第29話 急転

      ◆◆◆真希side◆◆◆



 家に帰り、すぐに綺麗な洋服に着替える。そして家を出ると黒塗りの車に乗り込み本家へ向かう。

 本家では、姉が生前行っていた習い事を私が全て引き継いだ。


 (今日はピアノか……)


 習い事の最中は何も考えない様にしている。集中し、少しでも上手くなってお姉ちゃんに近づきたいからだ。だが、そんなに早く上達する訳ではないので、時々先生の「真澄さんは出来たのに」という言葉が胸に刺さる。


(そんな事は私が一番分かってるのよ!)


 

 習い事が終わると、お姉ちゃんの時には無かった父との食事がある。

 これは私が一人暮らしを継続する為につけられた条件の一つだ。

 お姉ちゃんが亡くなった事によって、私が神宮寺家の跡継ぎになり、本家に住んで色々学べと言われたが、私がそれを断った。私はお姉ちゃんとの思いでが詰まったあのマンションの一室で暮らしたかったから。

 しかし、もう跡継ぎを失う事は出来ないので本家に住めと言う父と喧嘩になった。その時の妥協案で条件付きで今も一人暮らしが許されている。


「どうだ? もう習い事には慣れたか?」

「ええ」

「わが社の未来はお前にかかっているんだからな」

「そんな事は分かってるわよ。何度も言わないで!」

「だが今でも学校では悪友と付き合いがあるのだろう? やはり転校した方が良いかもな」


 バンッ!


 美咲達を馬鹿にされ、テーブルを叩いて抗議する。


「私の友人を悪く言わないで! それに転校なんて絶対しないから!」


 私の抗議を受けて、父は薄く笑った。


「今の学校に好きな男でも居るのか?」

「そんなこと関係ないでしょ!」

「どんな奴だ? 家柄は……期待出来んな」

「天音みたいなクズより全然良い男よ! 家なんて関係無い!」

「ふざけるな! 家が大きい事が一番大事なんだ。だからこそ、天音家と婚約を結んだんだからな」

「あんなクズ男に娘を嫁がせる気持ちはさぞいい気分なんでしょうね!」

「ふん。すべては会社の為だ。お前も時期に分かる」


 やはり父は会社を大きくする事しか考えていない。そんなだからお母さんやお姉ちゃんは……。



 翌日、学校に行き、いつも通り授業を受ける。

 昼休みになり、美咲に誘われて誠一達と一緒にお昼を食べる。最近ではお姉ちゃんの事で気を使われなくなり、以前の様に接してきてくれる。だけど、誠一だけはまだお姉ちゃんを引きずっている様だ。


「なにアンタ、また購買なの?」

「ああ、最近朝忙しくてさ」

「確かに少しクマが出来てるわね。ちゃんと寝れてる?」

「大丈夫だよ、心配するなって」

「そう……ならいいんだけど」


 前まではお弁当を自作していた誠一は、お姉ちゃんが亡くなってからずっとお弁当を作ってきていない。朝が忙しいというのは嘘だろう。それは美咲や海原君も分かっていて突っ込まない。きっと誠一がまだお姉ちゃんの死を受け入れられていないからだと分かるから……。


「しょうがないわね。明日から私がお弁当作ってきてあげる」

「いやいや、何でそうなるんだよ」

「誠一がいつまでもウジウジしてるからよ」

「そんなつもりはないんだけどなぁ」


 そう言って笑う誠一が痛々しくて見ていられない。


「これは決定事項だから。誠一に拒否権はないわ」

「でも、弁当二つも作るの大変じゃないか? 真希だって今は習い事で忙しいんだろ?」

「全然余裕よ。お弁当だって私の分と一緒に作るんだからそんなに手間じゃないわ」

「でもなぁ……」

「でももくそもない! はい、この話はおしまい」


 まだ何か言いたそうな誠一だったが、観念したのか、「よろしく頼む」と言って折れた。

 私達のやり取りを見ていた美咲と海原君が、「出た! 夫婦漫才」と揶揄ってくる。そしてみんなで笑いあうこの時間が、私にとって唯一、心の癒される時間だ。


 

 全ての授業が終わり、美咲に挨拶をしてすぐに学校を出る。すると、今まで学校までは来なかった本家の車が私を待ち構えていた。


「真希様、旦那様がお待ちです」

「……あっそ」


 短く返事をして車に乗り込む。まさか学校にまで来るなんて……。嫌な予感がする――。


 

 嫌な予感が当たってしまった。

 どうやら父が私の友人達を調べたらしい。


「碌な家がないな」


 そう言いながら父は資料をめくる。


「なに勝手な事してるのよ!」

「父親として悪い虫が付かないか心配なのだよ」


 資料を眺めながら心にもない事を言う。

 そんな父の手が一枚の資料で止まった。そして、視線を私に向ける。


「この龍宮誠一という男はどんな男だ?」

「は? いきなり何よ」

「家はどうなっている? 両親は?」


 いきなりどうしたのだろう。焦っているような、驚いているような感じだ。


「両親は幼い頃に亡くして、お祖父じいさんに育てられたそうよ。そのお祖父さんもなくなってしまったらしいけど」

「その祖父の名前は分かるか?」


 お祖父さんの名前なんか聞いて……あ! お姉ちゃんの手紙に書いてあった。


「確か、龍宮源一郎って――」

「なんだと!?」

「ど、どうしたのよ?」

「まさか……そんな……」


 お祖父さんの名前を聞いてこんなに狼狽えるなんて……。手紙にはいつか私の力になるって書いてあったけど、何が何だか分からない。

 

 私自身、混乱していると、父が訳の分からない事を言い出した。


「真希、お前は龍宮誠一をどんな手を使ってもいいから自分の物にするんだ!」


 その言葉を聞いて、とうとう父の頭がおかしくなったと思った。

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