第六話 襲撃

 荷物を背負い、山を登って来る少年の様子を双眼鏡で遠くから監視する者がいた。賊徒の監視役だった。彼らはちょうど少年が目標地点として設定した開けた場所にある少し大きめの廃墟を根城ねじろの代わりにしていた。

 少年の周りには他の人間の姿は見当たらず、背にある大きな荷物袋に目をつけた監視の男が、そのグループの頭目とうもく嬉々ききとして報告する。


「アニキ、カモがネギを背負しょってこっちへ来ますぜ!」


「ああ? どういうこった?」


 頭目は面倒臭そうに応じたので、監視の男は関心を得ようと少年の様子をまくし立てた。


「ガキがひとりで山を登って来るんでさ。しかも背中にデカい荷物を背負ってやがるんだ。ありゃあ、食い物がたんまり入ってんじゃねえか?」


 頭目は監視の男から双眼鏡を取り上げる。


「どこだ?」


「あの辺でさぁ」


 監視の男が指差す方向を双眼鏡でのぞき、くだんの少年の姿を探す。隠れることもせず山を歩く少年はすぐに捕捉でき、その様子を眺めて頭目はほくそ笑む。


「ここを警戒せずに登って来るたぁ、世の中ナメたガキじゃねえか。俺らがきっちり教えてやらねぇとな……この世がどれほどクソったれなのかを!」


「アニキ、それ、体言止たいげんどめってヤツか? 何か大物っぽくてスゲェな!」


「バカやろう! 訳わかんねえことほざいてねえで、しっかり見張ってろ!」


 頭目は監視役の男に双眼鏡を投げつけ、廃墟の奥へ戻って行った。

 賊徒が待ち受けるとも知らず、少年は目標地点へ向けて山を進んで行く。監視の男は少年を捕捉し続けていたが、大きくカーブする急勾配に差しかかったところで少年の姿を見失った。


「あ、アニキ、ガキが向こうの崖の影に入っちまった」


 少年を双眼鏡で追っていた監視男が慌てて頭目へ告げる。頭目は奥のベンチから動かずに監視役を怒鳴どなりつけた。


「バカやろう! 道なりに登って来てるなら、こっちへ向かってるってことだろ。俺たちはここでガキが来るのを待ち構えてりゃいいんだ!」


「でも、こっちに来なかったらどうしますかい?」


「しばらく様子を見てろ。順当に登って来りゃ、すぐに見つかる。それでも上に上がって来ないようなら、俺らが出迎えに行ってやろうぜ」


 監視の男は双眼鏡で少年を見失った崖付近から、その先に続く道を覗き込む。

 その少し前、少年が急勾配のカーブへ差しかかった時に地図端末がドローン接近の警告音を発していた。少年は鳴り響く音に驚き、慌てて地図端末を取り出すと、投影されたドローンの位置を確認した。ドローン探知範囲はリアルタイム探知できる半径千メートルに設定していたのだが、その範囲ギリギリ付近に六個のドローンらしきマーカーが映っている。少年の方へ接近して来る様子はなかったが、不用意に進んで行くとドローンに捕捉されかねない。少年は、周囲に身を隠す場所がないかを探した。

 周辺で破壊された建物の跡をすぐに見つけることができた。少年はその残骸の中へ身を隠すために飛び込む。ちょうど賊徒の監視役が少年を見失った時だった。

 少年は飛び込んだ瓦礫の中から、辺りを注意深く周りを観察し、近づいて来るものがないかを確かめた。気配は感じられないが、少年はこの切迫した状況にかすかな既視感を覚えていた。はっきりとは思い出せないが、この何か嫌な感じだけは忘れられないでいた。



 いつまで経っても姿を現さない少年に、賊徒の監視役の男は戸惑いを感じていた。戸惑いはすぐに苛立ちへ変わって行き、痺れを切らした監視役は頭目に報告する。


「アニキ、ガキが出て来ない……消えちまった」


「ふん。そこそこ危機感を持ってるのかも知れないな。じゃあこっちから出向いてやろうぜ」


 頭目はふたりの男を残し、根城から男たち数人を連れて少年を追い込みに出た。接近しつつあった哨戒中しょうかいちゅうのドローンが賊徒の男たちを感知した。



 少年は瓦礫の中でうずくまり、息を殺して周囲を窺っていた。しばらくすると、残骸の隙間から道の上の方から歩いて来る男たちの姿を目にする。その出立いでたちや武装から直感的に賊徒の一団だと認識すると、足を止めて姿を隠した行動が正しかったことを確信した。男たちは道すがら何かを捜索している様子が見えた。少年は賊徒たちのターゲットになっていることを理解した。

 身を隠せそうな場所は少年のいるこの場所くらいしかない。遅からず男たちはここを見つけるだろう。そう考えた少年は、この後の行動が自分の生死をわかつ決断だと思い至り、戦慄せんりつを覚える。上手くやり過ごせればそれに越したことはないが、連中がこの残骸を確認しに来たらまず見つかってしまう。ここは見つかっても逃走すべきか、このまま連中が行き過ぎるのを待つか、逡巡しゅんじゅんしていると、唐突に背中から警告音が鳴り響いた。

 少年は地図端末をオフにしておかなかった自分を呪った。至近距離ではないものの、聞き逃すような音量ではない。案の定、賊徒たちは音に反応して、こちらへ向かって来た。少年は瓦礫の山から飛び出し、元来た道を駆け降り始めた。


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