第8話迫真の演技
路地に到着すると、篠原は念の為最終確認をする。
「じゃあ柏崎さんが来るまでに最終確認よ。まず一人になった柏崎さんに、新藤くんが襲いかかる。なるべく圧をかけて、逃げられないようにね。そしてすかさず東堂くんが白馬の王子さまさながらに現れて、柏崎さんを助け出し、考える隙も与えず勢いのまま告白。これできっといけるわ」
改めて聞かされるとすごい適当な作戦だ。先ほどの感化された力は弱まってしまったのか。
「う、うまくいくのか……?」
直人は不安そうに呟く。そんな直人の弱気発言を耳にした篠原は、優しく。
「不安?」
とだけ問いかける。篠原に心配された直人は、男の意地なのか。
「いや、全然不安じゃねぇ」
強く否定する。しかし篠原は、直人のやる気を高めるため、一人呟くように話し始める。
「誰しも危機的状況に陥ったら冷静ではいられないわ。それも、平和を謳歌する学生なら尚更に。正直今回の作戦。私が言うのもなんだけど、適当もいいところよ」
本当にお前が言うのもなんだなとツッコミたくなるが、野暮ったい気がして抑える。
「冷静に考えたらおかしなことだらけよ。でもね、きっと襲われてる最中はおかしいことに気がつけない……」
「何が言いたいんだ……?」
直人が篠原の真意を聞くと、篠原は無表情のまま。
「結局この作戦。付き合うまでよりも、付き合った後の方が大変と言うことよ。今回のことがヤラセだとバレても、彼女に愛想を尽かされないほどの信頼を勝ち取らなければいけない。だから、こんなところで弱気になってる暇なんてないのよ」
篠原なりの不器用な励ましに、直人は「おう!」と又してもやる気を取り戻す。そんなやりとりを交わしていると、例の柏崎が学校側からやってきた。
目の前に現れるとより一層緊張感が増して、手汗が溢れてくる。今回の作戦の肝は、どう考えても俺だ。ぶっちゃけ直人の演技はさして重要ではないと思ってる。俺がどれだけ柏崎をビビらせられるか。
その度合いによって、作戦が成功するか失敗するか別れる。柏崎が路地に入ったのを確認すると、篠原が悪い笑みで告げる。
「今よ! さぁ新藤くん。めいいっぱい恐怖のどん底に落として来なさい」
恐怖のどん底って……。俺はサングラスをかけると、ゆったりと柏崎の元へ歩いていき、声をかける。
「ねえ、ちょっと暇? 暇なら付き合ってくれない?」
いきなり後ろから俺に声をかけられた柏崎は、その場で止まると不審人物を見る目つきを向けてくる。
「えっと、今日は塾があるので……」
それらしい言い訳で逃げようとする柏崎。明らかに動揺している。ここで逃げられるわけにはいかない。俺は無理やり柏崎の手首を握ると、
「時間はとらせないから!」
無理やり引っ張る。流石に柏崎も自分の状況を理解したのか、先ほどよりかは怯えるような顔をして、今にも泣きそうになる。う……俺の良心が痛む。思わず手を話してしまいそうになるが、でもまだダメだ。もう後には引けない。
後もう少しだけ。そう、もう少しだけ怖がらせないと……。。
何も声を出さず、ぐいぐいと俺の手を離そうとする柏崎。俺はその瞬間、路地の壁に思いっきり蹴りを入れる。ドンと一際大きな音が鳴り響き、狭い路地に音が反響して、柏崎は今にも泣き出しそうになる。
今だ! 今しかない。俺はチラッと直人の方を一瞥すると、アゴでこっちに来いとジェスチャーを送る。俺に合図を送られた直人は、走って向かってくると俺の頬に思いっきり拳をめり込ませた。
え、まさかの本気!? 俺は驚きとともに、地面へずさぁーと転がり、直人は柏崎の手を掴んで。
「こっち!」
と言い路地を抜けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます