10.傷ついた君を君よ乗り越えろ

 色々あって疲れたけど、温泉と酒があればダーク…じゃなかった私はまだ立ち直れる。

 公衆浴場でチビチビ朝酒を頂きながら、酒造好適米の栽培や酒蔵基地建設計画を考えていた。すると。

「朝から疲れた様な顔付きだが、さては魔族の娘達と朝のお勤めに励みすぎたかな?」とまたまたキレモン伯爵。

「覗きは良い趣味ではないなあ」

「いやいや、あれだけ見目麗しい魔族の女達がいたらそう思うだろう。

 私達の泊った、あの木で出来た質素ながらに洗練された館を仕切っていた美女を始め」

「バレテーラ」まあ、見張っていればわかるよね。


「人族は魔族と果てしない戦いを続けて来たが、あんな巨大なドラゴンが続々と出て来たのは伝説にも無い、初めての事だ」

「その話はあまり聞きたくないですな。酒が不味くなる」

「私は思う。この馬鹿げた戦いを終わらせない事には、この世界の平和も発展も無い」

「貴国がこの国を接収して、勇者召喚の魔術を手に入れれば宜しいのでは?」

「それでは同じ戦いの繰り返しにしかならない。この戦いそのものを、魔族と会話して終わらせるためには、貴方の力が必要だ」

「先に申し上げた通り、私はこの世界の者ではない。この世界は、この世界の人族自らの力で解決する必要があるのでは?」

「では何故貴方は鎧を纏い巨大化して戦うのか!?」


 ショッキングなブリッジが響きネガに反転し、私とキレモン伯の顔がカットバックする!

 そして流れる川〇和子のスキャット、って僅か10話にして最終回か?なんか氷になったりするのか?


「バレテーラ」

「ずっと、この異世界に居て欲しかったイセカイマン80!」「何だよ80って!それにここ『もう変身すんな』って止めるとこでしょ?」

「流石に今そう言う訳にはいかないんだ」何だこの人?

「過去の記録を調べると魔王と勇者の決着が付いた後には、何故か両者が力を失う。

 魔王と勇者の戦いは終わる。しかし魔族と人族の戦いは決定的な勝負もつかないまま、なし崩し的に落ち着いてしまうんだ」


「作為的な何かを感じる、と」

「そうだ。どちらかが敵に攻め込んで亡ぼす、なんて事もない。まるで次の戦いを待つかの様に何もしない。

 それが今回は前魔王が倒された直後に新魔王が現れた。今までの記録になかった事だ。勇者の方はどうだ?」

 あ~、新勇者召喚の下りは話さない方がいいな。

「今頃廃墟の王都で飲んで潰れてるだろうね」スットボケ。

「私は貴方こそが新たな勇者だと確信している!」「外れだ」「何故だ!」

「確かにこの世界の魔王と勇者には相関関係がありそうだ。だが私は全くの無関係だよ」

「昨日聞いた、全く別の世界を渡り歩いたという話か」「そうだ」

「それでも!私には偶然とは思えない」


 この人は只の借金回収人じゃなく、この世界全体について考えているんだろうな。

「私はこの世界の人族を信用していない。このツッカエーネ王国も、あのチビハゲデブエロ国王も、脳筋勇者も」

「ボロクソだなあ」

「こんな連中助けても、一旦は争いは収まるだろうが問題を先送りにするだけだ。次の危機が来た時にはもっと悲惨な事になる。

 それならいっそ今魔族に支配された方がよくないか?」

 キレモン伯爵は黙った。

 杯を差し出すと、「一杯だけ」と口に運んだ。

 日本酒でも最上の酒、純米吟醸の生酒だ。しかし初めて飲む人には辛いかな?

「ん。不思議な酒だ。だが悪くない。不思議な香りと甘さがある。まるで今起きている出来事みたいな不思議さだ」

 そう来たか。

「しかし、いずれゆっくり味わって夜通し飲みたいものだ」

「早くその日を呼ぼう」

「心強いな」

 彼は湯を上がった。


******


 カナリマシ王国の一行は撤退した。本国への報告を喫緊と感じたのだろう。

 キレモン伯はフラーレンにも恭しく礼を述べ、去って行った。

「あの男、この地に来てご主人様以外初めて会う優れた男ですね」

「君が魔族である事は知っていたよ」「え!!」「その上であの礼だ。力強い友となるか、侮れない敵となるかだ」

「人族にも、優れた者はいるものですね…」

「いや君達が戦ってたこの国の連中がアホばっかだったんだよ」

「もう終りねこの国」

 後ろに控えていたメイド達、元王城のメイド達が力強く頷いていた。

 私達は一行が見えなくなるまで見送った。


******


 で、本来人族を率先すべき勇者パーティーはといえば?

