第30話命運をかけたじゃんけん

 佐藤も部室からいなくなり、俺と篠原のみが残されたこの静かな空間に、ものすごい緊張感がほとばしる。


「じゃあ新藤くん。勝負は一回きり。勝っても負けても文句はなしよ」


「あぁ。それじゃあ始めようぜ」


 このじゃんけんに、俺の人生の命運がかかっていると言っても過言ではない。ここで負けたら、俺は今後の高校生活で変態のレッテルを貼られることになる。何としても負けるわけにはいかない。


 絶対に負けられない戦いが、いま始まろうとしていた。


「それじゃあ行くぞ」


「えぇ、いつでも」


 ギュッと拳を強く握り、右手を前に差し出す。手の平は手汗にまみれて気持ちの悪い感触がする。嫌だ、この感じ。クラス対抗リレーで順番が回ってくる直前のような、気持ち悪い緊張感を感じずにはいられない。


 サッと二人して拳を振り上げると、掛け声を掛ける。


「「最初は」」


 軽く拳をあげ、俺は手を丸くして。


「グー」


 グーを前に出す。しかし篠原は、俺と同時のタイミングで。


「パー」


 と言って、パーを出してきた。は? 何やってんのコイツ?


「おい、お前何してんの? じゃんけんのルールも知らないの?」


 篠原の鬼畜にも勝る所業に驚いていると、コイツは悪びれもせず。


「私の地域では、まず初めにパーを出すのよ」


 意味のわからないことを言ってくる。


「ふ、ふざけんな! そんな大富豪みたいな地域ごとにルールが分かれててたまるか! 全国共通、じゃんけんの最初はグーって決まってんだよ」


 声を荒げて言うが、篠原は物怖じせずに、それどころか開き直るように。


「知らないの? ルールというのは、破るためにあるのよ」


 下劣で最低なことを言ってきた。だがここで折れるわけには絶対に行かない俺は、強く抗議する。


「違う! ルールはみんなが楽しむためにあるものだ。いいか。俺は絶対認めないからな!」


 篠原のクソみたいな言い分に反論すると、彼女は呆れた様子で頭を抱える。


「はぁ、強情な人ね……」


 ため息混じりの呆れ顔に、ものすごく苛立ちを覚える。


「なんでお前が呆れてんだよ!」


 このやろう……。大体この前のオカッパ君の時から思っていたが、こいつにはプライドというものがないのか? こすいことばっかりしやがって。絶対に俺は負けを認めないという意思を示す。


「今の負け、俺は認めないからな!」


 いうと、篠原はもう一度大きくため息を吐きやがる。


「わかったわよ。それじゃあ仕方ないからもう一度やってあげるわよ」


 なんでこいつが上から目線なんだよ。イライラとしたまま、俺は拳を振り上げる。


「それじゃあ行くぞ」


 コクリと篠原が頷いたタイミングと同時、


「「最初はグー」」


 拳を前に出し。


「「じゃんけん!」」


 勢いよく。


「パー!」


 手のひらを開ける。しかし篠原は、俺のパーを切り裂くようにして、微笑を携えながら。


「チョキ」


 冷徹に、死の宣告を言い渡す。


「あ……」


 思わず情けない声が漏れ出て、青ざめる。先ほどまで感じていた憤りはもう跡形もなく、今はただ、恐怖の感情が俺を支配していた。まずいまずいまずい!


 普通に負けた。やばい、どうしよう。なんの不正もされず、特に見所もないまま負けた。もう俺の人生おしまいだ。

 サーと血の気が引いていくのを感じる。絶望。これが、絶望か。ドクドクと血液が全身を駆け巡り、循環させる。

 もう人生終わりだよと今にも嘆きたくなっていると、篠原はポンと俺の肩をたたく。


「安心してちょうだい。私にとっておきの策があるから」


 気遣いか、はたまた本当に何かいい策があるのか知らないが、篠原のその言葉で俺の気持ちは軽くなる。なぜだろう。あいつに安心しろと言われると、ものすごく大丈夫な気がしてくる。思えば、今までだってあいつのおかげでなんとかなってきた。あいつの言葉には、妙な説得力があるのだ。


 天性のカリスマ性とでもいうのだろうか。


「わかった。それじゃあまた明日」


 俺は篠原に身を任せようと決意して、部室を出て行く。扉を開け、部室を出て行くと、後ろから小さく。


「また明日」


 と聴こえてきたので、同じ言葉を返して家に帰る。

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