第27話 ねぇ、アナタのお名前なんてーの? ②
――簡単に、ルールだけでも覚えちゃいましょう。
ロボット大崩壊のあと、アイツはブーたれたアタシの前で不満げに大きな溜息をついてそう言った。
そりゃさ、ロボットを壊したことは悪いと思ってる。焦っていたとはいえドミノ倒しにしたことも失敗したなと反省してる。だからさ、アタシも黙って話を聞いてたわけじゃん。
でも、長いのよ。話がとんでもなく長い。
突然アニメの話されても一つも意味わかんないし、なんか内容も暗いし。
ひょっとしたら、カードゲームはそういうもんなのかもしれないけどアタシ知らないもん。アニメ自体を最近ほとんど見ないし、わかるわけない。
だから、ちょっとだけ口を挟んだだけじゃん。
アタシ的にはつまんないかなーって、暗すぎるのはムリなんですけどーって、自分はそういうの苦手ですって言っただけ。
そのへんって大事でしょ。お互いの好き嫌いを知るって重要だし、これっぽっちも悪気なんてない。
確かに、本をちょっとばっかり雑に扱ったのはダメだったかもだけど、――あの時の、雑誌や本をそそくさと、まるでアタシの側から避難させるかのような手際の良さと素早い身のこなし。
なによ、イラッとくるわね。まるでアタシが大雑把で行儀の悪いヤバいヤツみたいじゃん。
でも、オタクの趣味が宝の山ってのは痛いほど理解したから、きっとあの雑誌や本もなかなかのお値段がするモノかもしれない。
ただでさえ、ロボットの事件で負い目があるアタシだ。これ以上のマイナスは死活問題。
いよいよある程度の事は黙って言うことを聞くしかないか。
それもこれも、妹の欲しがっているあのカードを手に入れるため。ってな感じでもう一度気を引き締め直した。
あらためて――相変わらずのアイツのベッドの上。――組んだ足を正座に変えて姿勢を正し、さぁ、胸クソ悪い話でも眠くなる説明でもバッチ来い。
そんな鼻息荒く気合いを入れ直したアタシの前に出てきたのは、――ひとつのノートパソコンだった。
「なにこれ?」
「秘密兵器です」
よっこらせとアイツはクッションにあぐらを掻くと、足の上でパソコンを開き、手慣れた感じで操作していく。
目の前で背を向けてるのは画面を見せるため? いやー、急にどうしたんだろう。オタクはみんなこうなの?
ホントおかしなヤツねとアタシはしばらく待ちぼうけ。
どうも、大会前でプレイヤーが多い? この時間は重い? だのなんだの、このネット環境だとどうのこうのと苦戦してるみたいで、……いや、長くね?
授業中にも似た、時間が止まったみたいな感覚。
とくに数学のときとかこんな感じ。つまんねー授業してるくせに寝たら怒るし、スマホをいじるなんてもってのほか。まさに誰が言ったかヒマヒマヒマのヒマじろう。
自分でも何ソレって感じだけど、先生のあだ名ってだいたいこんなもんだ。
ごろりとベッドに寝転がり、大きなアクビが出る頃には、――どれくらい経ったかな。
正直、待ちっぱなしで飽きちゃった。一通りスマホをイジって暇つぶしはしてみたけれど、興味をそそるネタはもうない。
「インターネットでもすんの?」
「そうですね、ネットを使ってゲームします」
上半身だけむくりと上げて、とっくに崩した足をうんっとめいっぱい伸ばし尋ねてみる。
ぼんやりとした質問だけど、ゲームすんの? なんで? 別に遊ぶのはキライじゃないけど、意味が分からない。
「アタシ、そういうのソリティアくらいしか知らないんだけど」
いや、そのソリティアでさえ最後に遊んだのは随分前。ルールがどうと問われれば怪しいもんだ。
そんなハテナを浮かべるアタシ。とうの同級生は、こっちの疑問符なんてどこ吹く風で、
「ルールを覚えるだけならこれが一番です」
アタシの頭にはおっきなハテナマークが。
カードのルールを憶えるのに、なんでゲームが出てくんの。わけわかんなくてすごい。
「ちょっと待っててくださいね」
だから、きちんと説明してってば。
インターネットの調子が悪いなら、別の方法とかないの? そこまでしてゲームしなきゃいけないの?
