第三話 戦士サンドロ=テバルディとの思い出

 大きな岩が道を塞いでいる。

 その前には大柄な男が、これまた大きな剣を構える。

 一歩、右足を踏み出す。その瞬間に剣が振り下ろされ、轟音とともに岩は砕け散った。

「さすがは古今無双の戦士、サンドロだ」

 同じく鎧を身に着けた男性が砕け散った岩の瓦礫をてにしながら、そう評する。

「俺はこれしできんのさ。魔法も、策もなし。ただ切り開くだけだからな」

 サンドロと呼ばれた男性は、そう答えた。

「らしくていいですね。人は神より与えられた肉体や精神を十分以上に使うこと。それは神の思召に沿うことです」

 神官らしい男性が、さらにそうサンドロを評する。

「大丈夫~!魔法は私に任せて、サンドロはちゃちゃと敵を切り倒してね!」

 杖を持った小さな少女がそう、大声を上げた。

 それらを優しい目で見つめる女性――魔法騎士であるカロラ=アガッツィである。

 勇者ジェスタをリーダーに、神官のシルヴィーノ、白魔法使いのエリーデ。そして剣を鞘に納める体格豊かな戦士サンドロ――魔王跋扈するこの世界にあって、その手下を次から次へと征伐していたこのパーティーはまさに人間世界の希望であった。

 サンドロは常に剣によって戦いの道を切り開いてきた。

 いかに狡猾な罠が仕掛けられていたとしても、一閃のうちに切り伏せる。

 魔法が効かない相手に対しても、その剣の切れあじは失われることはなかった。

 魔王との決戦、絶対的な魔王に初めて傷を負わせたのも、サンドロのものであった。

「ルドヴィコおじさんの無念を晴らしたかった。それだけだなぁ。難しいことはジェスタに任せた。あいつは頭がいい。俺たちをうまく使ってくれるさ」

 いつだったか、サンドロがそうつぶやいているのをカロラは思い出した。

 魔王死して後、ジェスタは国王になる。そしてサンドロは軍の最高指揮官である大将軍に。

 それが悲劇の始まりであった。


「そんな事、認められねぇぜ!」

 机を両の拳で叩きつけるサンドロ。あまりの衝撃に机が歪む。

 おどおどとする、文官。国王ジェスタの命令をただ、伝えに来ただけなのにとばっちり以外の何物でもなかっただろう。

「直接ジェス――いや国王陛下に事の次第を聞く!お前もついてこい!」

 王の間へと向かうサンドロ。手続きを訴える護衛の兵たちを押しのけて、サンドロは国王ジェスタの前に、息も荒く現れた。

 「何だ、大将軍。今日は会見の日ではないはずだが」

 表情を変えずに静かに、サンドロを見つめるジェスタ。側には親衛隊長と左翼将軍を兼ねるカロラが控えていた。

 無言でくたくたになった羊皮紙を差し出すサンドロ。ジェスタは一瞥する。

「命令書だな。なにか」

「なにかじゃねぇ!この内容がふざけてるって言ってるんだ!」

 羊皮紙の命令書――その内容はルフォルツァ王国の冒険者ギルドを閉鎖しろというものであった。

「もはや、戦乱の時代ではない。私の指揮下にない独立の戦力が存在すること自体が、この平穏を怪しくする根源だ。彼らはこの王国のために――」

「忘れたのか!」

 ジェスタの言葉を遮って、サンドロがそう叫んだ。

「なあ、思い出せよ。あんたと出会った時のことを。俺はおじを失って破れかぶれになっていた。そんな俺の面倒を見てくれたのが、冒険者ギルド『龍の眼』だったなぁ。そこでお前ともであった。俺たちを見込んで、金や装備まで貸してくれた恩があるだろう」

「恩はもう十分に返した」

 ジェスタはそっけなくそう返す。

「『龍の眼』のギルドマスターには十分すぎるほどの報奨金と、貴族の位を下賜した。それ以上何をしろと」

「そうじゃねぇだろう......!王国の軍の戦士を育成するためにもギルドは必要なはずだ!」

「戦士はいらん」

 ジェスタは更に続ける。

「余に必要なものは、命令にただ従う兵士である。教育によって国が兵士を育成する。伝説の剣技も才能も必要ない」

 サンドロは無言でじっとジェスタを睨みつけていたが、ふいと踵を返して王の間より退席する。それをカロラが不安そうに見つめていた。

 これがすべての始まりであった――


 王都を取り巻くサンドロの軍勢。あの後、自分の領土に引き戻ったサンドロは反乱の軍勢をおこした。勢いに乗るサンドロの軍勢は連戦連勝、ついにここまできたのである。

「エリーデはあんなにジェスタのことが好きだったのに、反した。ならば俺も同じ、いっちょ勝負をしてみようじゃねぇか」

 そんなサンドロの軍営を訪れる軍使の姿がいた。それは左翼将軍たる、カロラ。一も二もなく、サンドロは面会を了承する。

「おお、久しぶりだなカロラ」

 膝を折り、無言で頭を下げるカロラ。

「国王陛下が大将軍殿と会いたいとおっしゃっています」

 ふん、と鼻を鳴らすサンドロ。そんなサンドロに対して、そっとカロラは布の包を手渡す。

 不思議そうにその包を開くサンドロ。

 じっと中身を見つめた後、サンドロはつぶやいた。

「会おう」

 と一言だけ――


 王の間。玉座に人影はなく、その床に並んで酒を酌み交わす二人の男性の姿があった。

 国王ジェスタと大将軍サンドロである。テーブルの上にはジョッキが二つ。そして例の短剣がおかれていた。

「ビールに限る。ぬるくてもいい。カビついたようなワインはあわん」

 ほろ酔い加減でそうサンドロがまくしたてる。無言でうなずくジェスタ。その間に主従の関係は見えず、まるでパーティー時代の酒飲みを見るようだった。短剣を何度も見やるサンドロ。そのたびに笑みを浮かべる。

「四天王は大したことなかったが、魔王の参謀、ええと――」

「シュバルナハト総参謀長か。なかなか狡猾な奴だった」

「そうそう!あいつの策にはまって、俺たち自身が隣国の軍に捕らえられたっけな」

 思い出話をサンドロは語る。数年前であるが、それはただただ懐かしい話である。危険と隣り合わせの日々。まともに、食事をすることができない日もあった。死を実感したことも何度もあった。

 魔物の策に乗せられ、サンドロは隣国の軍隊に捕らえられたサンドロ。ちょうど一人で行動しているときのことであった。人間相手にその剣をふるうことに躊躇した結果、束縛魔法で完全に無力化されてしまったのである。

 続く拷問。不潔な地下牢に何日閉じ込められていただろうか。

 ある夜、サンドロは人の気配を感じる。

 手に小さな明かりを持ち、黒いローブを被った――それは勇者ジェスタであった。

「ここはまずい。俺にはかまうな」

 小声でそうサンドロは鎖につながれながら、促す。

 しかし、それにはかまいもせずに短剣を手に鎖を壊そうとするジェスタの姿があった。

「黒魔法の一つらしい。この鎖を壊そうとすると、果て品呪いが発動するらしい。ジェスタが――勇者を殺してしまっては――」

 激しい金属音が響き渡る。短剣が鎖を破壊し、火花が飛ぶ。

 その瞬間、うずくまるジェスタ。自由になったサンドロは倒れたジェスタを抱きかかえる。

「おい!おい!」

 いまだ意識が戻らないジェスタを肩に抱き、サンドロは脱出を試みる。短剣を手に――魔法に頼り切っていた警備を簡単に突破して、サンドロはカロラたちのもとへ期間を果たした。