「んん~!鉄がぁ~!鉄の壁があ~!何か光って~!グホォ!ゲホゲホ!」

「大丈夫かホーリー!しっかりしろ!」

 まだあの半壊した宿屋兼酒場にいたよ。こいつらも乞食と変わらなくなってしまったな。

「いい気味よこれ位!レイブを刺し殺そうとしたのよ?水でも被って反省しなさい!」

「水牢…非人道的!」「何よ!」

「また内輪揉めか」私は帳場に金を置いてワインを汲んだ。

「またアンタ!私達を付け回してんの?」

「恩人へのお返しが無いから見張ってるんだと思えばいいさ」

「恩人…大恩!」シルディーさんが頭を深く下げた。

「いや君が恩人だよ。難民キャンプを落ち着かせてくれた恩人だよ。本当にありがとう」

「慈愛…慈愛!」頭を上げたシルディーさんは涙ぐんでいた。

「難民キャンプは市が建って商売を始める人も増えた。隊商の護衛を始める人もいるし、金も回り始めた」

「感謝!圧倒的感謝!!うわーん!」シルディーさん泣き出した!なんか可愛いな!

「レイブ。彼女を見ろ!これが多くの人達の事を心配する人の姿だ。心ある人の流す涙だ!

 お前は今まで何をやってたんだ?」


「俺は…魔王を倒すためだけにこの世界に呼ばれた」「じゃあ後はどうなってもいいのか?」

「そういう訳じゃない。でも色々起きてて何をどうすればいいかわからないんだ!」

「おいそこの人非人、愚賢者!」「何よこの中年キモデブハゲオヤジ!」

「お前この状況で迷える青年に何か助言とかしたのか?」

「彼はきっと自分で立ち上がって新しい魔王を倒すのよ!あんたみたいに適当な事いって私のレイブをいじめないでくれる?」

「お前もあの国王といい勝負だな」「何ですってムッキー!」

「いいかレイブ。まず目の前の敵を防げ。倒すかどうかは状況次第だ。そしてこの戦いの本質は何か考えろ。

 考えても解らなかったら誰かを頼れ。そしてお前が何が出来て何をすべきか考えるんだ」

「俺は先ずホーリーを介抱する」

「阿呆!昨日また怪獣が出たじゃないか!それは放っておくのか?」

「でもホーリーが!」「心配なのはわかるがシルディーさんもいるじゃないか。数時間留守にしても命に係わる話じゃないだろう?」

「そうか…そうだな。すまない!」素直な所はいい奴なんだが。

 うなされるホーリーの看病をシルディーに頼み、私達は怪獣の首がまだ唸りを上げている神殿跡へ向かった。

 つうかコイツが熱出して寝てるの全部愚賢者のせいじゃないか?


******


 巨大な怪獣の生首が鎮座まします神殿跡。

「とりあえず止めを刺そうか」「わかった!」剣を構える勇者。

「ちょっと待ったー!」甲高い女の声!次の魔娘か?

 と思ったら廃墟の塔の上に立っていたのは、のじゃロリ新魔王に仕えていた宰相!やっぱり美人だ。

「今一度巨竜には活躍してもらおう。オン!キリキリバラサ!」

 アヤシイ呪文を唱えると生首の下に魔法陣が!あ、これ時間を戻す奴みたいだ。

「一度引くぞ!」私がそう指示すると、レイブがクレビーの手を取って逃げる。


 魔法陣が巨大化すると、生首から下が、まるで地面から浮かび上がる様に再生され、ついに完全体となった!

「ふう、間に合った」宰相さん、アンタも時々本音漏らすなあ。


 ヴァウォー!ヴァウォー!シャッシャー!

 古代怪獣が叫ぶ!唸り声で崩れる神殿の残骸!


 退却する勇者パーティーを見送り、私は時間を停止しコルセットで腹を(中略)変身する!

「うおまぶし!あら~!」宰相さんが柱から落ちた。それをキャッチ!

 古代怪獣と再戦だ!先ずはキック!

 しかし強力な尻尾に弾かれた!着地して再キック!空中で一回転&時間停止&方向転換して頭上からキック!

 すると再び尻尾に弾かれた!回転して着地…その瞬間を火炎放射が襲った!

 トンボを切って火炎を躱すと古代怪獣は反転して火炎を吐き、猛スピードで飛んできた!

 たまらず激突!残っていた尖塔にぶつかり、崩れる尖塔!そして何故か爆発!危険物が多い国だなあ。


「あれ?これ上手くいくんじゃないかしら?ガンバレー巨竜ちゃーん!」さっき助けてやったのになあ。

「ああっ!イセカイマンがピンチよ!がんばってー!」テメェに応援されたくないぞ。

 こうなれば、分身攻撃!腕を正面にクロスし、振り下ろす!すると質量のある残像が横に増えていく!

 目を回す古代怪獣。そして尻尾を鞭の様に振るい、反対側に火炎を吐く!しかし攻撃は当たらない!

 イセカイマンは目から光線を放ち、前後左右から攻撃する。爆発に包まれ、倒れる古代怪獣!


 更にイセカイマンは高空へジャンプし、首根っこを踏みつぶした!そのまま抑え込むと、廃墟の影に避難したレイブを見た。

 今だ、止めを刺すんだ!イセカイマンは目で合図を送った!

 レイブは一瞬躊躇った。が、決意を固め、一閃古代怪獣の顔面に飛び掛かった!


 眉間を貫く勇者の一撃!


 古代怪獣は動きを止め、色褪せて行った。

 イセカイマンは距離を取り、腕をクロスさせ光線を放った!爆発する古代怪獣の残骸!!

「あの暴れ者でも敵わないとは…畏るべしイセカイマンとやら!」宰相さんは走って逃げた、フィルムを早回しするみたいに。


******


「やったわねレイブぅ~ん!肩で息をするレイブに抱き着く愚賢者。

「やったじゃないか若者!」私も彼を励ます。

「何をやったもんか!今度もイセカイマンがいなかったら」

「イセカイマンだって怪獣に止めは刺せない。君だけが出来るんだ。持ちつ持たれつだよ」

 ちょっと慰めになっていないかな?

「敵を倒しながら、この戦いの謎を解いて行くんだ。そして、戦いを終わらせるんだよ」


「魔導士殿、何故貴方は…強い!」

「強くなんかないよ、見てただけだし」スットボケ。

「いいえ!この訳の分からない魔竜の侵攻にも恐れず、ホーリーを助け出し、今大きな謎に挑もうとしている。

 何故そんなに強くいられるんだ?!」

「私の力じゃないよ。私を支えてくれる人がいただけだ。待っていてくれる人達がいてくれただけだ。

 私はその人達を護らなくちゃいけなかった、それだけだ。

 もう、皆死んでしまったけどねえ…」

 ふと、過去の異世界で別れて行った人達の笑顔を、老いて天寿を全うしていった姿を思い出した。


「俺は、ずっと弱かったんだ」「レイブ!そんな事ないよ」「弱かったんだ!」何かありそうだな。

「ずっといじめられて、学校にも行ってなかったんだ!親にも見放されてたんだ!

 何もやる気が起きなくて、部屋でゲームばっかりやってたんだ!」

「やめてレイブ!そんな事言わなくていいわ!もうあなたはそんな弱虫じゃないのよ!」

「魔王をやっつけたのも聖剣の力とクレビー達の神器の力だったんだ!俺じゃなくても良かった、そう思ってたんだ!」

 レイブは必死の表情で私に訴えた。


 彼の言う通り、レイブ、武上礼武は弱かった。

 武道家の家に生まれ、親の激しい稽古を嫌い、動物や風景を眺めるのが好きな心優しい子供だった。

 そのため、虐めという名の校内組織暴行を目にして被害者を庇い、被害者となった。

 親にも告げられず、心を閉ざして引きこもった。誰も彼を助けようとしなかった。


 そして、王国の儀式によって、何故か勇者としてこの世界に召喚されたのだ。


 王国は魔族の非道を語り、勇者に助けを求めた。当然彼は拒否したが、あの女神官の授けた聖剣が彼に力を授けた。

 賢者クレビー、聖女ホーリー、戦士シルディーが夫々聖槍、聖杖、聖盾を与えられ彼に引き合わされ、魔王討伐へ向かわされた。

 レイブは行く先々で魔族を打ち破り、人々を救い、敬われ、自信を取り戻した。そして魔王を倒した。


 彼は勝ってしまった、聖剣の力で。真の恐怖や自分の弱さと向き合う前に。

 そして、聖剣も、クレビー達の武器も光となって消えた。

 残ったのは弱い自分だけだった。王国への帰り道で待っていた主無き魔物と戦う力もあった筈だが、彼の心から闘志は消えてしまっていた。さっきまでは。


 だが今目の前にいる若者は、瞳に闘志を燃やしている。 

 私は無言で彼の言葉を待った。


「魔導士殿の言葉を聞いて、俺の考えが間違っていたって解ったんだ。

 俺には大切な仲間がいる。仲間がいたから俺は勝てたんだ。これからも守っていかなきゃいけないんだ。

 俺も彼女達を護るよ!俺も、やるべき事をやるんだ!

 魔導士殿!もし俺の考えが足りなかったら、殴ってでも俺に教えてくれ!お願いだ!」

 一生懸命な若者が、私に深々と頭を下げた。

「私はその言葉を待っていた!」影薄い宇宙戦艦艦長みたいに答えた。

「先ずは、大切な仲間の下へ帰ろうか!」

 私達は、誰もいない神殿の廃墟を去った。


******


「出られないのよ~」

 崩れた神殿の地下で、相変わらずヘボ国王が泣いていた。


******


 宿だった廃屋に戻ったレイブを待っていたのは、やっと意識を回復したホーリーと、食事の用意をしていたシルディー。

 心なしか、一度ホッとして少し笑顔になったかな?

 出会って初めて、彼らの心からの笑顔を見た様な気がした。


 私は彼らをイセカイ温泉へ案内する。ホーリーも引き続きここで療養して貰おう。

 私の帰りを待っていてくれたのは、仕方がないわねって顔付きのフラーレン達。

 「感謝!」頭を下げるシルディー、律儀だ。続いてレイブも感謝を述べた。ふっと笑うフラーレン達。


 人族と魔族の、小さな絆が広がりつつある。この絆を守り、広げるため、戦え私!戦え!イセカイマン!


…では また明後日…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る