22 アリア前侯爵夫人
アリアはとある伯爵家の令嬢であった。母親は海沿いの貿易商を営む男爵の娘で旅の踊り子から生まれた。
その為か運動神経がよく馬術や弓術に優れていた。礼儀作法も素晴らしく、美しい容姿であった。
母親のことで揶揄うものもいたが、誰も彼女を目の前にすると令嬢として遜色ない姿の前に何も言えなかった。
自分とは随分違うなとアリーシャは感じた。
王太后テレサにとってアリアは姉のような存在であった。
幼少時の礼儀作法の先輩として年に1回訪れてきてくれる。色んな話をしてくれてテレサはアリアを慕った。
しかし、アリアは花姫に選ばれることとなり幼いテレサの元へ訪れることはなくなった。
拗ねたテレサにアリアは約束をしてくれた。
秋の狩猟祭で王太后の為に獲物を捕ろうと。だから御守の品、ハンカチを持ってきて欲しいと頼んだ。
狩猟祭で淑女は狩の参加者に自分で刺繍したハンカチを贈るのだ。受け取った参加者は淑女の為に獲物を捕り捧げる。一位になれた参加者の淑女は秋の姫君と呼ばれ人々から称賛されるのだ。女性も参加することがあるというため逆のパターンもある。
テレサは一生懸命アリアの為に刺繍の練習をした。秋になればアリアに出会える。アリアの為に一生懸命ハンカチを作ったのだ。
狩りの日にアリアはテレサからハンカチを受け取った。その時テレサは不審に感じた。
「顔色が悪いわ。大丈夫なの?」
「大丈夫よ。ちょっと楽しみで眠れなかっただけ」
テレサは嫌な予感がしてアリアに参加をやめるように頼んだ。
「いいえ、今日の為に馬術と弓の練習をしたのよ。テレサお嬢様の為にうさぎをたくさんとってくるわ」
今までテレサに寂しい思いをさせてきたのだからこれくらいはしたいとアリアは笑った。
この時テレサは意地でも彼女を止めればよかった。
狩りの途中アリアは馬から転落してしまった。幸い首は無事だったようであるが腰を痛めつけて歩けなくなってしまった。
その日からアリアの人生は一変した。毎夜不眠に悩み、頭痛を患っていた。体調も崩しやすく、突然涙を流す始末。
精神と身体に不調をきたしており、花姫を続けるのは厳しいと辞退することになった。
その後、病院で療養し少し体調が良くなった頃にクロックベル侯爵へ嫁いだ。
その時に王宮へ挨拶に行く来するくらい回復していたようよ。でも、体調は以前よりも弱っていたから、王宮に行く以外は屋敷内で過ごしていた。
そして一児を産んだ時、産褥熱の中命を落とされた。
彼女の全盛期を知る者から残念がられた。
彼女が一番王妃に相応しいと言われていたもの。
落馬事故さえなければ、今の王室は違っていたかもしれない。
それでも、今のクロックベル侯爵の母になれたからよかったではないかという声もあった。
ひととおりアリアの話を終わらせた頃には食事は終わり、お茶が用意された。
アリーシャは手のひらに持ったティーカップの中のお茶を覗き見ながらどう反応すればいいか悩んだ。
アリアが何故呪いをばらまいたか、をずっと考えてみると落馬事件に何かあったのではないかと考えてしまった。
「アリア様は落馬事件前から体調が優れなかったのでしょうか」
「よくわかったわね。そうよ。落馬事件後から不眠症について言われるようになったけどその前からアリアは不眠に悩み、不安神経症に悩まされていた。きっと花姫として色々目に見えない場所で辛い目に遭ったのよ」
だから王太后は自分が花姫に選ばれた時拒否しようとした。親と侍女の必死の説得、サイラス先王にも請われようやく王宮にあがったという。
周りの支えでようやく花姫としての義務を果たすように奮起して、サイラス先王の妃にと無事選ばれ現王を生んだ。
「私だったら耐えられなかったでしょうね。周りの支えがなければアリアよりも早くに堕ちてしまっていたかもしれない」
だから王太后はふとしたときに思い出してしまう。
「アリアに寄り添う侍女がいれば、遠くにいた自分がアリアを支えればよかった」
なのにテレサがアリアに行ったことは駄々をこねるというものだった。花姫などやめて自分の屋敷で一緒に楽しく過ごせばいいと。
「それも1つの道として良かったのではないですか?」
アリーシャは暗く沈む王太后に意見した。
「アリア様が苦しんでいたのであれば、他に帰る場所があったとあなたは伝えられた。それだけでもアリア様は嬉しかったと思います」
アリーシャとしては自分らしくない言葉だと思った。アリアが実際どう思ったかわからない。
それでも目の前の落ち込む老婆に何も声をかけないのはつらかった。
「そう、ありがとう。あなたは優しいのね」
「私は……優しい人間ではありません」
評価が良いのはあまり心地よくない。王太后が思うような人間ではないのだから。
泥姫と呼ばれ、身分低い侍女にまで軽んじられ腹を立てものや人に当たり散らす嫌な女だった。その姿は自分が幼い頃畏れ嫌った母の姿に近い。
「あなたの王宮に入ったばかりの話は聞いています」
王太后はそれでもアリーシャを優しい子と呼んだ。
「だって、そうじゃなきゃ、そんなことは言わないもの」
王太后は立ち上がりアリーシャの方へ近づいた。アリーシャは慌てて椅子から立とうとするが、王太后はそのままでよいと笑った。
「あなたは頑張り屋さんね。でもどうしていいかわからないとついつい子供のように暴れちゃう。その時は周りを頼りなさい。ドロシーは見た目よりもずっと頼りになる私の自慢の子よ」
そういいながら王太后はアリーシャの頭を撫でた。自分の頭を撫でる人間は少なかった。隣人の女性が数回撫でた程度だろう。
「あ、ドロシーはもちろん私の子という意味じゃなくて侍女の娘なのよ。年齢に合わずとてもしっかりしてて私よりも物知りさんなの」
変な言い方だったと王太后は慌てて訂正する。
「王太后様……」
「何かしら」
「言い忘れていましたが、アンジェリカをありがとうございました」
今言わなければいけないことをふと思い出しアリーシャは例のぬいぐるみのお礼を述べた。それに王太后は嬉しそうに笑った。
「アンジェリカもあなたを守ってくれるわ」
きっと自分の祖母が生きていればこんな感じだったのかなとふと考えてしまう。王族の、国母に対して考えることではないが。
この時はじわりと熱いものがこみあげてくる心地がした。
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