第14話 楽しいひととき

「――──という経緯で真希ちゃんに私のフリをして貰っていました」


 一通りの事情説明を終えて、「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げる。私も「ごめんなさい」と一言謝り頭を下げる。

 今までずっと騙してきたのだからどんな罵詈雑言でも受け入れよう。そう思っていると――


「なぁんだ~、そういう事だったのか~」

「そんな事情があったなら仕方ないな。強制的に結婚とか嫌だしな」


 と、美咲と海原君は怒った様子も無く、受け入れてくれている様子だ。

 しかし、そんな二人とは対照的に、誠一は真っ直ぐお姉ちゃんを見据えたまま何も言わない。

 それもその筈だ。今回の一件での一番の被害者は彼なんだから。


「……誠一さん、今まで本当に申し訳ありませんでした」

「…………」


 お姉ちゃんの謝罪にも眉一つ動かさない。やはり怒っているんだろう。

 どう謝罪すればお姉ちゃんの事を許してくれるだろうか。もしここで彼との繋がりが消えてしまったら、もう二度とお姉ちゃんの純粋な笑顔が見られないかもしれない。

 こうなったら土下座でもなんでもして――とその時、ようやく誠一が口を開いた。


「一つ……聞いていいですか?」

「……はい」

「名前教えてください。貴女の本当の名前を」


 まさかの質問に私もお姉ちゃんも面食らってしまった。だけど、お姉ちゃんは直ぐに我に返り、恐る恐るといった様子で答える。


「神宮寺……真澄。神宮寺真澄じんぐうじますみです」

「真澄さん……か。良い名前ですね」

「あ、ありがとうございます」


 ペコリ、と頭を下げる。誠一は軽く空を仰いだあと、真っ直ぐにお姉ちゃんを見た。


「それじゃあ、これからは真澄さんって呼んでもいいですか?」

「え……?」

「ほら、真澄さんは俺のこと誠一さんって呼んでくれるじゃないですか。だから俺も名前で呼びたいなぁって思って。ダメですかね?」

「い、いえ。全然駄目ではありません! むしろ嬉しいと言いますか……」

「それじゃあ、これからも宜しくお願いします」

「ふぇ?」


 想像もしていなかっただろう返答にお姉ちゃんが変な声を上げる。というか、私もつられて声が出そうになった。


「あ、あの! それって……これからもお付き合いして下さるという事でしょうか?」

「そのつもりなんだけど……やっぱりお義父さんに知られちゃマズイからムリだった?」

「そういう事ではなく、今まで誠一さんを騙してたんですよ? 怒らないんですか?」


 お姉ちゃんの言う通りだ。普通なら怒って別れ話になって当然だと思う。

 なのに誠一は何事もなかったかのように振る舞っている。


「う~ん、それは事情があって仕方なくやってた事でしょ。最初から俺を騙そうなんて思ってなかったって事だよね?」

「そう……ですが……」

「だったら怒る必要はないかな。それよりも、そこまでして俺のことを好きになってくれた事が嬉しいかな」


 そう言って誠一は「へへ、恥ずかしいな」と笑ってみせる。

 あぁ、誠一は本当に純粋で真っ直ぐな心の持ち主なんだなぁと感じた。

 お姉ちゃんが好きになったのも今なら分かる気がする。


「誠一さん!」

「うん? ってうお!?」


 誠一の言葉がよほど嬉しかったのか、お姉ちゃんは誠一に駆け寄り、そのまま抱きついた。


「ちょ、真澄さん!」

「誠一さん、大好きです! やっぱり誠一さんは私の運命の男性ひとでした!」

「お、俺も真澄さんのこと大好きですよ。運命を感じる程に」

「誠一さん……」

「真澄さん……」


 盛り上がった二人が今にもキスしようと顔を近づけ――


「コホンッ! はいはい、お姉ちゃん落ち着いてねー」

「ちょ、真希ちゃん!」

「アンタもお姉ちゃんに変なことしないでよね!」

「え、えぇ~」


 気付いたらお姉ちゃんの腕を引っ張って引き剥がしていた。

 付き合っていたら別に普通の事なのに……。

 そ、そうだわ! 今は美咲と海原君もいるし、ここは公園という公共の場なんだから節度を守ってもらわないと!


