第21話 奴隷商、奴隷化は何かの力を引き出すみたいです

宿に戻ると臨戦態勢のシェラがいた。


「無事だよ。しばらくはこの街に滞在することになりそうだ」


皆にデリンズ卿に頼まれた話をした。


王宮や王族には触れずに。


皆は特に反対はしてこなかった。


だけど、マギーだけは違った。


二人きりになった時……


「ロッシュ。何か隠している?」


……


「実は……」


この仕事が片付ければ、王族としての身分が戻ってくるかも知れない。


そして、そうなれば、皆と別れなければならない事を伝えた。


「そう。そうよね。私はマーガレット=オーレックではない。ただのマギーだものね」


……マギーは本当に寂しそうな顔をしていた。


「王族に戻ったら、ロッシュの横にいる人は私ではないのよね」


……僕は何も言えなかった。


生まれて、僕は王族となった。


王族としていき、一生、王族のままのつもりだった。


今は不遇にも奴隷商貴族の地位にいるが、王族の気持ちを捨てたつもりはない。


王族に戻れるチャンスがあれば、どんな小さなことでも飛びつく……


そう思っていた。


だけど、僕の中で少しずつ変化が起きていた。


マギーを失いたくない。


シェラやサヤサと別れたくない。


マリーヌ様……はどうでもいいか。


しかし、彼女たちと共に王族には戻れない。


王族を取るか、このまま奴隷商貴族として生き、彼女たちと共に生きるか。


……選択を迫られる。


「そんなに苦しそうな顔をしないで。私まで苦しくなるもの。今はデリンズ卿の仕事をしましょう。結論はその後でも……」


僕は「ああ」としか返事が出来なかった。


本当に不甲斐ない男だ……僕は。


次の朝は目覚めのいいものではなかった。


結局、一睡もすることが出来なかった。


王族に戻れば、マギーの寝顔は二度と見れない。


一方で王族に戻れば、国を動かすほどの大きなことが出来る。


それは何事にも替えがたい物だ。


「イルス。薬草の準備が出きた」


今日から薬草の販売が出来るようになるはずだ。


「ありがとう」

「イルス。元気ない。これを飲むといい」


これは……


「ぐいっといけ。一滴も飲み残すな。イルスのために作ったものだから」


シェラの優しさに少し涙がでそうになる。


そうだ!


今は悩むのはやめよう。


僕がどちらを選ぶにせよ、仕事を成功しなければならない。


しかも、後継者に据えるという大仕事だ。


正直、すぐに出来るような話ではない。


一年……いや、もっとかかるかも知れない。


ライルの功績を少しずつ積み重ね、周りの信頼を勝ち取る。


それが常道だ。


僕の王族復帰はまだそれからずっと先の話なのだ。


「今日は私も行くわ」


マギー……


「そうだね。マギーの知恵も借りたいからね。だけど、どうしたものか……」


マギーを紹介する時に困ったことになる。


「ただのマギーってことにしましょう。だけど……ねぇ、私をロッシュの奴隷にしてよ」

「何を言っているんだよ! マギーを奴隷だなんて……」


「いいじゃない。奴隷紋ないの、私だけだし。色々と変な目で見られるのが嫌なのよね」


と言っても、奴隷紋なんて……


「何を迷っておるのじゃ? 後で奴隷を解消すればいいじゃろう。そんなことも分からんのか」


全く知らなかったよ。


奴隷って一生ものだと思っていたよ。


そうか……外せるのか……。


「そういうことみたいね。私は一生、ロッシュの奴隷っていうのも魅力的だったんだけどね。一体、どんな命令をしてくるのかしら?」


上目遣いで言われても、何も出てこないぞ。


まったく、何を考えているんだか。


「じゃあ……な、なにを」


顔がマギーの胸に埋まる。


「いいじゃない。シェラのときもこうやったんでしょ? 私も、ね」


マギーの柔らかさが顔に直接伝わってくる。


もっと触れていたい……


いや、何を言うロッシュ。


僕はそんな男ではないはずだ!


「いくよ!」

「ええ。来て!」


「我の奴隷として汝の人生を捧げよ」


……。


詠唱が終わり、奴隷紋はしっかりと刻まれた。


「離してくれないか?」

「もうちょっと……いいでしょ?」


この状態はよろしくない。


だが……おかしい。


離れられない?


確かに離れがたいのは認めるが、マギー……力、強くないか?


むしろ……


「いたたたたた。マギー、頭が潰れる」

「えっ!?」


えっ!? っていいたいのは僕だ。


「マギーがこれほどの力があるとは知らなかったよ」

「冗談、よね? 冗談なんでしょ? 私、怪力なんてイヤよ!!」


マギーは何と戦っているんだ?


「えっと……冗談……かな? マギーは普通の女の子……だよ?」

「そう……そうよね。そう……よね」


一応、落ち着きを取り戻してくれただろうか……。


何はともあれ、デリンズ邸へ!


シェラとマギーを連れていく。


一応、サヤサにはマリーヌ様の護衛を頼んだ。


マリーヌ様はここに到着してからずっと同じ体勢で本を読み続けていた。


トイレはどうしているんだろう?


無粋なことが頭に浮かんでしまった。


「本物のレディーはトイレにはいかないものじゃぞ?」


こわっ!


余り触れずに部屋を出ていった。


「なぁ、マギー。どうして、腕を組んでくるんだ?」

「あら? いいじゃない。二人で街を散歩といったら、これでしょ?」


……とっても幸せな気分だ。


天気もいいし、風も気持ちいい。


散歩にはぴったりだ。


横にはかわいいマギーが……。


違う……違うぞ。


「やっぱり、離れてくれ。今は奴隷商の仕事中だ」

「あら? やっぱり、もっと過激なご奉仕がお望みかしら?」


何を楽しんでいるんだ?


奴隷紋を与えてから、少し様子が可怪しい。


なんというか……距離が近くなった。


「イルスは奉仕してほしい?」

「いや、結構だ」


マギーは相変わらず、離れようとしてくれない。


こんなに聞き分けが悪かったか?


衛兵もこの状況に閉口している様子だが、関わりたくないのか、すぐに通してくれた。


「僕達は一応、奴隷商としてここに来ている。屋敷には、そのついで感を出さないといけない」

「わかったわ」

「承知」


本当に分かっているんだろうか?


「マギー。離れてくれ。これでは仕事が出来ない」

「だって……ロッシュが好きすぎて、離れたくないんだもん」


だもん?


やっぱり、可怪しい。


「シェラ。お前か?」


さっきから、シェラの顔がどうも気になっていた。


マギーの行動にいちいち感心するような素振りも……


「惚れ薬は効果抜群」


惚れ薬?


……今朝飲んだやつか……


「とりあえず、解毒薬をくれ」

「承知。イルス、顔怖い」


マリーヌ様からの薬だけではない。


シェラからの薬も気をつけねば……。


デリンズ邸の裏……


使用人が使うようなドアが開かれた。


「よく来てくれた。イルス卿」

「わざわざの出迎え、ありがとうございます。早速、話をしましょう」


ライルも交えての秘密会議が行われようとしていた。

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