「いや、あのさ、」
ちっともこっちを見やせずに、よくもまぁほったらかしで話を進めてくれちゃって。待つのは良いけど、せめて理由くらいは教えてよ。
「もしもーし」
ちょっとくらいは説明あって良くない? そうよね? アタシけっこー待ったわよ。なのに、『はぁ』だの『へぇ』だのとまたアイツは気の抜けたような生返事を返すだけ。
「だから、……チッ」
とっさに出た舌打ちに、ヤベ、やっちゃったって焦ったけど、――こりゃダメだ。てんでこちらに反応を示さない。手慣れた感じでキーボードを叩いて、画面に矢印をすいすいと滑らせて、何を必死にやってんのさ。
いちおー、身を乗り出して画面は見てみるけれど何が何だかわかるはずもない。
いよいよアレね、アタシはこの部屋の空気かなんかですか? まるでここに居ないみたい。
フツー、せっかく友達が来てるのにここまで見事にほったらかしにしますかね。
気をつかえって言いたいわけじゃないけれど、でもさ、せっかく家まで遊びに来たんだよ、もっとこう楽しませたいなって考えがアタシなら出てくるんだけど。
だからといって、こっちからもっとかまってよって言うのは何か違う気がする。
そしてそーこーしてる内に、また訪れた空白の時間。
だから、この変な間はなんだろう。理由も知らないこの瞬間が、とてつもなく無駄に思えて仕方ない。
ねぇって声かけても、相変わらず同じ姿勢でパソコンに夢中だし、――あ~ヤだヤだ。こういうタイプが平気で彼女をないがしろにするのよね。
アタシはコイツの彼女じゃないけどさ、SNSとかでもよく見るもん。
なんでそんなヤツと付き合うんだろって呆れるんだけど、こーゆータイプならちょっとだけ納得ね。
だって実際、アタシもケッコーな時間をこうやって黙って……黙ってはないけど付き合ってやってるわけだしさ。
今まで自分は違うと思っていたのに、まさかのダメ男に引っかかっていたアタシ。
あー、またイライラしてきた。
全部自分のペースで動いて、好きな事だけやって、アレよね、自分にどんだけ自信あるか知んないけどさ、彼女が文句も言わずに勝手に着いてくると勘違いしてんのよ。
ったく、女は男のアクセサリーじゃないっての。
「黙って帰ってやろーかな」
ぶぅっと、自分でもふて腐れてるのが分かる。
ふと、棚に並ぶ女の子達と目が合った。
勘違いだろうけど、そのたくさんの瞳から、不思議と背中を押された気がして、まるで世界中の虐げられてきた女子代表になった気分ね。なんだか、本気でムカついてきた。
いよいよ “ちゃんと教えろ!” ってアイツの肩を掴みかけて、
「よし! ありがたい、居てくれた」
画面を見たままそう嬉しそうに笑うと、「お待たせしました」ようやく準備が整ったらしい。
アンタねぇ! の、それこそ “あ” まで出かけた。というか出た。
まさに、もう襲いかかる寸前。あと少しでも遅かったらどうなっていたことか。でも、ノドまででかけた言葉を飲み込めたんだから、アタシってばエラい。
「……別に」
はいはい。大変待ちました。――とは言わないでおこう。
続いて口にしかけた言葉もなんとかお腹に押し込んで、どこか釈然としないままだけど、話が進むのなら願ってもない。このまま日が暮れるかと思ったわ、なんてイヤミもグッと飲み込んだ。
きっと不機嫌さだけは顔に出てたかもしれない、
「す、すみません」
「は? だから、別に待ってないってば」
少しイヤミっぽかったかな。いけないいけない。むりやりニコリと笑って見せた。
アイツはカワッと変な声を上げて慌てて顔を背けたが、もしかしてアタシの押さえ込んだ怒りのパワーを感じ取ったのか、怖がらせちゃったかもしれない。
オタク達ってオドオドしてることが多いから、出来るだけフレンドリーな感じでいようなんてついさっきまで考えていたけれど、今ばかりはオッケーね。
