10:最終日

「圭太、決着はついたのか?」

「おう」


 今日の分の試合が全部終わったので、俺は二日目にして初めて会場の外へと足を運んでいた。


 会場の周辺は様々な屋台が立ち並んでいて、大規模な祭りの様相となっていた。


 待ち合わせ場所に行けば爺ちゃん達がいて、いの一番に爺ちゃんがそう尋ねてくる。一昨日ぶりだというのに、実際に顔を合わせるのが随分と久しぶりに感じる爺ちゃんに俺は首肯した。


「もう大丈夫だ。心配かけて悪かったな」

「…うん、だったら良し!」


 爺ちゃんは大きくうなずいて話を終わらせてくれた。


「…えへへ、圭太君。かっこよかったです!」

「…そりゃよかった」


 唯一色々込み入った事情を知っている陽菜からそう言われて、俺は居た堪れなくなってそっぽを向いた。爺ちゃんと婆ちゃんも穏やかな顔をして何も言わずにいてくれる。


 さて、これで今日の試合は終わりだ。後は明日に向けて英気を養うだけである。


 とりあえず今日は門限いっぱいまで遊びたい気分だ。


 気が付くと爺ちゃん達は鬼月やリリアを連れて一足先に遊びに行ってしまったので、陽菜と二人だけで祭りみたいに屋台が並ぶ会場内をブラブラと歩く。


 楽しい時間になるはず…だったのだが。


「狐面ですよね!?ファンなんです、握手してください!」

「サインください!」

「アドベンテレビの者なのですが、お時間よろしいでしょうか!?」


 と、俺の顔を見て集まってきた人に飲まれて、俺は撤退を余儀なくされたのだった。


 人がいない会場内の場所に何とか逃げ込むことができ、俺は祭りで買った仮面ライダーもののお面で顔を隠してどんよりとした雰囲気でうなだれていた。


「…疲れた。今日で一番疲れた…」

「まさかこんなに人気になってるなんて、知りませんでした…あの、服を売ってるところもありますので、パーカー系のものを買ってきます。フードとお面を付けてたら、流石にバレないでしょうし…」

「ああ、頼んだ…」


 陽菜に水を渡されたり椅子に座らされたりと介抱を受け、何とか体力を回復出来た。また、陽菜が会場に消えていくのを俺は見送った。


 しかし、この人混みの中陽菜を1人で行かせてしまってよかったのだろうか。


「…心配だ。やっぱり追いかけようかな…」


 という訳で立ち上がると、不意にすぐ近くに人がいる事に気が付いた。


 フードを被った女だった。


「…圭太。久しぶり」

「…お前、もしかして加奈子か?」


 フードから覗くその顔は、酷く暗く顔色も悪いものだったが、幼いころから見慣れた少女のものだった。


「悪いけど用事があるんだ。それじゃあな」


 俺は嫌な予感がしてベンチから立ち上がった…が、手を掴まれる。


「…待ちなさいよ。話したいことがあるの」

「…手短に済ませてくれ」


 俺はげんなりした表情で、仕方なく愛原に向き合う。とりあえず手は振りほどいた。


 愛原は俺が座っていたベンチに座って、小さくつぶやいた。


「圭太と裕二の試合、凄かったね」

「見てたのか」

「うん。二人とも、凄い強かった…それに比べて、私はもう駄目みたい」


 愛原の顔が歪む。


「もう知ってるかもね。私、失敗しちゃったの。前回の崩壊ダンジョンの時に、ボス攻略中に出しゃばって、けが人も出しちゃった。活動もしばらく禁止だって、団長から凄い怒られた」

「…」

「圭太がいないと何もできない奴って言われるのが嫌で、圭太と縁を切ったのに、その結果がこれよ。情けないったらないわよね」

「結局、なにが言いたいんだ」


 そう問いかけると、愛原はボロボロと泣きだした。


「…やっぱり、撤回できないかなって…あ、謝るから…仲直りしてよ…」

「…はあ…篠藤といい、お前ら、学校の外で活動してきたんだろ?何やってたんだ、今まで」


 俺は後頭部を掻いて、愛原に口を開いた。


「甘えるなよ。縁切りだけじゃない。明らかに悪意マシマシで悪口言ってきたんだ。そう簡単に元通りになる訳ないだろ。例え幼馴染だったとしても、あそこまで言われちゃ愛想も尽きるってもんだ」


