第9話 奴隷商、エルフの医術を見る

奴隷となったシェラの最初の仕事は荷物持ちでした。


「女性に荷物をもたせるなんて……」

「……変わっている。奴隷を労るなんて」


そんなことはないと思うが……。


しかし、奴隷商は奴隷に酷い扱いをするというのが一般的な認識なのだろう。


それはともかく、スラムにこんなに大きな市が開かれているなんて夢にも思っていなかった。


しかも、商業エリアとは違って、かなり物価が安いような気もする。


もっとも安くなければ、スラムの人たちが買えるわけがないが。


スラムを大きく見直す必要がありそうだ……


しかし、困ったな……。


お金がほとんどなくなってしまった。


一応は王宮からもらった金貨一枚には手を出してはいないが、大した額ではない。


シェラを買うために払うのは時期尚早だったかも知れない。


お金の工面をどうしたものかと考えながら、家路についた。


小屋が見えてくる頃にふと、考えてしまった。


隣にはエルフ……暗がりであまり見えなかったが、今ははっきりと分かる。


ものすごく美人だ。


見目が整っているとかの話ではない、もはや芸術品のような形容しがたい美しさがある。


そんな彼女を連れて帰れば、あらぬ疑いを掛けられかねない。


しかも、彼女の豊かな胸には奴隷紋まで……


どうしたものか。


「イルス。なぜ、立ち止まる?」

「いや、同居人にシェラのことをどう説明したものかと」


シェラはそっと荷物を地面においた。


ちゃんと濡れていない場所を探して、置くあたりはしっかりしているんだろうな。


「私はイルスの……慰み者だ。そうだろ?」


……こいつ、何を言っているんだ?


たしかに王都でも稀に見る美しい体をして……。


いや、そうではない。


「何を言っているんだ!?」

「違うのか? ここではエルフを慰み者として扱うのだろ? 私はあの屋敷で匿われてから、ずっとその覚悟を持っていた」


いやいやいや、どこの常識だ?


いや、それとも……そうなのか?


僕だって18歳だ。


関心がないと言えば嘘になる……


しかし、それをすれば我が心に陰りが出来てしまう。


それに……


そう思われないために頭を悩ましているんだ。


「もういい。あれこれ考えるのは止めだ。正直に話す」

「そう。イルスがそういうなら、従うまで」


日はすっかり落ちてしまった。


エリスはきっとお腹を空かしているだろうな。


「帰ったよ。エリス」


良かった。


この瞬間だけが怖い


エリスがどこかにいなくなってしまったのではないか。


誰かに誘拐されたのではない。


そんな恐怖が体に襲い掛かってくる。


だが、エリスは朝と何ら変わらず、ベッドに横になっていた。


じっと天井を見つめ、こちらをチラッと見た。


まるで「おかえり」と言っているようだ。


「ここがイルスの家か。思ったよりもボロいな」


随分とはっきりというものだな。


まぁ、間違いではないが。


シェラが僕の後ろから出てくると、少しエリスの態度が変わったような気がした。


といっても、身動きの難しい彼女が起き上がってくることはない。


ただ、何かを訴えるような必死な瞳だけが包帯の間から覗かせていた。


「エリス。話を聞いてくれ。彼女はシェラ。薬草師なんだ。君の体を治せないかと思って連れてきたんだ」

「……」


エリスの瞳が少し怖かった。


睨みつけるようにシェラを見つめる。


だが、シェラは一切動じることはなかった。


「私はシェラ。慰み者……ではなかったか。イルスとの約束だから、お前を診てやる」


……ん? なんか、変なことを口走らなかったか?


いや、大丈夫だ……きっと大丈夫だ。


それだけを言って、シェラはエリスの衣類を剥ぎ取り、包帯を取ってしまった。


否応もなく目に写るエリスの裸体。


……僕は一体何を見ているんだ。


しかし……顔があんなに酷い事になっていたのか。


焼けただれていて……毒であれほどとは。


僕は料理を始めた。


その間、大きな違和感が頭を巡っていた。


その違和感の正体が何なのか分からない。


エリスの裸を見たときに感じた……何か。


……。


「イルス。診終わった」


急に声を掛けるなって……


「それでどうだったんだ?」

「かなり厄介。時間がかかりそう」


それって……


「治せるのか?」

「もちろん。ミディールの知恵を甘く見てもらっては困る。だけど……」


その次の言葉で大きく頭を悩ませることになる。


薬代が……ない。


王都に売られている薬のすべてはギルドが取り扱っている。


いわゆる、薬草ギルド。


冒険者ギルドに依頼をして、薬草を集めてもらう。


それを適切に加工するして、ポーションや毒消しなどの商品に変える。


その薬を買わなければならないが、高価であることは間違いない。


おそらく、金貨一枚でどうにかなるものではないだろう。


いや、考えるまでもないか……。


「シェラ。明日の仕事が終わったら、薬草ギルドに行ってみよう。そこでエリスの薬を調達するんだ」

「分かった。だけど、その前にやっておきたいことがある」


それだけを言い残して、小屋を出ていってしまった。


一体、何をするんだ?


もしかして……トイレか?


一応、ここにも備え付けのがあるが、遠慮したのか?


戻ったら、使ってもいいと言ってやろう。


「エリス。ご飯が出来たから食べてしまおう。何も食べていないから、腹が減っただろ?」


エリスの瞳はいつも通りに戻っていた。


とりあえず、何事もなくて助かったな……。


食事が終わる頃にシェラが戻ってきた。


……泥だらけじゃないか。


一体、どこまでトイレに行ったのだ?


「遅くなった。だが、いい収穫があった」


どう言う意味だ?


トイレで収穫……?


それは勘違いでした。


シェラが見せびらかすように出したのは草だった。


それと何かの根っこ? みたいなものだ。


「シェラ。それは?」

「薬草。これを煎じて飲めば、少しは楽になる」


……凄いな。


これが薬草師というわけか。


だが、この薬草が次の日、大変なことになることは誰にも分からなかった。


「君はエリスじゃない……のか?」


それが朝起きて、一番最初に行った言葉だった。

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