険者をしていますっ、ハルヒコ・タナカと申しますっ。よろしくお願いしますっ!……ほらお前も挨拶しろっ(ボソ)」


「ミ、ミュゥっ」


 頭を下げる俺達に、イケオジもニコニコと頭を下げる。


「これはこれは、ご丁寧に。私は当支部のギルドマスターをしています、パレスと申します。こちらこそよろしくお願いしますね」


「ギ、ギルドマスターですか?」


「はい」


 何でそんなビッグネームが⁉︎ちょっと緊張がやばいんですけど。え、俺なんやらかした?


「どうぞ席に」


「あ、はい」


 ずっとニコニコしているパレスさんに冷や汗が噴き出る。


「職員に伺いましたところ、ハルヒコ殿はここサントラで飲食業を始めたいと。それに伴い、金銭の融資を受けたいとのことでしたが、お間違いないですかな?」


「あ、はい!」


「承知しました。……フフっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


「あ、すみません」


 ぎこちなく笑う俺の袖が、ぐいぐい、と引っ張られる。


「ん?」


「ちょっとおにーさんっ、借金するの⁉︎借金は怖いっておじいちゃんが言ってたよ!(ボソ)」


「何だよ、店出すんだぞ?それくらいの覚悟は必要だろ(ボソ)」


「ボッチ隠キャ童貞引きこもりに借金の属性まで付いたら、救いようがないよ⁉︎(ボソ)」


「喧嘩売ってんの⁉︎(ボソ)」


「フフフっ、仲がよろしいようですね」


「す、すみません」


 笑うパレスさんと女性職員に、俺は羞恥に頭を下げる。


「では、」とパレスさんが眼鏡を上げた。


「本題に入りましょうか」


「は、はい」


「まず私が来た理由ですが、単純に気になったからです。先程程廊下を歩いていた際、何やら不思議な良い香りがしたものでね」


「あ、はぁ」


「私食に関しては造詣が深いと自負していたのですが、その鍋の中の料理が想像つかず、つい名乗り出てしまったのですよ。フフフっ」


 だいぶフッ軽なギルドマスターだな……。


「次に希望内容ですが、正直に申して難しい話ではあります。サントラは壁内都市、建設出来る店舗にも限りがあります。

 壁外にはモンスターも多く現れるため、武器防具関連の店舗の方が求められます。そのため飲食の競争率はとても激しいです」


「な、なるほど……。っでもこれは、そんな中でも勝ち残れると思ってます!」


「ぅん!」


 俺は袋から3つの包みを出す。漂う肉の香りに、パレスさんの目が鋭くなった。


「……そちらが?」


「はいっ、ハンバーガーです!」


「ハンバーガー……聞いたことのない料理ですね。そちらの鍋は?」


「あ、調味料です。ケチャップって言います」


「そちらを先に試食しても?」


「あ、はい」


 スプーンで掬ってペロリと舐めたパレスさんが、目を見開く。


「……これは、美味しいですね」


「っあざす!」


「やはり原材料はトメトですか。……程よい甘みと酸味、柔らかな舌触り、これは様々な料理に合いそうですね……。ハンバーガーをいただいても?」


「あ、はいどうぞ!こっちの2つが普通ので、こっちがちょっと贅沢なチーズ入りのです」


「っ⁉︎ミュゥそれ食べてない!」


「はい静かになー」


 チーズバーガーに伸びるミュゥの手を引っ掴みバンザイさせる。


「……」


 スプーンを置いたパレスさんは包み紙を剥がし、中のハンバーガーをマジマジと見つめる。


「……では」


「どうぞ!」


 パレスさんがハンバーガーにかぶりついた。


 瞬間、



「――ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」



 威厳のある銀縁眼鏡が吹き飛び、ハンバーガーを持ったまま椅子ごと後ろにぶっ倒れた。


 この時、パレスは未知の味と衝撃の旨味にパニックを起こしていた。

 爆発する肉汁をケチャップとマスタードがコーティングし、ピルクスが暴れる旨さを無理矢理纏め上げる。

 しかしその全てが喧嘩することなく旨味を相乗させ口内を蹂躙、脳内に快楽物質をぶち流す。

 これは暴力だ、旨味の暴力だ‼︎


「ッ、ッ、ッ!」

「マ、マスター⁉︎」


 ぶっ倒れたままハンバーガーを貪り一瞬で完食したパレスさんは、おもむろに立ち上がり、


「っえ」


 俺の手を取り強引に握手する。っ何この人怖い⁉︎


「……私は貴方をみくびっていたようだ。ハルヒコ殿」


「あ、え、」


 割れたレンズの奥に光る、ギラギラとした瞳。

 パレスさんはもう1つのハンバーガーを女性職員に渡す。


「君も食べてみなさい。そうしたら分かる」


「は、はい。いただきます。――ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


 かぶりついた女性職員が吹っ飛び壁に激突、白目を剥いて気絶したまま、モグモグとハンバーガーを食べ続ける。


「フッ、あまりの旨さに耐えられなかったか」


 何この人達怖い⁉︎なんかヤバい物でも入ってましたか⁉︎これ売っていいのかな⁉︎怖くなってきたよ俺⁉︎


「ハルヒコ殿、」


「ひゃい!」


「これは売れる。いや、その程度の言葉では表せない、これは革命だよ。ハルヒコ殿!」


「お、おお!」


 想像以上の好感触に俺も嬉しくなる。


「で、でしたら、」


「ええ、勿論営業許可を出しましょう。場所もすぐに用意します」


「よっしゃぁ!」「よしゃぁ!」


 第一関門突破だ、俺とミュゥのハイタッチが部屋に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る