「惜しかったな誠一」

「残念だったね~」

「べ、別に残念とか思ってないし!」

「あはは~、メッチャ焦ってんじゃ~ん」

「っていうか神宮寺妹はシスコンなんだな」

「んな! 誰がシスコンよ! それに何よ神宮寺妹って」

「そんじゃ俺も下の名前で呼ぶわ。な? 誠一」

「え? 俺も?」

「当たり前だろ。妹だけ仲間はずれにする気か?」

「そうそう。みんな真希って呼んでるしね~」


 私をおいてどんどん話が進んでいく。正直呼び名なんてなんでもいいわ。神宮寺妹以外なら。


「じゃ、じゃあ今度から真希さんって呼ばせて貰うよ」

「勝手にすれば? その代わり私も誠一って呼ぶから」

「ん、わかった」

「おいおい、俺の事も下の名前で呼んでね~。武人って名前だから」

「武人~、まさか浮気しようってんじゃないよねぇ~?」

「んな訳あるかよ!」


 ふぅ、呼び名一つでこんなに盛り上がれるなんて呑気なものね。

 やれやれ、と私が呆れていると、お姉ちゃんが「ふふふっ」と笑い出した。


「ご、ごめんなさい。こんなに楽しいのは初めてなもので」

「いやいや、うるさいだけですよ」

「それでもです。今までは父が厳しかったので友人とこの様に騒ぐ事がなかったので」

「だったら今度からは皆で遊びましょう! きっと楽しいですよ!」

「そうですね、楽しみにしています」


 ま、お姉ちゃんが楽しそうだからいいか。

 入れ替わりはバレたけど、結果オーライなのかもしれないわね。美咲を始めとして、誠一・海原君も隠し事だらけだった私達を受け入れてくれた。それに、何よりもお姉ちゃんとの交際を続けてくれる誠一には感謝しないとね。

 私じゃお姉ちゃんを本当の意味で笑顔には出来ないから。だから私は――。


「もしも~し、真希ちゃ~ん?」

「え? あぁ、お姉ちゃん。どうしたの?」

「そろそろ帰らないと稽古に間に合わないから」

「そうだったわね。うん、私も一緒に帰るわ」


 考え事に没頭していたのか、いつの間にか帰る話になっていた。


「という訳ですので、今日はこれで失礼しますね」

「あ、はい。あの、一つ聞いていいですか?」

「はい、なんなりと」

「こうして真澄さんと真希さんの関係が俺達に知られた訳じゃないですか? これって学校での接触禁止はどうなるのでしょう?」

「そうですねぇ……」

「俺としては真希さんとも交流を深めたいと思ってます。折角出来た縁ですし、美咲の友人でもありますので」

「確かにそうですね。私は接触禁止は破棄でも構いませんが……、真希ちゃんはどう?」

「……いきなり私が誠一達と絡むと周りが不自然がらないかしら?」

「それもそうかぁ~」


 誠一の言う通り、秘密を知った今、学校で避ける意味は特に無い。だからといっていきなり私が誠一達のグループと絡むのは周りに変な誤解を招きかねない。

 そう考えての発言だったが、美咲がそれを否定する。


「別に大丈夫っしょ~。元々アタシと美咲は中が良いし、武人はアタシの彼氏だしね~。で、誠一は彼氏の親友だから、アタシと一緒に武人達と一緒に居れば何も思われないと思うよ」

「そんなものかしら」

「そんなもんだって~。真希はちょっと真面目すぎだよ~」

「美咲がだらしないだけよ」

「ヒド~イ」


 真面目に考える事は悪いことじゃないと思うけど、ここは美咲の言う通りかも。私が気を張りすぎてるだけかもしれないし、他人は本人が思っている程他人に興味を持たないって聞くしね。


「分かったわよ。これからは学校での接触を許可するわ」

「わ~い」

「ありがとう、真希さん」

「別に誠一の為じゃなくて、お姉ちゃんのお願いだからよ」

「それでもだよ」

「ふん。これで話は終わりよね? お姉ちゃん、帰りましょ」

「ちょ、真希ちゃん!」

「何か怒らせる様な事言っちゃったかな?」

「大丈夫です。真希ちゃんはちょっと素直じゃないだけなんで」

「そうですか、なら良かった」

「はい。それでは私もこれで失礼します。またメッセージ送りますね」

「はい! 今日はありがとうございました!」

「またね真澄っち!」

「また遊ぼうな!」


 お姉ちゃんが走ってきて私の横に並ぶ。横顔を見ると、とても幸せそうな笑顔を浮かべている。


「今日は楽しかったね~」

「一時はどうなるかと思ったわ」

「でも皆いい人で良かった~」

「そうね。誠一とも離れなくて良かったわね」

「うん! やっぱり誠一さんは優しい人だったね~」


 そう言って両手で顔を覆って一言呟いた。


「私、今すっごい幸せ」


 聞こえなかったフリをして歩く。

 今までのお姉ちゃんの生活では味わえない幸せだろう。そしてこの先も……。

 だからこそ、“今”のお姉ちゃんには幸せになって欲しい――あの婚約者と結婚するまでは――

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