閑話 13.5話
ジェット達が捨てられた牢獄に似つかわしくない、楽しい食事会を開催している間、母は一人夕食の準備に勤しんでいた。この城には紅茶やパンはあるが、肉は無い。ならば当然、狩って来るしかないのだ。
彼女は現在城の周りの結界を超え、森の奥深くまで獲物を探しに来ている。弓矢などは持たずに大振りのナイフを一本、左の腰に装備している。狙いはこの森で一番美味しい緑猪だ。全長3mを超える巨体を持つ魔獣だが、気性は極めて臆病であり、大きい耳と鼻で敵を感知し爆発的な脚力で逃げ切るのだ。
「ふぅぅーー・・・」
彼女は膝立ちになり、深く息を吐き出す。その動作と共に目がどんどん虚ろになっていった。そのまま30秒ほどじっとしていると、何事もなかったかのように立ち上がり、迷いのない足取りで進んでいく。数百メートル毎にこの動作を繰り返すこと、5回目。今度は、右手で音もなくナイフを引き抜きながら立ち上がった。しかし、彼女の目前に獲物がいるわけではない。焦点の合わない目をしたまま、右手と右足を後ろに持っていき投擲の姿勢を取った。
鬱蒼とした枝葉の隙間から見える山の斜面。全身を覆う緑色の体毛の中で浮いて見える黒い瞳と、彼女の虚ろな青い瞳が交差した。
「――シッ」
弾丸の様な速度で放たれたナイフは、100m以上の距離を一瞬にして飛び越え、緑猪の眼球と脳に突き刺さった。
彼女は、従軍時代からの愛用品と、愛息子のための獲物を拾いに歩き出した。
(随分と深くまで来てしまったな・・・)
城には特定の手順を踏まないと到達できない様になっている。その魔法の効果範囲ギリギリまで彼女は進んでしまったが、実際この森に人は殆ど訪れない。ここからさらに十キロ進んだところにある部族が住んでいるが、奇跡でも起きない限りこの広大な森で鉢合わせることはない。
目当ての品を手早く回収し、決して低くない彼女の身長を大きく上回る獲物を担ぎ上げると、斜面を登りだした。登り切ったところにある大木の枝に、緑猪を吊るして血抜きをするためだ。
「少し、鈍ったかな」
3年前なら造作もなかったこの作業にほんの少しだけ疲労感を覚えながら、獲物を吊るし終わった。血抜きが終わるまで少々暇なので、そこらに居た蛇を魔法で焼いた物を齧る。
丘の上で景色を楽しみながら飯を食うなど、随分贅沢な暮らしだなと思いながら遠くを眺めると、なにかが視界の隅に引っかかった。違和感を覚えた辺りにじっと目を凝らすと、木々の開けたところに焚火の跡と獣の骨が見えた。
「・・・・・・・・・ちっ」
表情を変えずに舌打ち一つすると、手早く焼き蛇を食べきり、血抜きが終わった獲物を回収。城に向かって歩き出した。
魔獣の出る森の中で堂々と野営をしていることから察するに、恐らく部族の狩人ではない。森に棲む者は森の怖さを良く知っているのだ。こんなことはよっぽどの馬鹿か絶対的な自信を持った強者しかしない。そして彼女は強者、正確には強者達に心当たりがあった。
(誕生日の事といい、クソ、嫌なことは立て続けに起こるものだな)
運命が、迫ってきている。
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