第23話 奴隷商、奴隷にだって服は必要だと思う

第二回秘密会議が厳かに行われていた。


開始から一時間が経過しても、誰も発言をしない。


それはそうだ。


一回目で案は出し尽くしているのだから。


気分でも変えるか。


「デリンズ卿はお召し物に興味はお有りか?」


何気ない言葉だった。


昨日、ぶつかった女性。


その時のことが忘れられない。


あの時の豊かな胸が……。


いや、そうではないな。


彼女が手にしていた反物が実に美しかった。


王宮でも十分に通用するものだ。


「まぁ、そこそこは……」


そこで異変が起きた。


ずっと黙っていたライルがにわかに立ち上がった。


「ライル?」

「私は服がこの世でもっとも好きです!! 後継者なんてなりたくない。私は服職人になりたいのです!」


ぽかんと口を開けることが生涯にあるとは思わなかった。


まさにこの瞬間だった。


今までの議論を全て、ひっくり返してしまう発言。


「ライル! いい加減にせんか!! お前はこの領地を継ぐのだ。それ以外に選択肢はない!」

「今更、言わないで下さい! 一切を母に任せていたのをお忘れなのですか」


急に親子喧嘩が始まってしまった。


これは見ていていいものなのか?


マギー……そんなに楽しそうな顔をしないでくれよ。


シェラは……金貨を数えているのね。


勝手に袋に移し替えているけど、何をしているんだ?


「材料費」


……それでこの小さな袋は?


「旅費」


ほとんど入っていないじゃないか。


僕はシェラから金貨の入った袋を奪い取った。


そんな悲しい顔をしてもダメだ。


「あとで話し合おう」

「……承知」


そんなやり取りをしている間に親子喧嘩は決着したようだ。


ライルが出ていってしまった。


「お見苦しいところをお見せした。ライルは去年までは後継者にするつもりもなく自由に過ごさせていました」


ふむ。


それで急に後継者になれと言われて動揺していると……。


その辺の弱小貴族程度なら問題はないが、さすがに侯爵領ともなれば責任の量が違う。


生まれてすぐに覚悟を決められるかどうかは、とても大きな違いだ。


「ライルはどうなるんでしょうか?」

「分からぬ。しかし、ライルしかおらん。どうにか、方法を考えねば……」


後継者になりたくない者に押し付けてもな……


最終的に嫌な思いをするのはその領民だ。


むしろ、諦めて、あのクズみたいな兄に委ねるのも一つの選択だと思うが……


「それだけはゴメンだ」


頑固だな……。


「ちなみにライルはなぜ、服職人に?」

「あれは母の影響だ。母は子飼いの子爵の出でな。子爵領は……」


そうか。


ライルの母の故郷。


子爵領は大きな紡績産業地帯として知られ、王国の布製品の多くを製造していた。


僕が知らなかったのは、子爵領の布製品はほとんど市井に出回るものだからだ。


それに大きく衰退してしまったからだ。


原因は労働力不足だ。


かつては多くの奴隷を使っていたのだが、それも断って久しい。


ギリギリの所で今も続いているみたいだ。


当然、子爵領主も紡績についての見識に明るい。


その影響でライルは服職人を志したと言う。


なんて、いい話なんだろうか。


僕はむしろ後継者よりも服職人になることを応援したくなる。


「頼む!! イルス卿。この通りだ」


侯爵の気持ちをも分からなくもない。


あんな愚かな長男を持ってはな……。


「分かりました。考えて……ちょっと待てよ」


あるじゃないか……いい方法が。


だが、それには侯爵の協力が不可欠だ。


それと……集めるものが多そうだ。


それから二カ月の時間を要した。


季節はすっかり暖かさを取り戻し始めていた。


「ライル。準備はいいか?」

「はい!」


号令と共に盛大な花火が上がった。


『デリンズ侯爵家直営紡績工場』


中には多くの奴隷たちが糸を紡いでいた。


侯爵領は広い。


そこから子飼いの領地を含めて、全ての場所から奴隷を集めた。


この工場のために……


そして、初代工場長に就任したのがライルだった。


この工場は莫大な利益を侯爵領にもたらすだろう。


ライルの母の生家の子爵も最大の支援を表明している。


これによって、ライルの名声はこれ以上ないほど上がるだろう。


当然、その名は王国中に広まる。


デリンズ卿も安心して、後継者として指名することが出来るだろう。


「感謝しますぞ。イルス卿」

「これは偶然が重なった結果です。それにライルがこの案に乗ってくれなければ無理でした」


この案を思いついた直後にライルに直談判した。


ライルには服職人という道は用意できない。


しかし、服職人をまとめる地位なら用意できる。


それならば、デリンズ……もっといえば、子爵の紡績の技術力を王国中に広めることが出来る。


かつての栄光が再び蘇られることが出来る。


「それこそが私の願っていたこと。母の願いでもありました」


そして、工場長就任と合わせて、後継者になることも約束させた。


「愚兄アンドルが後を継げば、この工場がどうなるか分からないぞ」


と脅しただけだ。


その一言で、ライルの決意は固まった。


「ライル。頼みがあるんだ」

「なんなりと。ロッシュ様の頼みとあれば、なんでも。私の大恩人ですから」


なんだか、照れくさいな。


「頼みというのは服を作ってもらいたい。僕の仲間たちのな」


彼女たちの格好は王都で着ていた物だ。


奴隷に相応しいと言われれば、それまでだが……かなり粗末なものだ。


シェラやサヤサなんかは、かなり際どいところまで破けた服を来ている。


彼女たちが気にしていないから、そのままにしていたが……。


さすがに不味いだろう。


「もちろんです。この工場で最初の大仕事として承らせていただきます」

「ああ。期待しているぞ」


僕達はすっかり忘れていたんだ。


愚兄の存在を……


工場が広く領民に受け入れられ、大盛り上がりのお披露目の裏で暗躍していた。


「さあ、イルス卿。表立っては祝うことは出来ぬが、我が屋敷で祝杯をあげようではないか」

「はい」


奴隷商貴族は表に立てば、侯爵家といえども悪評が立つ。


内々でのお祝いは本当に静かなものだった。


今回の報酬として白金貨3枚をもらった。


「儂からのわずかばかりのものじゃ。もちろん、もう一つの約束も忘れてはおらん」


もう一つ……王族に戻る道筋をつけるということ。


僕は言わなければならない。


「その件ですが……」


僕は念押しをしようとすると再び、扉がうるさく開けられた。


また、アンドルがいちゃもんか? と思ったが違った。


「アンドル様が兵を引き連れ、こちらに向かっております」

「あのバカ息子が!」


……後継者争いはこれがあるから嫌なんです。

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