 そそのかされたからと言って……その言葉はひっこめた。愛原は馬鹿じゃない。


 篠藤の思惑には薄々気づいていただろう。気づいたうえで、自分の意思で篠藤の案に乗ったのだ。


「…」


 言い返してこない。久しぶりだな、こんな状態のこいつを目にするのは。親からもらった人形を無くしてしまったり、友達と大喧嘩をしてしまったり、とにかく失敗すると、コイツはこうしてめそめそと泣き続けるのである。


 そしてこういう時、俺は必ずと言っていい程愛原をフォローしていた。愛原は妹のようなものだったし、それが幼いころから続けてきた慣習でもあったのだ。だから俺は何の疑問もなく愛原を慰めていたのだが。


 でも、今はもう既にそんな関係ではないのだ。何よりもあんな関係は、今思い返せばお互いの為にならないものだった。


 仲直りなんて都合のいいこと、出来る状態ではなくなったのだ。


「お前一つのパーティーのリーダーやってんだろ?仲間の命を預かる身分で、何他所のパーティーのリーダーの前で泣いてんだ。お前の仲間は今なにやってんだ?」

「…知らない…連絡は、くれるけど…」

「失敗してもまだ連絡くれてるってことは、見捨てられたわけじゃないんだな?だったら、今は他人の俺に構うより、仲間に目を向けた方がいいと思うぞ」


 流石に今から陽菜を追いかけても間に合わない。俺は壁に背を付けてそう言った。


 ただ、愛原は動く気配が無かった。静かに泣いている。俺はまた重々しく息を吐きだした。


「…一回めそめそし出したらずっと引きずる癖、直した方がいいぞ」

「…ごめん」

「…時間が経って、色々のみ込めるようになったら、一回飯でも食いに行こう。そんくらいの関係が俺らには丁度いいんじゃないか」


 俺の言葉に、愛原はしばらくして小さくうなずいた。


「…っく…ぐすっ…分かっだ…っ」


 愛原はその後、しばらく泣いていたが、ゆっくりと立ち上がってふらふらと人混みの中に消えていった。


 俺はその小さな背中を見送って、天井を仰いだ。


 人生ってのは、どうしてこうも平常心でいさせてくれないものなのか。


「お、お待たせしました~!パーカー買ってきましたよ!」

「圭太君、やほ~」

「よぅ、神野」

「神野っち、久しぶり~」


 陽菜がやってきて、俺にパーカーを渡してくれる。


 そして、そんな陽菜の後ろには綾さんがいた。ギャル二人も一緒にいる。


「…なんで綾さん達が?」

「偶然そこで会ったので、連れてきちゃいました!」

「連れてこられちゃいました~、圭太君、準決勝進出おめでとう~!」

「な、なるほど…」


 綾さんのお祝いの言葉に、俺は素直に嬉しくなる。


「圭太君、かっこよかったよね~、陽菜ちゃん!」

「かっこよかったです~!」


 陽菜と綾さんがきゃっきゃと笑う。


「神野、お前婚約者いるんだったら先に言えよな~!」

「そうだよ~、ぬか喜びさせて、神野っちってば罪な男~!」

「…陽菜?どうして言っちゃったの?ねえ陽菜…顔を反らすなおい…!」


 そうしていると、ふと陽菜が俺の顔色をうかがってきた。


「えへへ、折角だから皆で遊びに行った方が楽しいかなって…あの、迷惑でしたか?」


 質問には答えてくれないらしい。俺は小さく息を付いて、諦めたついでに返事を返した。


「…んにゃ、そんなことはないよ。それだったら、坂本の奴も呼んでやるか」


 俺は笑って、パーカーを羽織って立ち上がった。


「よし、今日は俺のおごりだ!全力で遊ぶぞ!」

「お~、神野っち太っ腹~!」

「ごちになりまーす!」


 という訳で、準備もできた所で俺はやっと会場に遊びに出る事が出来た。


 坂本も途中で合流して、心行くまで屋台を楽しんだのだった。


 さて、門限になって部屋に戻ってきて、俺はベッドに腰掛けながら、意識を入れ替えて次の試合の相手について考えていた。


 明日は準決勝、そして決勝か。とりあえず四位以上は確定だな。


 だが賞品の中に交じったカースドアイテムを得るためには、やはり一位を取らないと確実ではない。


