生きる理由 働く理由

 二十歳を超えたら就職しなければならない。


 それはずっと前から知っていたことだった。


 けれども、どうしても働く気にはなれなかった。


 ずっと学生のままでいたかった。


 もう一度受験して受かればそれは可能だが、流石に二度目以降は自力で学費を払わなければならない以上、どのみち仕事は探す必要がある。


 真面目に働けば給料が貰える。



○漫画読み放題なネットカフェ


○高性能採点機能付きのカラオケルーム


○ペン先の細いタッチペンや色鉛筆などといったイラスト関係の道具


 金があったらやりたいことはたくさんあるのにどうにもやる気が出ない。


 今までずっと、自分のことに関しては妥協と諦観で生きていたので、頑張らない理由を息を吸うように浮かんでしまう。


 それがダメだとはわかっているのに。




 それは一瞬の出来事だった。


 市民会館から出た途端、目の前を救急車が勢いよく通り過ぎて行った。


 新生児専用


 それがくっきりと眼に焼き付いた。


 数秒、石化したかのように全身が硬直した。



 新生児。


 まだ生まれて間もない小さな命。


 それが今生きるか死ぬかの危険な状態になっている。


 考えるよりも先に足が動く。


 走って一分もしないうちに神社に辿り着き、その子の無事を祈った。


 祈ったところで別にどうにもならない。


 神が実在するかなんてわからない。


 自己満足。


 突き詰めてしまえばただそれだけ。


 それでも祈らずにはいられなかった。




 ただ何となくで生きている私が平穏無事に生きていて、何の罪もない赤ん坊が病院に搬送される。


 これが理不尽でないなら何なのか。


 あの子だけでなく、世界中には多くの子供たちが命の危険に晒されている。


 全ての命を救いたいだなんて傲慢だ。


 それでも、赤子が死ぬのは間違っている。




 自分には何ができるだろうか?


 医療従事者になるのは金銭的にも学力的にも困難。


 しかし、命を守る方法は他にもある。


 まず一つは献血。


 手術には大量の血液が必要だ。



 そして募金。


 小銭であっても、経口補水液やポリオワクチンなどの物資の購入に役立てられる。


 寄付を続けるには安定した収入が必要だ。



 自分のためではなく、名も知らない誰かのために行動できるかは、人によるし、程度にもよる。


 ただ、私の場合は「金が欲しい」よりも、「子供の命を救いたい」と思う方が頑張れそうだ。



 何のために生きているのか、わからなくなることが何度かあった。


 はっきりとした答えはまだ見つかっていないが、今は他人に血を提供し続けるため、と思っておこう。



 帰宅後、ネットで求人情報をいくつかピックアップし、保存した。


 企業側の都合もあるが、1週間以内に面接が行えるよう準備しておこう。

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