13 教会の少年
テレサは夏が好きだった。
夏の日差しを遮る木の陰で、湖の光景を眺めながら本を読んでもらうのがテレサは大好きだった。
それ以外にもテレサが夏を好きになる理由はあった。
大好きなアリアが夏になるとテレサの棲む田舎の屋敷へと遊びに来てくれる。
10歳離れているがアリアはテレサの面倒をよくみてくれていた。
良き姉のような存在であり、礼儀作法をよく教えてくれて、本を読んでくれて、そして魔法をみせてくれる。
テレサは無邪気に彼女を慕った。
なのに今回の夏は、テレサは悲しくて泣いてしまった。
「テレサお嬢様、レディーになるのだから笑って見送って欲しいわ」
アリアは笑って、ハンカチでテレサの涙を拭いた。
「これじゃあ、あなたが心配で王宮に行けないわ」
「行けなくてもいいじゃないの。アリアはずっとここにいればいいわ。秋になっても冬になってもここにいて」
「ダメよ。来年の春には花姫として王宮にあがらなきゃいけない。その準備で秋には帰らなきゃいけない」
花姫は大事な大事な儀式なの。
アリアは花姫選定の儀式に参加して、選ばれれば王宮に行ってしまう。だからもうテレサの棲むこの田舎にはやってこないのだ。
「何よ、アリアの馬鹿。そんなにお妃になりたいの」
「そうね。一族の宿願ですもの」
否定はしない。
「ほら、テレサ。じゃあ、こうしましょう。来年の秋に狩猟祭が行われるわ」
春と秋にそれぞれ大きな狩猟祭りがおこなわれる。どちらも王宮が主催するものだ。
狩りの出場者は淑女にハンカチや御守を送られて、誓いを立てる。獲物を得たら淑女に献上する。その場を借りて求愛することもある。
女性も参加でき、花姫が参加する例もあった。男装の麗人で人気が高かったという。
「私はそれに参加するからあなたは私にハンカチを送るの。そしたら私はあなたの為にうさぎを捕ってきてあげる」
「それが何になるのよ」
テレサはぷくーっと頬を膨らませた。
「あなたのことが大好きって意味よ。みんなにも知らせるの」
アリアが自分の為に獲物を捕ってきてくれて大好きと言ってくれる。男装の彼女はきっと凛々しくて素敵だろう。それを独り占めにできると聞いて悪い気がしなかった。
「じゃあ、約束よ」
機嫌が直ったテレサをみてアリアはほっとした。
「ええ、私の可愛いテレサ。だから、私がいなくてもいい子にするのよ」
「わかった」
テレサはぎゅっとアリアに抱き着いた。
「じゃあ、今日は私と一緒に寝て。森のくまさんを歌ってぽんぽんとなでるの。私が寝るまでよ」
やはり甘えん坊の彼女にアリアは微笑み頭を撫でた。その微笑みは慈愛に満ち優しいものであった。10歳年下の自分を慕う少女を本当に可愛いと言わんばかりに。
◇ ◇ ◇
ジュノー教会を訪れる最中、アリーシャは馬車の中で揺られながら昨日みた夢を思い出した。
全く記憶にない少女二人の会話であった。
「何であんな夢をみてしまったのかしら」
もしかして昨日のローズマリーの告白の影響で、変な妄想が夢になって出てしまったのだろうか。
花姫になる予定のアリアという少女、それより10歳年下のテレサの微笑ましい会話である。不純な様子が一切ない疑似姉妹の関係。
でも少し寂しく感じて、朝方目を覚ますとアンジェリカが慰めるように寄り添っていたように思えた。
ジュノー教会に到着してアリーシャはお祈りを捧げ、教会の人に用件を伝えた。
「わかりました。シオンさんに渡しておきましょう」
シオンの職業に関わった事情も理解しており、神父はアリーシャから紳士用の上着を預かった。
「シオン様はこちらにいらっしゃるの?」
「はい、熱心な方でよくお祈りに来ておりますよ」
「今日は来られるのかしら」
「今日は忙しいようなので来られないと連絡がありました」
残念である。彼には改めてお礼を直接言いたかった。
建物を出て、突然頭上から少年が声をかけてきた。
「ねぇ、君……シオンに会いに来たの?」
フードで顔を隠している少年、仕草からあのパーティーの後シオンと一緒にいた少年だと気づいた。
「そうよ」
「残念だね。明日は来るんだ」
くすくすと馬鹿にされたように笑われ、思わずむっとする。
「シオンがあの時言ったこと間に受けちゃだめだよ」
あの時というとどのときだろうと思い出す。
感情が爆発した後にシオンはアリーシャにいった。
あなたが出たいというのであれば、一緒に出ますか?