「黒魔法の一つです。その戒めを物理的にたち切ろうとするものに確実に呪いをかけるという――」

 エリーデが横になったジェスタの胸に手をのせながら、そう説明する。

「心臓を握りつぶすように、その呪いは発動する。それをジェスタに伝えたの。そしてそれに対抗できる唯一の方法も」

 そういいながら、右手を掲げるエリーデ。

「白魔法の一つ。心臓を拡大させ、一瞬だけではあるがその動きを最大化する魔法。わたしは護符にその魔法を記し、ジェスタに渡したの。むろん、完ぺきではないわ。魔法使いではないジェスタがベストなタイミングで発動できる可能性は良くて半々。それに成功したとしても、心臓には大きなダメージを負うわ。ここ数日が――たぶん」

 エリーデはそこまで言うと、涙目になり詰まってしまう。

 そっと、額を布で拭うカロラ。

 ジェスタが目を覚ましたのは三日後のことであった。


「勇者がなんで一戦士を助けた。自分の命をとして」

 サンドロはその時の短剣をまじまじと見つめながら、そう問いかける。

「お前はいつもそうだ。勇者としての自分を顧みず、常に仲間のことを考えて行動していた。懐かしいな。本当に」

 空になったジョッキの中を覗きながら、そうサンドロはつぶやく。

「わかっているよ。今は俺の存在が邪魔なんだろう。最初はムカついて、反乱を起こしたがあの短剣を見たらどうでもよくなった。エリーデが魔法を使わずに、死んでいった理由もわかる。お前にはあまりに借りが多すぎる。何しろ命の恩人だ。同じものでなければ釣り合わんよな」

 視線を床に落とすジェスタ。

 サンドロが立ち上がると、金属音が王の間に響き渡る。

 鎧をつけたカロラが数十人の屈強な近衛兵を従え、サンドロたちを包囲していた。

「ただ、戦士としての矜持もある。俺を殺したければ、それなりに働いてくれないとな。近衛の実力をはかってやろう」

 そういいながら抜刀するサンドロ。

「あまい」

 近衛兵がそれに襲い掛かるが、たったひと振りで鎧後と吹き飛ばされる。

「この程度か。これでは心配で死ぬこともできんぞ」

 カロラが前に出る。サンドロは構えを直す。

 どのくらい時間が経ったろうか――カロラはサンドロに肉薄するため、瞬間移動の魔法を発動する。相打ち――それでいいとカロラは覚悟していた。サンドロの剣術のレベルと自分のそれとは差がありすぎることを理解していたのだ。

 激しい音が響き渡る。

 サンドロの胸部に剣を突き立てるカロラの姿。

 カロラは不思議に感じる。あの流れであれば自分の背中にサンドロの剣が突き刺さっているはずなのに――何も感覚がない。それもそのはず、サンドロの剣は床に落ちていた。

 ドスンと大きな音を立てて、サンドロが倒れる。

 そばに駆け寄るカロラ。

 血を吐きながら、カロラは息も絶えだけのサンドロの声を聴く。

「なぜ、なぜ剣を振り下ろさなかった......」

 涙ながらにそう問い詰めるカロラ。なぜなら、明らかにサンドロは戦うことを放棄していたからだった。

「......カロラ......お前がジェスタのそばにいりゃ......それで大丈夫だろう......おれは......頭が悪いからよくわからんが、こうして殺されることがこの国の平和に......」

 ゆっくりと目を閉じるサンドロ。その頭をそっとカロラは抱き寄せる。

 反乱の平定の詔が出されたのは、その次の日の朝であった。

 大将軍サンドロ=テバルディは国王ジェスタの前で自分の不明を恥じて、自害したと。そして、欄に加わった将兵には一切罪を問わないので投降すべきとの内容であった。

「武装解除を頼む。兵士の罪は問わん。士官クラスは審議の上、問題あるものは処罰。国軍を粛正するいい機会になった。以後、お前が軍政を取り仕切れ」

「国王陛下」

 カロラはジェスタの前にひざまづきながら、そう問う。

「サンドロをいかにお考えでしたか――」

「いかに、とは」

 少しの沈黙。それを破るように、ジェスタは口を開く。

「友人であった。それも無二のな。勇者ジェスタとしてはそうであった。国王としては――反乱者だ――」

 こつこつと歩みを進めるジェスタ。

 それをうつむきながら、カロラは送る。

 腰にあの短剣を身に着けながら――

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