 勝ち上がったのは俺、魔法剣士のルイン、優勝候補筆頭の竜水さん、そして優勝候補として名前は上がらなかったが、運も味方して勝ち上がってきたレベル6の冒険者が1人。


 対戦相手は明日のくじ引きで決まるらしいから、今はとにかく全員の映像を見て研究するしかない。


 さて、どう戦うか。備え付けのモニターをじっと眺める。まずはルインの試合の動画を研究しながら、思考の海に没頭したのだった。




10:最終日 準決勝




 次の日。朝から陽菜たちが通話で応援してくれた。朝から大人数は迷惑という事で、陽菜や鬼月、リリアといったパーティーメンバーだけだ。


 そこに要さんも入っていて、俺は目を丸くしてしまった。


『やっほ、圭太』

「要さん、おかえり。怪我無さそうで良かった」

『何言ってんの、当然でしょ?圭太こそちゃんと勝ち残ってるようで感心だわ。その調子で優勝までいっちゃいなさい!』

「…もちろん」


 要さんの言葉にうなずきながら、ふとその顔を見る。やっぱり少し疲れているようだ。


「色々あったみたいだけど、大丈夫?」

『問題ないわよ。ちょっと謝罪配信に連れ出されそうになったり、口論したりしたけど、まあおおむね円満に辞めてきた』


 それは円満と言えるのだろうか?まあ、本人がそういうなら、今この場ではこれ以上何か言うのはやめておこう。要さんなら言いたくなったら自分から言うだろう。


 いったん話が終わったのを察知したのか、鬼月が近づいてきた。


『ケイタ、他の出場者についてはチェックしたカ?』

「ああ。何度も見たよ」


 まず竜水だが、彼は恐らく剣を強化するスキル、それから移動系のスキルを所持している。一気に加速したり、または減速したりなど、明らかに物理法則を無視した動きを駆使して敵を翻弄するスタイルだ。


 加えて、これは非常に驚くことだが、王竜水は設定した剣技を一切見せずに戦っていた。


 【竜王剣術】の特徴は見た感じ威力重視の重い剣筋だ。それを一気に加速させながら叩き込んでくる。故に、よほどの理由が無ければ剣技もまた威力重視のものになってくるだろう…が、予想できるのはそこまでだ。実際に何が飛び出してくるかは分からない為、十分に警戒しておかなければならない。


 次にルインだが、ルインの戦闘スタイルは非常に厄介だ。


 彼女は魔法剣士だ。だが、遠距離はあまり行うと評価点が下がって失格になってしまうので、一応近接戦闘で絞ってはいるらしい。


 氷を纏った刃での連撃が特に強力。掠りでもしたら身体が冷えてしまって、動きが鈍くなってしまう。


 他にも氷のオブジェで設置物を作って攪乱したり、地面を凍らせて機動力を削いできたりと搦め手もよく使う。


 時間を与えてしまえばとことん不利になってしまう相手だ。出来れば短期決戦を仕掛けたいところだが、相手もそれは重々承知していることだろう。上手くいくかどうか。


 彼女の弱点と言えば評価点が低くなりがちな所だろう。お互い決着がつかず時間制限を超えてしまった場合、試合はそこで終わりとなり、評価点が高い方が勝ち進むというルールがある。


 今の所このルールが必要とされた場面は無いものの、もしそうなってしまうと対策をしているとはいえ魔法を武器として扱うルインは評価点が低くなってしまいがちだ。


 …まあ、とはいえルインの戦闘スタイルを鑑みれば、時間が経てば経つほど相手を追い詰める事が可能となる。その為時間制限を超える事なんてほとんどないので、この弱点はあってないようなものだ。むしろ弱点というのもおこがましいかもしれない。


『ケイタのスキルに氷の魔法に有利なものはないからネ。技量で圧倒するしかないヨ』


 とは鬼月の言葉だ。参考にさせてもらおう。


 次に無名のレベル6、田中選手だが…こちらは分かりやすい。薙刀でリーチを生かした守りの戦い。相手のリーチに入らず、こちらは隙を見てのヒット&アウェイを繰り返す。


 確かに順当に強い戦闘スタイルだが、それが通用するかというと正直首をひねらざるを得ない。


 何せ彼は一回戦目で相手が体調不良で棄権、二回戦目で運よく自分と同じレベルの冒険者に当たって辛勝、三回戦目はラッキーパンチが当たって勝利と、運に味方された要素が強すぎた。


 もしくはその運そのものがスキルによるものなのか…俺の例もあるしな。まあ、どちらによるものかは次の試合で披露してくれることだろう。


『ケイタ、頑張れ!』

「リリアもありがとうな…っと、そろそろ時間だな」


 最後に陽菜が顔を出してくる。


「じゃ、頑張ってくる」

『はい!いってらっしゃい、圭太君!』


 力強くうなずいて、俺は接客スペースを出て会場へと向かった。


『ついに今日という日がやってきた!この大会もついに大詰め、ここから先はまさしく異次元の戦いを見ることができるでしょう!第6回近接術大会、二日目がたった今始まりました!』

『選抜、そして強敵ぞろいのトーナメントを制し、この場に残った上位四人の冒険者!今日、この大会の頂点に立ち、歴史に名を刻む者は一体誰なんだ!?さあさあ、早速選手達の入場だ!』


 俺を含め、生き残った四人の冒険者が舞台に上がった。観客席は満員御礼状態で、凄まじい程の歓声が響き渡っている。


 正直めっちゃ緊張してる。ここは戦場だと言い聞かせる事で何とか落ち着こうと努力してはいるものの、こういう儀式的な行動はどうにも苦手だ。


 横を見ると、俺以外の選手がいた。そのうちの1人が顔を真っ青にして震えていた。俺よりも緊張している人を見つけて少しだけ肩の力が抜ける。


『では紹介していきましょう!まずは運を味方につけた幸運の紳士!田中選手!』

「…!」


 薙刀を手に持った中年の男性。防具は和風だ。青ざめさせた顔が、もはや真っ白に染まり始めている。


『そして、氷の女王にして華麗なる魔法剣士、『ルイン』選手!』


 優雅に白色の髪を払い、冷静そのものな顔を見せる妙齢の女性。腰にレイピアを差している。


『その実力は言うに及ばず!今大会一の成り上がり、首狩り『カミノ』選手!』


 俺は…まあいつも通りだ。若干緊張しているかもしれない。


『そして最後に、この男こそ優勝候補筆頭!今を生きる神童、王竜水選手!』

「いえーい、皆見てる~?」


 そして、最後に竜水は、狐のような糸目をにこやかに微笑ませて、色めき立つ観客たちに手を振っている。


『それでは、選手たちに意気込みを聞いていきたいと思います!まずは田中選手から!』


 お姉さんが出てきて、マイクが渡された。


『は、はい!わ、私は、ここまで来てしまったからには、ゆ、ゆ、優勝を目指して頑張りたい所存であります!よ、よろしくお願いいたします!』


 次にルインにマイクが渡った。


『優勝するのはこの私です。どうぞよろしく』


 ルインが王に顔を向けてそう宣言した。


 次に俺だ。


『優勝を目指して全力を尽くしたいと思います』


 こんなもんでいいだろう。そして俺が言い終えると、会場のいたるところから『狐面さーん!』と声が聞こえてきた。思わず固まってしまうが、何とか持ち直してマイクをお姉さんに返す。


 そして最後に王だ。


『もちろん、目指すは優勝ですが、何よりも僕はこの大会を心行くまで楽しみたい!なので、欲を言えば、戦いたい人と戦えたらそれが最高なんだけどなぁ、と思います。ね、カミノ君!』

「…えっ」

『まあそういう事なので、皆さんも最後まで楽しみましょう!あ、ついでに我覇真団長も、是非楽しんでくださいね~!』

『うむ!しっかり見ておるからな、竜水!』


 解説席に座る人は全員が名の知れた一級冒険者か、上位の冒険者ばかりだ。


 そのうちの1人であり、ネームバリューも一二を争う我覇真という冒険者は、竜水が加入しているクランの団長だ。


 食堂で会った時から目を付けられてるとは思ってはいたが、こんな場所でそんな目立つことはしてほしくはなかったというのが本音だ。胃が痛い…。


 と、ふと視線を感じてそちらを見ると、ルインさんに睨まれていた。すぐさま視線を逸らす。


 うーん、これは波乱万丈な事になりそうだなぁ~…。

 

『では本日のスケジュールを確認しましょう!午前に優勝に進む選手を決めるために、2回の試合が行われます!そして午後に、三位を確定させる試合、そして最後に優勝を決める試合が1回、計4回の試合が行われます!また、午前と午後の間に、『魔力操作自慢大会』、『イレギュラー近接最強決定戦』の決勝戦が行われます!また、スキルを使用した雑技団パーティー『ルーンフォレスト』の皆様のパフォーマンスも行われます!』


 目白押しだな。最終日ということで気合が入っているのだろう。


『早速一回戦目のくじ引きを始めましょう!では、丁度マイクも持ってるし王選手!そのままどうぞくじを引いてください!』

『りょうかーい。よいしょっと』

『…対戦相手が今、決まりました!自動で二試合目の対戦相手もそのまま決定します!では、試合が始まるまで少々お待ちくださいませ!』


 という訳で、試合の準備が始まる。俺達は舞台から降ろされ、そのまま控室へと移動したのだった。








 私の名前は田中。ハローワークで紹介された職業訓練校冒険者科コースを見て、衝動に任せてサビ残大好きブラック企業を辞め、冒険者になって丁度8カ月になった新人冒険者だ。


 冒険者の世界はきつかったが、どうやら私には平均並みだが素質があったらしい。8カ月が経過した今では活動も少しずつ軌道に乗ってきていて、同年代の冒険者達と毎日楽しく冒険に出かける日々を過ごしている。


 今、私は新人冒険者限定の大会に出ている。丁度暇な時期に開催されていたので、記念に出てみようかと思ったのだ。


 とはいえレベル6の私はあまりにも弱い。予選通過も厳しいんじゃないかと思っていた。


 だが、何故か知らないけど行けてしまった。選抜試験では防御重視で逃げ回っていたら一人だけ残ってしまっていた。


 二日目のトーナメント戦でも、悉く優勝候補を避けての対戦となったうえに、相手が不調で棄権したり試合中にチャンスが巡ってきて倒せたりと幸運が炸裂して勝ち上がってしまった。


 そしてついに、私は三回戦目も突破して準決勝へと駒を進めてしまったのである。


 正直、私は震えている。


 私はあまりにも場違いすぎではないか。


 優勝候補筆頭の王竜水。


 華麗なる氷の女王ルイン。


 首狩り狐面のカミノ。


 平凡な冒険者の私では、レベルもスキルも通用しない相手ばかりだ。


 落ちるのが怖ければ高い所に行かなければいい。私はいつしか聞いたそんな言葉の意味を身をもって理解した。


(…いや、弱気になるな、田中英明、38歳!)


 調子が良いのは確かなんだ。


 次の試合で優勝候補筆頭の王君以外を引けば、案外何とかなるかもしれない。これまで何度も運に助けられたのだ。だったら今日も運でいい所までイケるかもしれない。可能性はゼロではない。


 仲間にあれだけ応援されたんだ。このチャンス、絶対にものにして見せる!


 そ、そうだな…有名ではあるが、まだ名を挙げて間もないカミノ君が良いかもしれない。彼は何故か首に執着しているようだから、首さえ守り切れれば多少は勝ち目を見つけられるかも。


 ルイン君の広範囲の氷の斬撃や、王君の圧倒的な破壊力よりかはマシだろう。


 狐面来い、狐面来い!王君がくじを引く様子を、私は血眼になって見つめた。


 そして、モニターに映し出された私の対戦相手。


 そこに書いてあった名前は…『王竜水』だった。


 糸目の好青年と目が合って、笑顔で手を振られる。


 …はい、終わった終わった。


 家に帰ったらビール飲も。







『なんと、10秒もせずに決着がついてしまった~!田中選手の幸運もここまでだ~!』

『王竜水選手は、やはり安定した強さを見せてくれました。田中選手もレベル差がある中一撃だけとはいえ優勝候補の攻撃を防ぐことが出来たのは、大金星という他ないでしょう』

『なるほど、今後の成長に期待です!それでは、王選手は決勝へと、田中選手は三位決定戦へと駒を進めました。まだまだ大会は続きます!両者共に頑張ってほしい所ですが!次の試合はルイン選手VSカミノ選手!時間は10時ちょうどからになります!』


 歓声が響き渡る会場。


 要の隣で陽菜が壁に囲まれた関係者席でぱちぱちと拍手をしていた。


「ありゃ…まあ、相手が悪かったわよね」


 要から見て、田中は幸運というだけでなく、生存本能が高く防御がうまい冒険者に見えた。ただそれでも王竜水にとっては焼け石に水だったらしく、勝負は一瞬で付いてしまったようだ。


「田中さんっていう人も頑張ったようですが、王さんには勝てなかったようですね。圭太君と戦うのは、やっぱり王さんになりそうです!」

「ま、そうでしょうね。その前にルインを倒さなきゃいけないだろうけど…圭太なら大丈夫でしょ」

「もちろんです。圭太君が負けるわけないです!」


 目を輝かせてこちらを向いてくる陽菜に、要は笑った。


「そーね…こっからどうする?次の試合まで1時間ちょいあるけど」

「本当は圭太君の所に行きたいんですけど、圭太君は今日は一日中控室にいなきゃいけないらしくて、会えないんですよね…」

「そうなんだ。なら、私は会場でも見てこようかしら…昨日までダンジョンに潜ってたから、沢山食べたい気分なのよね~。食事は即席だけだったし…圭太がいれば途中で食材アイテムが手に入るんでしょうけど…」


 鬼月やリリアは既に会場でご飯を買ってきたらしく、専用のテーブルで楽しそうに会話している。ついでに坂本や綾たちなど、友人組もそろっていて、祖父母と孫とその友人たちの団欒が出来上がっていた。


 鬼月と坂本は冒険者好きで通じ合ったらしく、圭太が勝つにはどうするべきか、王竜水のスキルの予想など、尽きない話題で延々と議論している。


 リリアは綾やギャル二人をたいそう気に入ったらしく、ずっと話をしていた。そこに何故か完全に自然な形で神野家の祖母が混ざって若々しく笑い合っている。


 要はそれらを見て、中に入りたいとは思わずにそう言った。それを聞いて、陽菜が小さく手を挙げた。


「あ、だったら、私も行きます!美味しい屋台があるので、紹介したいです!」

「そうなの?じゃあそこに行きましょうか」


 そう返して、要と陽菜は保護者である神野の祖父母に一声かけて一緒に外に出る。扉を出ると関係者席に通じる廊下が伸びていた。ここは選手たちの関係者しかいない為、人通りが少ない。


 歩いていると、要はふと朝の事を思い出した。圭太に寄り添うようにする陽菜と、それを完全に受け入れた圭太の顔だ。


 あれは、要が遠征に出る前までは絶対に見られなかった光景だった。この事実は当然要の興味をおおいにそそった。


「ねえねえ、聞きたいことがあったんだった。陽菜、アンタ圭太と何かあったでしょ」

「え?」

「距離、結構近づいたんじゃない?」


 要がニヤニヤと陽菜を抱き寄せた。陽菜は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「べ、別に、そんなことは…」

(…あらら。これはマジかもしれないわね…)


 陽菜の態度に、要は確信を得た。


(妹分が恋を知る時期か~。そりゃ来年には高校も卒業するわ。私も年を取ったわけよね…)

「…本当、アンタたちの甘酸っぱい所見てると心が洗われるわ~。昨日とか、特にきつかったから…」

「…やっぱりまだ疲れが残ってるんじゃ」


 陽菜は要を気遣った。要の事情は知っていたし、前のパーティーが謝罪配信をしたということも耳に挟んでいた。要が帰って来てからも、疲れが残ってはいないか心配だった陽菜はそう尋ねた。


「まあ、ぶっちゃけ今回の件は萎えたわね。盗撮された挙句にパーティーメンバーには理不尽に切れられるし、謝罪配信用に謎の文章書かされるしで…『信じてたのに』とか、『処女じゃないなら価値無し、死ね!』とか言われて、怒りを超えてもはや殺意を抱いたわ」

「…そんな酷い事言われたんですか!?」

「ああ、大丈夫大丈夫。もう既に弁護士雇ったから。とりあえず全員処す勢いで行くわ」

「でも、傷ついた心はそう簡単に元には戻らないです。要さん、私にできることがあったら、なんでも言ってください。私にできることは少ないかもしれませんが…要さんの為なら、私なんでもしますので!」

「…逆に、こっちにも迷惑をかけるかもしれないから心苦しいんだけどね」

「何言ってるんですか!私達、仲間じゃないですか!パーティーメンバーとは、苦楽を共にするものです」

「…はいはい。じゃあ、頼りにさせてもらうわよ。ったく、良いわよね、アンタたちは幸せそうで」


 要は陽菜から離れて歩き出した。長い髪が壁になって、陽菜からは顔が見えなくなった。少しして、要は不意に口を開いていた。


「…コムギって覚えてる?」

「はい?…あ、確か、お姉ちゃんのパーティーメンバーの1人、でしたよね」

「そ。私の前のパーティーのリーダーもやってた。一昨日くらいかな。今回の件で、ソイツに『件の男は、アンタの彼氏じゃないか』って聞かれたのよ」

「…それは…」

「アイツにとって、優月はもう本当に終わった存在になったんだなって、実感した」

「…そういうつもりで言ったわけじゃないと思います。だって、コムギさんだって、何か分かったら教えるって言ってくれてましたし」

「どうかしら。本気で助けようって思ってる奴が、顔出ししてライブ配信に熱心になると思う?実際、あいつはもう何もしてないわよ」


 要は既にかつての仲間を見限っていた。


 目的の為にならないなら、要はかつての友人相手でも見限る事が出来る。


 だが、だからと言って平気という訳ではない。要は失う事を何よりも気にする。


 そもそも、要という少女は自由そのものだった。


 彼女は何物にも縛られない人間だった。親は自由なふるまいを許してくれたし、要本人の生来の性格もまたありのままで周囲から受け入れられる。それが当たり前だった。


 また、生きる事で降りかかり得る様々な困難や悩みもまた、要は生まれた時から少なかった。彼女は生まれた時から恋や性愛というものから乖離した人間でもあったのだ。


 だが、それも昔の話だった。


 要はとある人間との出会いで大きく変えられてしまった。


 そして、その途中で要は大きなものを失った。今はそれを取り戻そうと藻掻いている真っ最中だ。だが、どうしても、どう頑張ったとしてもぽろぽろと零れ落ちてしまう事が何よりも悔しかった。


 仲間の事もそうだ。要にとってまだ終わっていない事を、すでに過去のものとして前を向いて生きて変わっていく彼女達もまた、失ったものの中に入れられるのだ。


 今回の件は、その事を要につきつける結果となった。仲間の一人に甘えて所属していたパーティーで、要は最大限の気遣いをしていたつもりだったのだが、最後の最後で失敗した。そしてその仲間の本音を知ってしまった。彼女もまた、あの事件を過去のものにしてしまった。


 失い、摩耗してしまったのだ。


 気が付いたらその場に立ち止まり、吐き出していた。


「今も昔も、私は優月が好き」


 要は顔を伏せていた。


「優月は私の事どう思ってたかは知らないけど……私にとっては、優月は恩人で、親友で……とにかく、大好きな人だった」

「……はい」

「私……私は、やっぱり優月のことをまだ諦められない」


 要の目が陽菜を見た。その目はドロドロとしていた。それと同時に、命を捨てる覚悟が出来た冒険者が宿すような、熱が込められていた。


「圭太は私にとって唯一の頼みの綱なの。圭太の奴、こんな短期間でもう2回も魔神教に出くわしてる……正直、同情するくらい運悪いけど、それ以上に私はチャンスを感じてる。知ってる?瀕死の冒険者が操られて、魔神教の活動に加担させられてるって噂」

「それは…知りませんでした」

「そうよね。結構眉唾だもの。でも、もしそれが本当なら…どれだけ汚れててもかまわない。形さえ無事なら…私はまた、優月と言葉を交わしたい」


 それが要の原動力だった。


 冒険者を続けるのも、魔神教に迫るのも、全てはその為だ。


 陽菜はそれを知っていた。


 要はそこまで言って、目を伏せた。


「…ごめん、こんな事言うつもりじゃ…本当は、祝福してあげたいのに…」


 涙は出ていなかった。ただ、その声は小さく震えていた。


「…いいえ。要さん。お姉ちゃんの事、諦めないでいてくれてありがとうございます」

「…」

「大丈夫ですよ。まだ知り合って二カ月も経ってないですけど、圭太君は仲間の事で中途半端に投げ出したりはしないはずです。私だって、お姉ちゃんの事、まだ諦めてませんから」


 陽菜は要に手を差し出した。


「ほら、行きましょう?要さん」

「…そうね。私、疲れてたみたい…」


 要はその手を取って、人混みへ向けて歩き出したのだった。

 

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