第41話 都市伝説

 京華けいかさんが懐中時計の針が動かなかった事に対してショックで気を失い、念のためにと京華さんが持っていた父親の名刺に連絡をしたら、なんと父母祖父の三人が我が家にやってきた。

 軽く挨拶を済ませ、直ぐに京華さんの部屋へと案内した。


「頭を打ってないか等の確認はしました。念のためお医者さんに診てもらってください」

「そうか、悪いね」


 とりあえずの現状を説明して退室し、来賓用のカップや茶菓子等を用意する。

 準備が整い、そろそろ一息つく頃合いだと判断して迎えに行こうとすると、廊下から話し声が聞こえてきた。京華さんの声もするので目が覚めたのだろう。とにかく何事もなくて良かった。

 

 居間で待機していると、京華さんが両親と一寅かずとらさんを引き連れて、申し訳なさそうに顔をだした。


「この度はお騒がせしてすみませんでした」


 と開口一番に謝罪してきたので、「いえいえ、取り敢えず座って楽にしてください」と言い、京華さん及び保護者の皆様に座って貰った。が、席順がおかしい。俺の対面に京華さんが座り、その左隣に一寅さん。右隣に啓一けいいちさんと華織かおりさんが座った。この図式だと一対四になる。もしかして今回の事で怒られるんではないかと内心肝を冷やす。


(俺が何かした訳じゃないんだけどなぁ)


 心の中で愚痴るが、この状況が変わる訳もなく、一寅さんがコホンッと一つ咳払いをしてから口を開いた。


「今回の事は迷惑かけて申し訳なかった」

「いえ、迷惑という程では。日頃京華さんにはお世話になってますから」

「ふむ、そう言って貰えると助かるののじゃが……」


 そう言いて一寅さんはチラリと京華さんを見る。


「気を失った原因が懐中時計が動かなかったという事じゃが、本当か?」

「はい。京華さんに言われた通りに手渡しましたが動きませんでした」

「それにショックを受けた京華が気絶した。という事で間違いないかな?」

「はい」

「ふむ……」


 ありのまま答えると、一寅さんは立派な顎ヒゲを撫でながら何かを考えているようだ。

 俺としてはこのまま婚約解消にして貰いたい。でも、「懐中時計が動かなかったから運命の人じゃなかったね。さよなら」では良心が痛む。少なくとも京華さんは小さい頃から許嫁と聞かされていた俺の為に色々学んできたようだし、この数日間もお世話になった。

 なんとか京華さんを傷つけずに婚約解消にならないのもか? と思考を巡らせていると、京華さんの右隣から声が発せられた。父親の啓一さんだ。しかも、耳を疑う様な発言をしている。


「だから言ったじゃないか。懐中時計の話は都市伝説だって……なのに父さんが強引に許嫁にしたからこうなったんだ」


 どういう事だ? 父親は俺との婚約に反対だったのか? それを一寅さんが強行したってことか?


「お前だって最終的には了承したではないか。それに、懐中時計の話なぞ今更よ。源一郎が死んでしまった今、嘘か真か確認するすべはないのだからな」

「なら父さんはこのまま婚約関係を続けるって事かい?」

「当たり前じゃ。それに……京華もこのままでは諦められんだろう?」


 一寅さんに問われた京華さんが一瞬身体をピクッとさせ、俯いてしまった。


「どうしたんじゃ京華! まさかこの男が嫌になったのか?」


 予想していなかったであろう反応が返ってきた事に一寅さんが動揺する。

 そして俺を睨みつけるような視線を向ける。


「誠一君、まさかとは思うが京華に何かしたのかね?」

「い、いえ! 京華さんには指一本触れてません!」


 ブンブンッと首が取れそうなほど左右に振り否定する。

 俺が必死に否定するので、「本当に何もなかったようじゃな」と一応納得してくれた。

 一寅さんが「なら、どうして……」と京華さんに問いかける。

 すると、京華さんは瞳に涙を溜めながら顔を上げ、「今から事の顛末を話します」と言って一寅さんと啓一さん、華織さん達と向き合った。


「私は今でも誠一さんを愛しています。ですが、懐中時計は動きませんでした」

「うむ、それは仕方ない。あの伝説は嘘だった様だ」

「そうとも言い切れません。誠一さんが以前お付き合いしていた方に手渡した時には動いていたそうですから」


 「そうですよね?」とこちらに視線を向ける。

 すると、一寅さんが「それは本当か!?」とテーブルに身を乗り出して聞いてきた。


「はい、本当です」

「だという事は、あの伝説が本物だったということか……」


 懐中時計が動いていた事には安堵した表情をしたが、すぐに険しい顔つきになった。

 言い換えれば、京華さんは運命の女性ひとではないと証明された様なものだからだろう。


「でも、その時の俺は懐中時計の伝説なんて知りませんでしたし、軽く手渡ししただけなので」

「そ、そうか……それならば──」

「ですが、俺はその女性ひとに運命を感じてました。相手も運命を感じたと言ってくれました。このことは関係ありますか?」

「な、なんと! して、その女性とは既に交際しているという事かね?」

「……いえ、以前京華さんには少し話したのですが──」


 真澄さんとの出逢いから、悲しい別れまでを話した。勿論、真希の事も。

 一寅さんや啓一さんが神妙な顔つきで黙り込む。対して華織さんは目元の涙を拭きながら、「辛かったですね」と励ましてくれた。京華さんは俺が前に話した事もあったのであまり反応は無いかな? と思っていたら、涙を流していた。

 空気が重くなってしまった中、京華さんがハンカチで涙を拭い、声を震わせながら発する。


「真希は……こんな辛い想いをしていたのに、あんなに明るく振る舞って……強い女性ですね」


 と言って再び涙を流した。

 京華さんの次に言葉を発したのが一寅さんだ。


「その真希さんとは今はどういう関係なのかな?」

「今も昔も良い友人だと思ってました」

「思ってた? では今は違うのかね?」

「実は────という事がありまして。あいつも勢いで言っただけかもしれませんけど」

「うむぅ、なるほどな……」


 京華さんと真希が言い争いになった時、真希が言った


 『私も誠一のことが好きだからよ!』

 『お姉ちゃんと付き合ってた頃から好きだった』


 という言葉が、俺の中で熱を帯びている。確かに真希とは気楽に話せるし、冗談やバカ話をして楽しいと思う。それは気の合う友人みたいに感じてたけど、真希の気持ちを知ってからは、何とも言えない感情が渦巻いている。

 俺が真希について考えていると、今まで黙っていた啓一さんが声を発した。


「誠一君や京華が話す真澄さんや真希さんは、神宮寺といったね?」

「はい、そうですが」

「もしかして神宮寺グループの神宮寺 信人まことかい?」

「名前までは知りませんが、家が神宮司グループだと聞いています」

「そうか……」


 そう一言呟いたあと、予想だにしていなかった要求をされた。


「その神宮寺真希さんと会わせてくれないかな?」


 その表情は真剣そのもので、断るという選択肢を選ばせてくれなかった。

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