第二章 デリンズ侯爵領

第18話 奴隷商、美女たちと宿に泊まる

旅路は順調なものだった。


ただ、ご丁寧に馬車には奴隷商に紋章が描かれていた。


そのおかげで通行人から石を投げられることは日常だった。


「今日、石を投げてきた少年見た?」

「すごいコントロール。是非、仲間に加えるべき」


訳の分からない話で盛り上がることは少なくない。


僕は馭者として、馬の縄を持つことが多い。


一応、王族教育の一環で馬術も習っていた。


馬を制御するという点では同じだが、なかなか難しい。


「ねぇ、ロッシュ」

「どうした、マギー」


馭者をする僕の横は必ずと言っていいほどマギーが座っている。


寒さを感じる季節だからか、距離がとても近い。


マギーの温もりを感じながら、手綱で馬を目的地に誘導していく。


「なんだか、臭わない?」

「そうだね。もうそろそろ……怒ったほうがいいよね?」


後ろの荷台から立ち込める、怪しい臭い。


時々交じる咽るような臭いもそろそろ限界だ。


その原因は……


「マリーヌ様!! いい加減にしてくれ!! なんなんだよ。この臭いは!!」

「聞いてくれるのか? まさか、お主が興味を持ってくれるとはな」


どうして、こんなに前向きなんだ。


どう見ても苦情にしか見えないだろ。


マリーヌ様は勝手に解説を始める。


シェラも感心している様子で聞き入っている。


……違う。そうじゃない。


「この臭いをやめてくれと言っているんだ。薬草作りとしても、ずっとは困るんだ」

「薬草なんて作っているわけがなかろう。今作っているのは、毒だ。とびっきりのな」


……なんてものを作っているんだ。


「場所を弁えてくれ! ここは薬草ギルドじゃないんだぞ」

「ふむ……ではこうしよう。お主は毒ではなければ、作ってもよいのだな?」


……別にそんなことを言ったつもりはないんだが。


薬草なら目を瞑るつもりはあった。


一応、薬草は資金源だから……


「惚れ薬はどうじゃ? これだけ女子に囲まれておるのじゃ。お主には夢のようなものであろう?」


駄目だ、この人は……


僕はしばらくマリーヌ様の研究を中断させた。


「シェラと一緒に薬草を作っていてくれ」

「しょうがないの。ここはお主に従っておくか……」


意外と簡単に折れてくれて助かった。


「ロッシュ! 街よ」


王都を出発してから3日……ついに最初の街に着いた。


王都に最も近い都市は……領都ローム。


デリンズ侯爵家が支配する王国でも指折りの都市の一つだ。


ここは北方街道の物流拠点となる。


北方の産物は全てここに集まり、王都へと運ばれていく。


そのせいで、王都とロームの街の間はひっきりなしに馬車が列をなしていた。


「入れ!」


門番は奴隷商の紋章が入った場所を見て、嫌な顔をしながら入都を許可してくれた。


さすがはロームの街だ。


入り口から綺麗な街並みが並んでいる。


街の人の様子は……


『奴隷商は出ていけ!』


という看板がちらほらと見られる。


街の人は馬車に罵詈雑言を吐きかけてくる。


場所が変わっても、この対応は変わらないようだな。


馬車は街の奥へと向かっていく。


繁華街を抜け、少し古い街並みが残る場所で今日の宿を取るつもりだ。


「なんで、もっと賑やかな所で泊まらないのよ?」


たしかに繁華街のほうが宿の質はいいだろう。


あそこは外から来た人向けの宿が並んでいるからな。


だが……


「僕達は奴隷商だ。あの看板を見ただろ? 僕達は受け入れらていないのさ」


この辺りは地元の人が使うような宿がある。


あまり質は良くないが、言ってしまえばお金を払えば、拒まれることはないだろう。


「そういうものかしら?」

「……たぶんね」


僕の予想は的中した。


地元の人間は貧しい。


ここ最近は特に貧しさがひどくなった気がする。


こうなると、奴隷商だからといって断るということが難しくなるのだろう。


それに……


「五人で金貨5枚だ」


これだけ払えば、上質な宿に泊まることが出来るだろう。


安宿に払うような額ではないことは分かっている。


しかも、節約をしなければならないことも……


だけど、三日間、馬車の中で寝泊まりをしていた。


ゆっくりと足を伸ばして寝たい。


気分的には金貨5枚は安いのだ。


「じゃあ、部屋はロッシュと私。それ以外は別の部屋ね」


マギーが勝手に部屋を采配していく。


皆は特に抵抗はないみたいだ。


だが、一人だけ……サヤサだけが反対していた。


「護衛役の私はお主人様から離れません!」


意外な抵抗にマギーも手を上げてしまったようだ。


「実はロッシュと二人きりはまだちょっと……恥ずかしいからサヤサが言ってくれて良かったわ」


それは同感かな。


僕はまだまだ不甲斐ない男だ。


マギーを守れるまでは……そういう関係にはならない。


それくらいのけじめは元王族として……いや、男としての挟持なんだ。


「じゃあ、私も。サヤサだけでは護衛として役不足」

「なんですって!?」


「それでは妾も惚れ薬の実験を……」


結局、全員が同じ部屋になった。


幸いと言うべきか、この宿は元は誰かの屋敷だったみたいで、広い部屋を仕切っているだけだった。


その仕切りは簡単に取れるみたいだ。


これでゆっくりと休めそうだな。


マリーヌ様の淹れたお茶だけは絶対に飲まないようにしないとな……。


一段落着いた頃、シェラが大きな荷袋を持ってきた。


「イルス。薬草を売ってくる。免状を貸して欲しい」


ついにこの免状が使える時が来たか。


「僕も行くよ。街の様子も見たいし」

「そう。じゃあ、一緒に行く」


……


「サヤサはここで待機していてくれ」

「なんで……」


そんな絶望に満ちた顔をしないでくれ。


わざわざ街中を歩くのに護衛は必要ないだろ。


ここが治安が悪いという話は聞いたこともないしな。


「じゃあ、サヤサは私に貸してよ。荷物持ちが欲しかったから」

「いいけど、無駄遣いはしないでくれよ」


「大丈夫よ。よろしくね。サヤサ」

「……分かりました」


マリーヌ様は我関せずと言った感じで、本を読みふけっていた。


「行こうか。シェラ」

「ん」


街に出たものの、この免状でどうやって薬草を売ればいいんだ?


路上で売る?


それとも店に卸すのか?


「シェラ。どうするつもりなんだ?」

「薬草ギルドに行く」


……なるほど。


薬草ギルドは大きな街には必ずといっていいほどある。


王都の薬草ギルドから店を任せられている人が経営している。


直接販売ばかり考えていたが、普通にギルドに卸すのがいいのかも知れない。


シェラに任せたほうが良さそうだ。


罵詈雑言を街中で浴びながら、ギルドにやってきた。


「すみません。お取り扱いできません」


なんで……。

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