第27話 龍宮源一郎
真希から受け取った手紙にはこう書かれていた。
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運命の人の誠一さんへ
何も言わずにこんな事になって申し訳ありません。少しは勝算があったのですが、どうやら駄目みたいでした。私が誠一さんに別れを切り出した本当の理由は、病気を治す為に手術を受ける覚悟が出来たからです。お医者様が仰るには、成功確率は数%程度らしいのですが、私は誠一さんと過ごす未来の為に、その数%に賭けたくなったのです。その結果がこれでは目も当てられませんが。誠一さんは私が勝手な事をして怒っていますか? それとも悲しんでいますか? どちらにしても謝らなければなりませんね、申し訳ありませんでした。
思えば、誠一さんと出逢ってから私の生活は劇的に変わりました。ずっとお父様の言いなりだった私が我儘を言って真希ちゃんと一緒に暮らせたり、初めての彼氏彼女の関係を築けたり、初めてのキスをしたり、色々な初めてを私に経験させてくれました。
誠一さんと過ごす日々が凄く楽しく輝いていて、ずっとその生活が続けばと願ってしまいました。
だから私は手術をするという道を選びました。これは私が勝手に選んだ道なので、誠一さんが責任を感じる事はありませんよ? 責任を感じてウジウジするようなら、許しませんから!
なんて言ってみましたが、誠一さんは責任を感じてしまうんでしょうね。とても純粋で真っ直ぐなひとですから。でも、本当に私の事を想ってくれるのであれば、どうか私のことは忘れてください。そして、別の素敵なパートナーを見つけて一緒に歩んでください。案外、身近に居るかもしれないですよ?
それと、最後に我儘を言わせてください。真希ちゃんは今回の事で、自分の所為でこうなったと自分を責めると思います。なので、誠一さんが支えてあげて下さい。真希ちゃんは本当は純心でか弱い女の子なんです。誰かが支えてあげないと一人で歩けないくらいに。
長々と申し訳ありませんでした。私が伝えたかった事は以上です。
天国で誠一さんの幸せを願っています。
神宮寺真澄より
❞
気づくと涙が手紙にポタポタと流れ落ちていた。
手紙が涙で読めなくなる前に便箋に戻す。
そのタイミングで横から声を掛けられた。
「なんて書いてあった?」
真希は再び頬を涙で濡らしながら訪ねてきた。
「……俺が責任を感じることはないって」
「……私にも同じこと言ってたわ」
「……そっか」
「まったく、お姉ちゃんらしいわね。自分の事より私達の心配するなんて」
真希の言う通りだ。一番辛かったのは真澄さんのはずなのに、俺達の心配するなんて……。
でも、そんな真澄さんが選んだ道をただ悲しんでいるだけでいいのだろうか。俺との未来の為に選んでくれた道。その先でこんな結果になってしまって俺はどうすればいいのだろう。
「なぁ真希、俺はどうすればいいんだろう」
「さぁね。ただ一つだけ言える事があるわ」
そう言って立ち上がると、俺の前に立ち、ズイッと顔を覗き込んでくる。
「泣いて泣いて、悲しむだけ悲しみなさい! そしたら次に向かって前を向きなさい!」
「……随分実感こもってるな」
「当たり前でしょ! 私は泣くだけ泣いたからこうして誠一に会いに来たんだから!」
「そうだよな。真希の方が俺よりよっぽどショック大きかったよな」
「そうよ。だから、誠一もいつまでもクヨクヨしてるんじゃないわよ! わかった!」
「あぁ、分かってる」
「ならいいわ。じゃ、私は帰るから」
「うん、ありがとな」
一人残されたベンチで声を殺して泣いた。やっぱり直ぐには受け入れられない。
ひたすら泣き、気づくと時刻は二十三時を周っていた。泣きつかれて重い身体を引きずる様に家路に就いた。
翌日、いつもより早めにセットしていたアラームが鳴り目を覚ます。
洗面所の鏡に映る顔には泣き腫らした痕が残っていた。正直、今は何もやる気が起きないが、今日はじいちゃんの四十九日なのでそうも言ってられない。
軽く朝食を済ませ、遺骨を持ってお墓のあるお寺まで行く。
住職さんにお経を読んで貰って、納骨を済ませる。お寺の脇にある水汲み場から桶に水を汲んで来てお墓を綺麗にする。
最後に手を合わせ天国のじいちゃんに今までの事を報告する。
(じいちゃんはばあちゃんが亡くなった時、どうやって悲しみを乗り越えたの?)
勿論返事等無いのだが、誰かに聞いて欲しかった。
思い出されるのはヨレヨレになったばあちゃんからじいちゃんへの手紙。ヨレヨレだったのは昨日の俺のように手紙を読んで泣いたからに違いない。
だけど俺には泣いている姿を見せずに、いつも通りのじいちゃんだった。真希が言った様に、泣くだけ泣いて前を向いたのだろう。俺も昨日、泣くだけ泣いた。だったらあとは前を向くだけだ。
そんな事を墓前で考えていると、不意に声を掛けられた。
「もしかして、
「……そうですけど、貴方は?」
そこにはビシッとスーツに身を包んだ初老の男性が立っていた。
「自己紹介の前にお線香だけ上げさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
初老の男性は綺麗な所作でお線香を上げ、手を合わせてから俺に向き直った。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は
「はぁ、弁護士さんですか。じいちゃんと知り合いだったんですか?」
「ええ。源一郎様にはお世話になりました」
源一郎……さま? それに龍宮グループって……。
「実は源一郎様からの遺言を伝えに来ました」
「じいちゃんから!?」
「はい。こちらが遺言書になります」
そう言って神室さんは鞄から封筒を取り出し、手渡してきた。
中を確認すると、遺言書と書かれた紙といくつかの書類が入っていた。
遺言書には何やら難しい文体で書かれていて、俺には読めなかった。
「これって何が書かれているんですか?」
「要約しますと、源一郎様が亡くなられてから四十九日後に開けること。それに伴い、誠一様に会社の権利を譲るという物です。封筒の中には権利書も入っています」
「つまり、どういう事ですか?」
「誠一様が次期龍宮グループの会長職を継ぐという事になります」
は? え? 意味が分からない。そもそも龍宮グループって言ったら世界でも有数な大企業じゃないか。そこの会長職を俺が継ぐ? っていう事は、じいちゃんは前会長だったって事か?
「すみません、色々混乱してるんですが……じいちゃんが龍宮グループの会長だったのは本当ですか?」
「はい、事実です」
「それで、じいちゃんが死んだから俺が会長になると?」
「左様で御座います」
「意味わかんないんですけど!」
じいちゃんが会社経営してたってのも初耳なのに……。
「あの、俺まだ高校生なんですが……」
「問題ありません。正式に会長職を継ぐのは成人してからです」
「そうなんですか?」
「はい。成人するまでは代理の者が務めます、その間、誠一様にはグループ傘下の会社に入社して頂き、経営を学んで貰うという形です」
(頭の中がゴチャゴチャしてきた)
「それって変更とか出来ないですか?」
「源一郎様と
「っ!? 誠也って龍宮誠也ですか!?」
「ええ、誠一様のお父様で御座います。生前は誠也様が会長でした」
俺の知らない情報が次々と神室さんから語られたが、まさか父親まで出てくるなんて……。
真澄さんの事もあり、俺のキャパシティはとうに限界を迎えていた。
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