ちょっとくらいビビってくれるなら、それならソレで都合は良い。こっちからすれば、さぁ、待たせた分を取り戻しなさいってトコだ。
そんなアタシにいつものように早口で、――さぁて、今までの待ちぼうけを納得させてもらいましょうか。――アイツが言うにはこうだった。
その1、このカードゲームはネット上でも遊べるようになっている。
その2、実際にカードを持っていなくても遊べる優れもの。
その3、なによりも遊ぶだけならお金がかからないお財布の味方。
「ふーん」
いいじゃん。
お金がかからないって言葉に強く惹かれたわ。他にも世界中のヒトと戦えるだのなんだの色々言ってたけど専門用語が多すぎて途中から耳から耳へとを素通りしていた。
最後に言っていた、ただし【ちゅーとりある】? が長すぎるから良くない。だから、
「……ようするにどういうこと?」
アイツは画面を指さすと、ポカンとするアタシに向けてグッと親指を上げてきた。
「対人戦でルールを学びましょう」
「……へぇー」
長~い説明ごくろうさま。
よくわかんなかったけど、その楽しそうな顔に免じて、とりあえず分かったふりをしておいた。
頭の悪いアタシだ。あらためて説明されてもきっと理解はできっこない。時間も余計にかかるだろうし、いちおうママには友達の家で遊んでますってメッセージを送っといたけど、他所様の家にあまり長居するのも気が引ける。ここは、言われたようにするしかないらしい。
「ちょうど知り合いがインしてたのでラッキーでした」
……インシテタってのもどういう意味だろう。
また謎の言葉が増えたけど、――わかんない言葉は無視するのが正解。さすがのアタシも学びましたよ。わかるとこだけ拾っていくのが、この場合は勝ち。
ようするに、理解できたとこだけで言えば、このパソコンを使って誰かとゲームしろって事よね。
それでいて、……画面にあるのはなんと読むのだろうか、
【 k7.co 】
どうもアイツの話では、これが相手の名前なんだろうけど、
「けーせぶんどっとしーおー?」
暗号めいた何か、これが名前なの? それとも、わかるヒトにはわかるのだろうか。もしかして、アタシたちで言うとこのプチプラコスメの愛称みたいなもんかもしれない。
いちおうアイツにも聞いてみたけど、「さぁ?」「え、マジか」驚いたことにどう読むか知らないらしい。
「僕が中学校上がったくらいからだから、付き合いはある程度長いんですけどね。チャットで聞いてもキミの好きに呼べばいいよの一点張りで」
だから僕はケーナナさんとか、最近ではケーナさんって呼んでます。
アイツは平然とそう言ってはいたけど、中学生の頃からならもう3年くらいの付き合いになるんじゃない? それで名前の読み方も知らないってどうなの。
「それ、ウザがられてない?」
そんなに長い付き合いで、名前も知らないなんてアタシ的には無し。
ネットの世界ではそうなのかもしれないけれど、それでも名前の呼び方くらいは尋ねるだろうし、仲が良いのなら教えるだろう。
「……マジで大丈夫?」
ホントに、アンタ嫌われてないのよね。アタシ、バカだから相手の機嫌を損ねるって事もあり得るし、なにがあっても笑って解決できるくらいの可能な限り仲の良いヒト希望なんですけど。
「大丈夫、彼は最高に紳士ですよ」
いや、相手の誠実さは今に限ってはちょっと関係ない。
あの、なんつーかさ、
「……名前も知らないヒトって信用できる?」
何度も言うけど、アタシ的にはその程度の関係では友人だとカウントできない。ただの知り合い程度なら、こういう場ではなおさら信用なんてしやしない。
それに、さっき “彼” って言ったから、そのヒトは男って事でしょ?
