第42話 孤児院で開業-スローライフ
ある日、クラウスが帰宅すると、ノエルを尋ねてくる人の群れが全くいなくなっていた。
不思議に思ったクラウスは、マリラに尋ねた。
「えっ?、孤児院で?」
「はい、使ってない広い部屋がいくつもあるとかで、フローラ様と行かれてます」
「フローラも?」
クラウスは孤児院に行って二人を探すと、広い部屋の大きなテーブルの上に、何種類もの薬草が置かれ、重さを量ったり、仕分けしている子供達、手にした処方箋を見ながら、彼らに指示を出すフローラの姿があった。
「あっ、お兄様」
「フローラ、これはいったい……」
「お客さんに出す薬草とかを、ここで調合してるんです」
「お客さん?」
クラウスはテーブルの上に置かれた紙の小袋を触ろうとするが、フローラが注意する。
「さわっちゃだめです。売り物なんですから」
「えっ、売るのか?」
クラウスはフローラから聞いてノエルのいる部屋に行こうとして、その部屋からずらっと続く大勢の人の列を見た。
(商売繁盛だな……)
入り口から部屋をのぞくと、イスに座ってノエルが若い女性の脈を取って話をしている様子が見えた。
診察が終わり、女性が部屋を出て行くのを見送るノエルは入り口に立つクラウスに気づいた。
「クラウス、来てたのか」
「これだけ多くの人が来るようになると、全員タダ、と言うわけにもいかんし、孤児院にとってもいい商売になるぞ」
そう言って、ノエルはニヤッと笑った。
不思議そうな顔をするクラウスの横を、パメラと数人の子供達が膨らんだ大きな袋を手に部屋に入ってきた。
「ノエル-、たくさん取れたよ!」
「ご苦労、ご苦労」
ノエルは笑いながら、パメラ達から袋を受け取り、中を見ながら指示を出す。
「これとこれはフローラに渡して。これは庭で三日ほど干しといてくれ。雨にぬらさないように」
「うん、わかったー」
パメラと子供達は、袋を抱えて出て行った。
「材料はできるだけ、野山で取ってくる。そうすると、コストはゼロだ。パメラは薬草探しがうまいぞ」
「へー……」
クラウスは感心しながら聞く。
「街で売ってる薬とは違うものだし、材料を街で揃えるよりは安くして、調合もこっちでするから、お客さんにとってもいいことばかり。こういう商売は長続きして儲かるんだ」
「ノエルが商売人だとは知らなかったよ」
「わが一族は、みんな商売好きなんだ」
ノエルはニッコリと笑った。
「念のため言っとくが利益は全部、孤児院のもの。私の診療は、まあ、サービスだ」
ノエルとクラウスは孤児院の庭のベンチに座り、前に立つ院長と話をしている。
「……子供たちも、自分のやってることが孤児院の助けになってるということで、自信を持ちはじめてる感じなんです」
ノエルは庭の一角を指差して、クラウスに説明する。
「今度、院長の許可をもらって、あの辺に薬草畑を作るんだ。そうすれば、もっと多くの子供たちが参加できる」
「それはいいことだな」
クラウスは微笑んだ。
院長が去り、二人はのんびりと物干し竿に薬草を吊して乾燥させる子供達を眺めている。
ノエルは大きく伸びをする。
「のんびりしてて、いいなあ。こういうのをスローライフというらしい。これも平和のおかげか。いつまでも続くといいが……」
「大丈夫だろ。俺たちがこうして仲良くできているのだから」
「そうね……」
二人は手を握り、唇を重ねた。
ノエルはクラウスの肩に頭を乗せてささやく。
「結婚式、もうじきね」
「そういえば、ダンスやらないと。イエルクに頼むか……」
「そうか、あったなあ、そういう話……」
思わずげんなりする二人だった。
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