第34話キモオタ

 篠原の携帯にヒビが入った翌日の放課後。コンコンと珍しく部室の部屋がノックされ、そこから小太り気味のメガネをかけた男が入ってきた。


「失礼するでござる。恋愛部とはここで間違い無いであろうか?」


 また変なやつが来たな……。この学校に変人が多いのか、はたまた恋愛部に来る奴が変質者ばかりなのか……。ほらあの、スタンド使いはスタンド使いと惹かれ合う的な? 正直めんどくさそうだなと思うが、でもまあ別に今更だ。

 篠原は読んでいた書籍を閉じると、淡々と。


「ようこそ恋愛部へ。どうぞそちらの席に」


 ナチュラルに俺の隣へ案内した。


「それでは失礼」


 ドン、とソファーが軽く沈むぐらい勢いよく座るオタクっぽい変な男子は、早速自己紹介を始める。


「拙者、名を政宗と申すでござる。以後お見知り置きを」


 いきなり現代人というか常識人とは思えない挨拶をしてくる男子に、俺たちは多少戸惑いつつも挨拶を返す。


「俺は新藤刀鬼で、そっちが……」


「篠原三佳子よ。それで?」 


 どんな要件だ? と言うニュアンスを含んだ風に聞くと、オタクくんはここに来た経緯を話し始めた。


「昨日かの有名な自己満出会い厨アプリにて、斯様かような部活動を見つけ、是非とも依頼したい頼みがあって馳せ参じたでござる」


 こいつはいつの時代の人間だよと思うが、ダル絡みされそうなのであえてスルーする。しかし篠原は、目の前のオタクくんの喋り方よりも気になるところがあるらしく、ピクッと肩を震わせると。


「あなたもしかして、昨日私のアカウントにFF外がどうのこうのって文章を送ってきた人かしら?」


 そう質問する。篠原が尋ねると、なぜかオタクくんは自信満々にして。


如何いかにも!」


 堂々と答える。その発言を受け、篠原はオタクくんを責めるようにして携帯を見せつける。


「ねぇ、昨日のあなたのキモい文章のせいで、私の携帯画面が割れたのだけど、どうしてくれるの?」


 ものすごい言いぐさだ。まあ実際オタクくんが原因ではあるかもしれないけど、壊したのは篠原自身だ……。篠原にものすごい言いがかりをつけられたオタクくんは、何故自分が怒られているのかわからないと言った様子で応戦する。


「はて、何故怒ってるでござるか?」


 キョトンとして首をかしげるオタクくんに、篠原は片眉を上げて、必死に怒りを抑えながら説明する。


「だから、あなたがキモい文章を送りつけてきたせいで、私の携帯の画面が割れたのよ」


「ふむ。言っている意味がわからないでござるな。拙者の発言にむかっ腹を立て、自分で画面を叩き割ったということなら理解できるのでござるが……」


「だから、そう言っているでしょ」


 篠原が若干キレ気味に言うと、オタクくんは「ははは!」と大きく笑う。


「お主、それは八つ当たりでござるよ。まったく肝っ玉の小さい女子おなごでござるなぁ〜」


 はははっとバカにしたように笑うオタクくんに、篠原はギギギっと歯ぎしりをする。おお! あの篠原があんなに怒りを露わにするなんて。いつも余裕ぶって人を見下しコケ下ろす癖に、今日は逆に手玉に取られている。


 なんだかちょっと気分がいい。俺は二人の会話、もとい口論に口を挟まずに見守ることにした。

 オタクくんの発言にイラつき、ものすごい速度で貧乏ゆすりをする篠原は、オタクくんの要件など全く聞かず、オタクくんを侮辱する。


「というか、あなたのその喋り方何なの? 侍気取り? 気持ち悪いからやめたほうがいいわよ」


「いやぁ、拙者、前世が武士もののふであったがゆえ、まだこの喋り方が抜けないのでござるよ」


「は? 前世? 頭の病気は早めに治したほうがいいわよ」


「ははは、全く最近の女子は気丈でござる! 江戸の時代ならば、武士にその物言いは万死に値するでござるよ」


「残念だけど今は令和なのお侍さん。あなたが生きるには相応しくない時代なのよ。なので屋上から飛び降りて転生することをオススメするわ」


 だんだんとヒートアップしていく二人の口論。これは流石にまずいだろうと思い、俺は二人を宥める。


「まあまあ二人とも落ち着けって。とりあえず政宗くんの相談を聞かないと、な?」


 言うと、篠原は不服そうにしながらぶすっとそっぽを向いた。ふぅ……。とりあえず、なんとか収まったか。先ほどまでのうるさい空間から一変、今は外で部活動をしている生徒たちの喧騒のみが室内に響き渡る。


「そ、それで? 誰が好きなんだ?」


 慎重に絡まれないよう質問すると、オタクくんは意気揚々と語り出す。それがとてつもなく長く、そのほとんどがどうでも良い話だっため、割愛させてもらう。俺も篠原も辟易としてしまいあまり内容が頭に入ってこなかったのだが、要はこんなところだ。


「つまり、今週の日曜日の午後一時三十分に秋葉原でじゃんけん大会が行われて、その優勝商品である美少女フィギュアが欲しいから協力してくれと……」


 篠原が手短にまとめると、オタクくんは頷く。えーっと、なんで俺たちがそんなことを? 確かに俺たちは男女の仲を取り持つのが仕事だ。でもだからって、美少女フィギュアを獲得することまで俺たちの仕事なの? 二次元まで許容しちゃうの? どんだけ守備範囲広いんだよ。


 さすがに篠原もこんなお願いを了承するとは思えない。と思っていたのだが、篠原はフッと笑みをこぼすと、全く俺の想定していなかった質問を繰り出す。


「その美少女フィギュア。わざわざ私たちに頼まなくても、他の友達に頼めば良いじゃない。何? もしかしていないの? お侍さんはぼっちなんですか?」


 いや、今はそこじゃないだろ! そう思うが、篠原がなんだか勝ち誇った笑みを浮かべているので、口を挟むのはやめにした。挑発するように篠原が言うと、オタクくんはやれやれとかぶりを振り、煽るように言い返す。


「拙者はリアルにもネットにも数多くの友人がいるでござるよ。教室の隅っこで寝たふりをしているお主と一緒にしないでほしいでござる」


「ふ……ふふふ……ッ」


 篠原の一番痛いであろうところを遠慮なしに突っ込むオタクくんの発言に、俺は思わず笑ってしまう。

 このオタク、良いカウンター打つじゃねえか。目の前で失礼極まりない態度をとっている俺たちに、篠原はいよいよ我慢の限界が来たのか、歯をギリギリと噛み締めながらながら、それでも声を荒げずに冷静を装って話してくる。


「そ、それじゃあ今週の日曜の午後一時に現地集合でどうかしら?」


 どうかしら? と聞いてくる篠原の言葉には、若干の殺意が隠れている気がするが、そんなのには気がついていないのか、はたまた気にしていないのか、オタクくんはブレずに。


「わかったでござる。それではまた!」


 さらばと言い残し、部室を出ていく。オタクくんが部室から出ていくのを確認すると、篠原は持っていた書籍をグシャッと折り曲げ。


「覚えてなさいあのキモオタ……。目にもの見せてやるわ」


 闘争心……というより、殺意が溢れ出ている。今週の日曜日、大丈夫かな……。どうしても不安が拭いきれない。そんな不安を抱えつつも、俺たちは約束の日曜を迎えた。

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