第25話 真希ちゃんへ
「んっ……」
重たい瞼を開け、ぼやける視界が段々とハッキリとして、一年前まで毎日見ていた天井が見える。
「お目覚めですか、真希様」
聞き慣れた声が私の名前を呼ぶ。
「んぅ……
「はい、左様で御座います」
顔を横に向けると、幼い頃から面倒を診てくれた家政婦の姿があった。
上半身を起こし、部屋の中を見回し、状況を整理しようとするが、頭が鉛の様に重い。
「……私はどうして此処に?」
「真澄様の部屋で倒れている所を見つけ、部屋まで運びました。身体の具合はいかがですか?」
「お姉ちゃんの…………っ!?」
そうだ! 私はお姉ちゃんの部屋で泣き崩れて……それからの記憶がない。おそらくその場で意識を失ってしまった訳ね。
「身体は……大丈夫。ありがとう伽夜さん」
「『身体は』ですか」
「……ええ、未だにお姉ちゃんが死んだなんて信じられない……信じたくない」
私がお姉ちゃんの病気に早く気付いていれば、今回の手術を止めさせられたかもしれない。
私がお姉ちゃんにもっと気を配っていれば、病気に気付けたかもしれない。
私が父とキチンと話し合いをしていれば、お姉ちゃんを説得出来たかもしれない。
私が――、私が――、私が――、私が――
私が――お姉ちゃんを殺した――――?
「うぅあああーー、私が! 私が! 私がお姉ちゃんを殺したんだ!」
パァンッ!
「落ち着いてください!」
音から数瞬遅れて、左頬に痛みが走って我に返る。そして頬がジンジンと熱をおび、それを流れた涙が冷やす。私を正気に戻してくれたであろう伽夜さんを見ると、叩いた右手を抑えながら涙を流していて、怒りからなのかわからないが顔を真っ赤にしている。
「真澄様が亡くなったのは、真希様でも旦那様でも、誰の所為でもありません!」
「でも……私は、お姉ちゃんに何もしてあげられなかった……」
私がもっとしっかりしていれば、こんな事には……。
「真希様にお渡ししたい物があります」
そう言って懐から、便箋二枚と古そうな懐中時計を取り出し、手渡してきた。
「これは……?」
「真澄様が入院する前に預かっていた物です。私に何かあれば渡して欲しいと頼まれました」
「お姉ちゃんが!?」
渡された便箋を見ると、『真希ちゃんへ』『誠一さんへ』と書かれている。
急かされるように封を切り、中の手紙を読む。
❝
真希ちゃんへ
真希ちゃんに何も言わずにこんな事になってごめんなさい。もしかして怒ってるかな? でもね、これは私が自分で決めた事だから、どうしても真希ちゃんには話せなかったの。
たぶん真希ちゃんの事だから、自分の所為とか考えちゃってると思うけど、全然そんな事無いよ! むしろ真希ちゃんには沢山感謝してるの。お父さんとお母さんが離婚して別々に暮らすことになって、私は凄くショックだったし、それからの生活を考えて憂鬱な気分にもなってた。
だけど、真希ちゃんから毎日送られてくる『頑張って! いつか一緒に暮らそうね!』っていう言葉に沢山助けられたんだ。だから、私の病気が発覚した時、真っ先に浮かんだのが真希ちゃんへのお礼と願いだったから、お父さんに無理を言って、二人で暮らす事ができたの。お母さんはもう居なかったけど、二人で過ごした時間は私の宝物です。
それに、真希ちゃんと一緒に暮らすと決めた事で、誠一さんとも出逢えたしね。
誠一さんの事で色々お願いして、真希ちゃんを困らせちゃったりしたけど、最終的には真希ちゃんと誠一さんが仲良くなってくれて嬉しかった。真希ちゃんが私の運命の人を受け入れてくれたんだな~って思って。
これから真希ちゃんは大変な事態に巻き込まれると思う。お父さんの会社や婚約者の天音さんの事とか、嫌なことが沢山あると思う。
苦しくてもう嫌だ! って思う時があると思うけど、その時は誠一さんに目一杯甘えていいからね。
何で誠一さんの話になるのよ! って思ってるでしょ? お姉ちゃんはちゃんと
だけど、今までは私に気を使って気持ちを押し殺してたよね? でも、私はもう居ません。これからは私に気を使う必要はないから誠一さんを真希ちゃんのモノにしちゃっていいよ。お姉ちゃんが許します。あ! だけど、誠一さんのファーストキスは私が貰いました。これくらいは許してくれるよね?
最後にお願いがあります。どうか私の代わりに誠一さんを支えてあげて。
誠一さんは凄く真っ直ぐで誠実な人だけど、心は弱いと思うの。もし、誠一さんが落ち込んだり壁にぶつかって凹んだりしてる時は一緒に居て元気づけてあげて。これが私の最後の我儘です。
長くなっちゃったけど、お姉ちゃんは天国で真希ちゃんを見守っています。だから、あまり私に落ち込んでる姿とか見せないでね。それじゃあ、バイバイ。おばあちゃんになったらまた会おうね。
神宮寺真澄
❞
溢れた涙が手紙にポタポタと落ちる。
お姉ちゃんらしい手紙だった。自分の事より他人を気にかける。そんなお人好しなおねえちゃん。
(まったく、何がおばあちゃんになったらまた会おうねよ。それってちゃんと生きて寿命を全うしろって事じゃない)
でも、やっぱりお姉ちゃんは私が誠一の事好きなの気付いてたのかぁ。
それに、やたら私と誠一をくっつけたがってたのは、自分がこうなった時の為だったのね。
ごめんねお姉ちゃん、私が意地を張って自分の気持ちをハッキリさせなかったから不安のまま天国に行っちゃったよね。
「真希様、その手紙を私に預けた時の真澄様は、とても幸せそうでした」
「……うん」
「手術が終わったら真希様と誠一さんという方と三人でデートするんだと意気込んでました」
「誠一の事知ってるんですね」
「ええ、運命の人だと仰ってました」
「……でも、もう会えないじゃない」
「ですが、誠一さんのお陰で前を向いて生きていく決心が付いたとも仰ってました」
「…………」
「真澄様は決して真希様を悲しませる為ではなかったと思います」
「うん……分かってる」
「なので、どうか真澄様のお気持ちを察してください」
「……そうよね。いつまでもクヨクヨしてたらお姉ちゃんを不安にさせちゃう」
だから、今度は不安にさせない為に“お姉ちゃんの最後の我儘”を利いてあげる――――。
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