おおげさかもしれないけれど、ゴメンね。アタシにとって、オタクという生き物がチンピラと同じくらいに身近じゃないわけ。
ホント、ゴメンね。アンタがそうだって言いたいわけじゃないけど、特に最近は、そんな曖昧なネットでの関係がリアルでのイザコザに繋がったとか、よくニュースで耳にするわけじゃん。
出会い系とかなんだとか、アタシそういうのマジでキライだし、それとは違うにしても勝手な苦手意識かな。わるいけど、不安じゃないとは言えない。
「とりあえず、チャットで挨拶しときます」
や、だからさ、
「たまーに、アタシの話聞かないとこあるくね?」
あのー、もしもーし。
カタカタとパソコンに夢中で、よくもまぁ、ここまで無視できたもんだ。図太く見えてケッコー傷つくタイプですよアタシはさ。
「チョー不安なんですけど……」
てっきりスマホでメッセージを送りあうのかと想像していたんだけど、ゲーム専用のチャットがあるみたいね。
目の前の画面では、そんなに話したいことがいっぱいあったのだろうか、相手も乗り気なようで、次から次に文字が流れていく。
“ゴメン。突然なんだけど、初心者のティーチングって今から頼めたり……”
“おや。キミが頼み事とは珍しいね。それに初心者講習ときたか。また、友人の誰かをこちらの沼に沈めようとしてるのかな?”
“沼www”
“もちろんOKだよ。なにも難しいことをするわけじゃないしね。キミが初心者の隣に立ってアドバイス。こちらは分かりやすいデッキを使って丁寧にプレイするって所だろう?”
“話が早くてありがたい。真面目な話、こういうことはケーナさんにしか頼めなくって”
“いいよ。プレイヤーが増えるのは喜ばしいことじゃないか。それに、キミの頼みだ、無碍になんてできないさ”
なんて、現在進行形で画面では仲良さそうな感じだけど、文字だけの会話じゃ腹の中の感情なんてわかりっこない。
「……そっちが友達だって言うんなら、別に文句は無いんだけどさ」
アタシの言葉に、アイツはハッと何かに気がついたような顔をしたが、
「確かに、……知り合いではあるけど、友達とは少し違うのかな」
またもやどっちつかずな言葉。本人もそういえばそうかといった面持ちで『うーん』と唸った。
「でも、直接声は聞いたことないですけど、チャットで話は合いますし趣味も合います。毎回楽しく対戦してますし、チームを組んでネットの大会に出たこともあります。だから、友達っていうよりは “仲間” とか “同志” っていうのが正確かもですね」
「ふーん」
仲間ねぇ。
自分が使い慣れてない言葉だからか、妙に薄っぺらく聞こえる。あんまり女子の間では出てこないワードだからね、なんか嘘くさい。
「と、言っても向こうがどう思ってるかわからないってのが実情ですけどね」
まぁ、そう考えるのが普通だろう。アタシはもう一度、「ホント、大丈夫?」メンドーごとはヤだからね。そう伝えると、……なにその顔は。
アイツはどこか自信ありげに笑ったのだ。そして、
「ただ、ひとつだけ分かってることがあります」
これまた自信たっぷりで、
――彼は、間違いなく同年代のオタク男子ですよ。
「趣味が合うんで、絶対に良いヤツです」
そう言った。
だから、その自信の元を説明しなさいよ。そしてアタシを納得させなさい。この二文が猛烈な勢いで喉元まで上がってきたけど、
「……わかったわよ」
今のこの顔を見るに、本当に仲が良いみたいね。
アタシの中の、同い年のオタクは全員紳士で良いヤツなのかって疑問はまだ残ったままだけど、まぁ、目の前の男子もアタシのワガママに付き合ってくれてはいるから、あながち間違いでもないのか。
まだまだ不安はあるけれど、いいよ、アタシもとっくに覚悟は決めた。しっかりと隣でサポートしてくれるらしいし、やってやろうじゃない。
「アタシ、マジだからよろしくね」
「まずは楽しんでもらえるよう頑張ります」
だから、こっちはマジって言ってるのに。ヘラヘラと笑うその顔に、最後まで、この同級生とは足並みが揃わないみたいね。
「ホント、頼むわよ」
「はい!」
今日一番の返事が、こうも頼りなく聞こえるのはなぜだろう。スタートボタンを押す、その同級生の隣で、アタシはもう一度ホント大丈夫かなと溜息をついた。
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