第7話:日常の一部_1
「お待たせいたしました! こちら、日替わりランチプレートになります!」
「あぁ、こっちにお願い」
「はい! ……こちらは、パスタセットのカルボナーラになります」
「ありがとう」
「いえ! それでは、ごゆっくりどうぞ」
バイトを始めて一か月と半分ほど経った。まだまだぎこちない部分はあるかもしれないが、随分と慣れてきた気がする。私がお店へ食べに来たときと同じで、店員のみんなはお店の裏でもニコニコと楽しそうにしていた。初めはやはり馴染めるか不安だったが、主にバイト同士と社員がバイトを呼ぶときだが、名前を呼び合うことで心の壁が無くなるのも早かった気がする。それが苦手な人もいるだろうから必ずとは言えないが、どうやら私には合っていたようだ。
休憩室へと入り、途中休憩に入る。休憩中はなんでも良いから上着を羽織ることになっていた。仕事中かそうでないかを見極めるためだ。できるだけ、休憩中の人は休憩に集中できるようにという配慮。私も、このために買ったグレーのカーディガンを羽織って椅子に座った。時間は十分だが、飲み物を飲んだり、携帯をチェックしたり、お手洗いへ行ったり。やることはそれなりにある。
――コンコン。――ガチャ。
「あ、お疲れ。千景さん」
「あれ? 航河君も休憩? ふたり同時に入るって珍しいね」
航河君は椅子をひとつ持ってくると、すぐ隣に置いて座った。
「今日はピークもう超えたから、一緒に入っちゃってって。忙しくていつもの時間に回せなかったでしょ」
「そういえばそっか。もう十四時だからお昼の時間からはちょっと外れてるもんね」
通常であれば、十一時から十三時の間で、ひとりずつ休憩を回していく。今日のように連休でグループでの来客が多い日は、捌かなければならないお客さんの人数も、出さなければならない料理の数も多く、その時間に休憩へ入れないということが多かった。休憩を短くして仕事をしたり、店側の人数が少ないと、休憩に入らない場合もあるらしい。
「休憩がないって、ブラック、って思った?」
「ううん。社員さんに比べたら時間少ないバイトだし? なくても今のところ問題なさそうだし。ご飯の時間が取れるなら、私はそれで充分」
「社畜的考え!」
「え、そう? あー、お茶飲んだりはしたいかも。携帯も見たいし。誰かから連絡きてるかもしれないじゃん?」
「……それ、休憩ほしいヤツじゃん」
「……それもそうだった……」
くすりと笑って、航河君はズボンのポケットから携帯を取り出した。
「しまうの忘れてた」
「私もたまにやっちゃうときある。……あれ、その携帯、私のと同じ?」
「え? あ、最新機種。CMでよくやってる……」
「やっぱり! 私も、ホラ」
そう言いながら、私は手に持っていた携帯を見せた。
「ホントだ。千景さん赤なのね」
「うん。この黒っぽい濃いめの赤が好きだから。航河君白なんだ」
「俺みたいで、カッコイイでしょ?」
「あー。うんうんうん。カッコイイカッコイイ」
「めちゃめちゃ投げやりじゃない?」
「そう? 気のせいじゃない?」
「広絵さんと同じかわしかたしてくる」
「だって広絵に教えてもらったもん?」
「出たー! ちょっとくらいは真面目に『カッコイイ』って言ってくれても良いのに……」
「航河君は、カッコイイよ?」
「……でしょ?」
「……やっぱり前言撤回するわ」
「ちょっと!?」
たった一か月半で、航河君とこんなやりとりをすることになるとは思っていなかった。普段、それなりにバイトへ入る時間は被っていたが、こうやってゆっくりと喋る時間は意外にも少ない。同じ日にバイトをしていても、休憩はひとりずつだし、入り時間も帰る時間もバラバラだったからだ。
さすがに、これだけの会話を仕事中にする勇気はない。
(そういえば、広絵と相崎さんとは連絡先交換したけど。航河君とは交換してなかったなぁ)
異性と連絡先を交換するハードルは高い。たとえ仲が良くても、少しばかり躊躇われる。……彼女がいたら、変に誤解されたくない気持ちもあるし、ヤキモチ妬きな自分としては、彼氏にはあまり異性との連絡は取ってほしくないと思ってしまう。
自分と同じタイプの彼女がもしいたら、きっと嫌がるだろう。
(……あれ? 彼女いるとかいないとか、話したことあったっけ?)
自分に今彼氏はいない。広絵にも彼氏がおらず、よく広絵とは過去の恋愛話をしたりしている。
「俺が白で、美織ちゃんが黒。一緒に買いに行ったんだよね」
「……美織ちゃん?」
「あ。彼女。あれ、彼女の話したことなかったっけ?」
「うん、初めて聞いた」
「そうだった? やばい、みんなに話してるから、誰に言ってないか覚えてないや……」
「付き合って長いの?」
「うーん、大学入ってすぐだから、二年くらい? ちょっと年上なの。社会人」
「へぇ、お姉さんだ」
「そうそう。千景さんは今彼氏いないんだっけ?」
「うん。このバイトする前に別れちゃった」
「このあいだの話、本当だったんだ? ……もしかして、聞かなかったほうが良かったやつ?」
「全然? 特に引きずってもいないし、聞かれたら困るようなこともないし」
「そっか、それなら良かった。地雷踏んでたらヤバいなと思って」
「なんにもないから大丈夫だよ」
私の言葉を聞いて、航河君はほっとしたように笑った。
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