「シオンは優しい子だから君の哀れな姿をみてちょっと慰めようとしただけだ。だから、期待しちゃだめだよ」
言われずともわかっている。
しかし、子供に釘を刺されてアリーシャは面白くないと感じた。
幹を蹴って木を揺らして落としてやろうか。それとも物を投げつけてやろうか。
すぐに首をふるふると横に振った。回帰前と全然変わらない自分の思考回路にうんざりする。
「そうね。シオンはとっても紳士的で優しい方だわ。こんな上から目線で物を言われなければ、勘違いしちゃっていたわ。忠告してくれてありがとう」
嫌みを嫌みで返してやる。おまけにありがとうという皮肉つきである。
それを聞き少年はするするっと木から降りて来た。
アリーシャの発言で自分の態度を改めたのだ。
「悪かった。確かに偉そうにしていた」
そう謝罪する姿で案外素直なのだなと感心した。
「あわわ」
今までじっと黙っていたドロシーが気づいたかのように頭を下げた。そういえば、いつもの彼女であればこの失礼な少年に対して何か言いそうな気がする。彼女は記憶の棚を必死に探り出し少年のことを思い出したかのようだ。
「何、どうしたの?」
「アリーシャ様、こちらはエレン殿下です」
エレン、殿下という敬称つきにしばらく首を傾げた。
殿下ということは王族なのだろう。
そういえばヴィクター王太子には弟がいると聞いた。
幼少時に発症した病気が元で療養の為に教会へ預けられている。きっと神の怒りに触れたのだと教会で祈りを捧げる日々を送っている。
名前はエレンだったと思う。
アリーシャは今更ながらエレンに対して礼をとった。
「王宮外だから必要ないよ」
まさかエレンが預けられているのがジュノー教会とは知らなかった。
「それもそうさ。王宮じゃ僕の名前を出すのも嫌がっているから。何だっけ、ロマ神の怒りを買ったから名前を口にしただけで災いをもたらすと」
「くだらない話ですね」
ぼそっとアリーシャは呟いた。聞こえたようでエレンは苦笑いした。
エレンも特に気にしていないようであった。
「ドロシー、おばあ様はお元気かい」
「はい。王太后様は元気いっぱいです。エレン殿下の様子を聞けばきっともっと元気になるでしょう」
どうやら二人は顔見知りのようである。
「おばあ様は僕のことを気にかけてくれて毎年ロマ誕生祭の時にプレゼントを贈ってくれるんだ。その運び屋がドロシーだった。去年も会ったと思うけど、僕に気づくのが随分遅れたね」
「ええ、すみません。だって殿下が木登りできるなんて思いませんでした」
「そうだね。去年は木の幹も肌が荒れるかもと触るのも嫌ったよ」
病弱だったのは本当のようだ。噂では教会の奥で引きこもっていて日の光も浴びない生活を送っていると聞いた。
「王太后様がお喜びになります」
「まだ黙っておいて欲しい。あの人は大騒ぎしてしまいそうだ。騒ぎになったら色んな人が教会にやってきて面倒くさい」
エレンはしぃっと内緒にするように忠告した。
「君もだよ。アリーシャ。言ったら許さないから」
「大丈夫です。言う相手がいません」
「それもそうか」
あっけらかんと笑う少年の言葉にいらっとする。だが、王宮で受けるような嘲笑とは異なりそこまで苦には感じなかった。彼からは悪意というものが感じられなかった。
「それではシオン様によろしくお伝えください」
そう言葉を交わし、アリーシャは馬車の方へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます