第34話 懐中時計の意味
着替えを済ませ、台所へ行くと京華さんが夕飯の支度をしていた。
幼い頃から花嫁修業をしていた成果だろうか、彼女の作るご飯は美味しい。
聞いたところによると、和・洋・中何でも作れるらしい。
おまけに料理だけでなく、洗濯・掃除といった家事全般のレベルが高い。
「家の事は任せてください」と言ったのは伊達ではなかった。
(これら全部、俺の為に努力してきたんだよな……)
俺に気づいた京華さんが手を動かしながら話しかけてきた。
「今日はベタに肉じゃがにしたので楽しみにしていてくださいね」
「ありがとうございます」
「当たり前の事なんですからお礼なんていらないですよ」
「でも……」
「誠一さんは居間でくつろいでいてください。すぐにお風呂も沸かしますので」
「ありが――わかりました」
お礼を言おうとしたら睨まれたので仕方なく受け入れた。
居間でくつろいでいると、「お風呂沸きましたが先に入りますか?」と聞かれたので食事の前にお風呂を済ませる事にした。
湯舟に浸かってこれからの事を考える。
真澄さんの事で気落ちしていた事は確かだけど、それも真希の助言で幾分か心が軽くなった。
しかし、跡継ぎや婚約者の登場等、悩みの種が次々と出てきて夜はあまり眠れていない。
その所為もあり、学校では皆に心配させてしまった。
跡継ぎに関しては少し時間をくださいと言ってあるが、いつまで待ってくれるか分からない。
京華さんに至っては、
真澄さんが婚約者を嫌っていた様に、俺の事を嫌っていてくれたら話は違ってきたのに。
(あれ? 確か真澄さんが亡くなって、真希が跡継ぎになったって言ってたよな?)
跡継ぎを引き継いだという事は、婚約者は真希になったという事だろうか。
真希は真澄さんがやっていた習い事をそのまま受け継いでいるみたいだし、跡継ぎ問題に詳しいかもしれない。
(明日、それとなく聞いてみよう。何か今の状況を打開できるヒントがあるかもしれない)
風呂から上がると、タイミングを見計らった様に夕食が並べられていた。
一汁三菜の基本に沿って作られたご飯は美味しそうに湯気がたっている。
「丁度支度が終わりましたので夕飯にしましょう」
「今日も美味しそうですね」
「ふふ、ありがとうございます」
京華さんが俺の向かいに座り、二人でいただきますをしてご飯を口に運ぶ。
味付けは俺好みの濃いめに作られていてご飯がすすむ。
「すごく美味しいです」
「よかった。おかわりもあるので沢山食べてくださいね」
俺が感想を言うと、京華さんが嬉しそうに笑う。
その笑顔は表裏のない、純粋な笑顔だと感じる。それだけに俺が婚約者の自覚がない事に申し訳なく思う。
だけど、こればっかりは一朝一夕でどうにかなるものでもない。
そんな事を考えていると、京華さんが口を開いた。
「そういえば、懐中時計を見せていただけませんか?」
「懐中時計ってじいちゃんが持ってたやつですか?」
「はい」
「それでしたら、先日話した彼女に貸しました」
「えぇ!?」
俺が貸したと言うと、いつもお淑やかな京華さんからは想像できない驚きに満ちた声が発せられた。
「あの、誠一さんは、あの懐中時計がどういったモノかご存じですか?」
「え? じいちゃんが若い頃に買ったとしか聞いてませんけど」
「なるほど、そういう事でしたか」
俺が説明すると、何か納得した様に頷く。
「あの懐中時計がどうかしたんですか?」
「実は、龍宮家では、婚約指輪の代わりにお爺様の買った懐中時計を渡すというのが伝統らしいのです。きっと誠一さんのお父様もお母様に渡しているはずです」
「そんな大事な時計だったなんて知らなかったです」
確かに懐中時計は数少ない両親の遺品だ。それを小さい頃にじいちゃんが昔買った物だという説明だけ受けていたけど、代々受け継がれているなんて初めてきいた。
というか、婚約指輪の代わりに渡すという事は、俺は真澄さんに婚約を申し込んだ形になる……?
「懐中時計は今何処にあるかご存じですか?」
「いや、彼女に貸して間もなく彼女が亡くなってしまったので、どうなっているかは分からないです」
「お聞きしたいのですが、誠一さんは懐中時計の意味は知らなかったのですね?」
「はい、今知りました」
「ふぅ、なら今回は大丈夫でしょう」
「どういう事です?」
「意味を理解して渡していたのなら、相手が受け取った時点で婚約成立になってしまいますから」
やっぱりそういう感じになるのか。
だけど今回は俺が意味を理解していなかたからノーカンになったと。
「その彼女さんのご家族に確認してみては如何でしょうか?」
「う~ん、どうしても懐中時計は必要ですか?」
「あの懐中時計は特殊でして、普段は動かないのですが、運命の相手が持つと動き出すんです」
「なんかオカルトっぽいですけどロマンチックですね」
「逆に言えば、時計が動かなければ結婚出来ないという事です」
「それだと本当に好きな人と結婚出来ないんじゃ……」
「運命を感じた人なら動くはずなので問題ありません」
いや、それで動かなかったらって意味だったんだけどな。
っていうか京華さんはもし自分がとは考えないのだろうか?
「京華さんは時計が動く自信はあるんですか?」
「もちろんです。幼い頃に感じた運命を信じます」
力強い目で自信たっぷりに答える。
逆に時計が動かなかったら諦めてくれるんじゃ?
「わかりました。とりあえず明日聞いてみます」
「ありがとうございます」
夕飯そっちのけで話していたので、おかずが冷めてしまっていたので、「温めなおしてきますね」と言ってわざわざ温めなおしてくれた。
翌日、アラームが鳴る寸前、身体を揺すられて目を覚ました。
遅れて鳴ったアラームを止めると、「おはようございます」と京華さんが挨拶する。
「おはようございます。自分で起きれるって言ってるじゃないですか」
初めて京華さんに起こされた日に、「遅刻しないよう管理するのも務めですから」と言う京華さんに「子供じゃないんだから自分で起きれるんで起こさなくて大丈夫です」と伝えたが、それでも毎日起こしにくる。
「朝食の準備が出来てますので、すぐに着替えてきてください」
とだけ言い残し、部屋から出て行った。
朝からどっと疲れるが、何回かのやり取りなので、だんだんと慣れてきている自分が怖い。
制服に着替え、居間にいくと、これぞ朝食! といったご飯が並べられていた。
焼き鮭に納豆、おひたしに味噌汁。朝から丁寧に作ってもらって申し訳なさを感じる。
俺は京華さんになんのお礼も出来ないのに――。
朝食を済ませると、いつもの質問が飛んできた。
「お弁当をお持ちしますか?」
「いや、購買で買うから大丈夫だよ」
「本当ですか? キチンと栄養バランスを考えてくださいね」
「大丈夫ですよ」
「やはり心配なので持って行ってください」
「いやいや、本当に大丈夫だから! 行ってきます!」
逃げるように家から飛び出す。
京華さんが来てから毎日このやり取りを繰り返している。
最初は甘えて持っていこうとしたが、中身を見て止めた。
俺が普段作る弁当なんか比じゃない程に豪華で、栄養バランスを考えられた弁当だったのだ。
あんな弁当を持っていったら武人や美咲に俺が作った物じゃなとすぐにバレてしまう。そうなると、京華さんの事も話さなくてはならなくなる為、ずっと断り続けている。
それに今日は……というか昨日から真希が弁当を作って来てくれる事になったので、お弁当が必要ないというのは嘘ではないしな。
昼、真希が凄く落ち込んでいたので理由を聞くと、寝坊して弁当を作る暇が無かったらしい。
必死に謝る真希を宥めて、二人で購買に向かった。
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