3:成長

「…想像以上だな…」


 プライベートダンジョンの中で、息も絶え絶えになって倒れ伏す少年…神野圭太の姿を見てムラサメはそう呟いた。


 忍者衣装をイメージした、和風の装備を着こなしている。腰に差した刀は高難易度ダンジョンでドロップした自慢の一品だ。


 当然こっちの刀は使っていない。二人とも、練習用に買ってきた廉価の刀を使っているのだ。


 修行に着手し始めて半日が経過した。


 ムラサメはまず最初に、圭太の戦闘力を見せてもらうことにした。


 ただし戦闘力と一概に言っても、ムラサメの言うそれはさらに細かい。


 万全な状態での全力。消耗が激しくなってきた状況での全力。さらに限界を超えて消耗してしまった状況での全力。これらを全て見せてもらうことにしたのだ。


 その為の半日という時間だった。ムラサメはこの半日を使って、圭太をそれはもう様々な手法で吹っ飛ばし続けたのである。


 その結果としては、


(ルーキーの癖にここまで出来るとは。よほどの修羅場をくぐってきたのだろうな)


 というものだった。


 特に、限界を超えた状況での爆発力や打開力が素晴らしい。ムラサメは圭太の事をそう評価していた。


(こいつは総合力がまず高いが、特に生存力と単体火力に秀でているな。更に瞬時に決断し動き出すことができるのもかなり大きい。一体どういう環境で戦って来たらこれほどの決断力を得られるのか、逆に聞いてみたいくらいだ)


 ムラサメは人知れず笑みをこぼしていた。


(レベル的に、冒険者を始めて半年程度か?たったそれだけの期間でここまで成長するとは…)


 面白い。こいつがどんな冒険者に成長するのか見てみたい。


 自分の職業に誇りを持っているからこそ、同じ道を進もうとしている後輩への関心はやはりソレが一番大きなものだった。いずれ共に戦うことになるかもしれない相手だ。期待はしてしまうというものだった。


 ムラサメにとって、圭太は興味を抱くにふさわしい冒険者だった。


「しばらく休憩にしよう。この時間で私も修業内容を詰めるとする」

「ぜえ、はあ…よ、よろしくお願いします…ムラサメさん…」


 かすれた声で返事をする圭太に、ムラサメは少し考えて口を開いた。


「…私の事は師匠と呼ぶように」

「…はい、師匠!」

「…んんっ…」


 ムラサメは雷に打たれたような衝撃を覚えた。


(これが弟子を持つという事か。何だろう、この少年が途端に目に入れても痛くないくらい可愛らしく見えてきた。今すぐ特注の刀を贈呈してやりたい…いやいや冷静になれ劔 村雨25歳独身、未成年に賄賂は犯罪だぞ)


 ムラサメは内心暴走するも流石に自重した。


 さて、ムラサメと圭太が休憩するために家への帰り道を歩いていると、金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。


『ハアアアアア!』

「よし、その調子だ!もっと早く打ち込んで来い!」

『ヌゥッ…!』


 凄まじい突きの連打を放つ鬼月に、ユーゴは当たり前のようにそれに対応しながら叱咤を放つ。


「鬼月、気合入ってんなあ」

「彼はゴブリンか。ゴブリンは悪戯好きが多いと聞いていたが、噂は信用ならないものだな」

「おっ…休憩かい、お二人さん」


 ムラサメと圭太に気が付いたユーゴが声をかけてきた。


「ああ。兄弟子、具合はどうだ?」

「悪くねえ。イレギュラーにものを教えるのはこれが初めてだが、そこら辺の人間の新人よりかずっとひたむきだ」

『僕はただ、この時間を少しも無駄にしたくないだけだヨ』

「そこら辺がひたむきだって言ってんだ。さて、俺らももう少ししたら休憩に入るとするか。最後にここまで教えた事を全部ぶつけて見ろ!」

『分かっタ!』


 また撃ち合い始めた二人を置いて、ムラサメと圭太はさらに先へと進む。


「うわあああん、もうやだ~!」

『サルサ、頑張って~!』

「ぐぬぬぬぬぬ…!」


 と、入り口付近にはサルサ、陽菜、リリアの三人が集まっていた。座り込んで魔力操作の練習をしているようだが、何やら様子がおかしい。


 リリアは素手で、サルサは手に持った杖で何やら幾何学模様を作っているようだった。陽菜は瞑想しながら魔力の玉を作り維持するという、全く別の事をやっていた。


「無理っ、こんなの無理よ~!リリアちゃん無茶振りが過ぎるわ~!」


 ほどなくして、サルサの辛うじて作り上げていた不格好な幾何学模様が弾けるように消えてしまった。


 リリアは平気な顔をして綺麗な幾何学模様を維持し続けている。


『大丈夫だよ、慣れたら簡単にできるようになるもん!ほら!』

「人間には超高難易度なの!もう少しレベルを落として教えてよ~!」


 ムラサメは訳の分からないやり取りをリリアと交わすサルサに、困惑しながらも話しかけた。


「…サルサ、何をやっているんだ?お前、二人に教えるんじゃなかったのか?」

「え?ああ、ムラちゃんとケイちゃん。来てたの」

「ムラちゃんはやめろ」

「ケイちゃんか…いや、俺は気にしませんけどね」

「それで?なんで立場が逆になってるんだ?」

「そうなのよ~!こんなの話が違うじゃない!」


 ムラサメが尋ねると、サルサは我慢の限界と言わんばかりに身を乗り出してきた。


「リリアちゃん、私よりもよっぽど魔力操作がうまいのよ~!いや、私だけじゃない、多分人類で彼女の技量に匹敵する冒険者なんて片手で数える位しかいないレベルよ!」

「な、なんだと?お前がそこまで言うのか!?」


 ムラサメが思わずリリアに目を向ける。とんがった耳で一目で人間じゃないと分かる神秘的な少女だが…言動に幼さが抜けきれておらず、まさかそれほどの技術を持った存在だとは想像すらしていなかった。


 サルサは魔法使いとしては最上位に位置する冒険者だ。特に魔力操作に長けており、魔法を連発して火力を提供し続けることができる。


 魔力操作は魔法使いにとっては必須科目の様なものだ。魔法に頼り切りで魔力操作を学ばない魔法使いも多いが、真に上を目指すものなら誰もが魔力操作の練習に多大な時間を注ぎ込む。


 サルサはその中でも最高峰クラスであった。ムラサメは知っている。彼女の魔力操作による万能性と言ったら、一つの魔法をありとあらゆる形状に変化させて異なる結果を生み出すことができることから、『千変万化の魔法使い』という異名さえ持っているほどなのだ。


 そんな彼女が認める程というのが、実際にどれくらいのものなのか。魔法使いではないムラサメには想像することはできなかった。


『リリアこれでも精霊だもん!これくらい普通だよ!』

「だから、今はリリアちゃんが私に教えて、更に私が陽菜ちゃんを教えるって形で安定してるわ。なんだかプライド丸つぶれよ~」

『なんかごめんね?サルサお姉ちゃん』

「お姉ちゃん呼びしてくれるから全部許すわ♡ というか、教えてもらえるのは普通に助かるから、逆にお金を払いたいくらいよ。お小遣いいる、リリアちゃん?」

『え~、ケイタに聞いて!私ケイタの契約精霊だし!』

「…ケイちゃん。いくらでも積むわ。私にこのままリリアちゃんの所で学ばせて!」


 尋常ならざる気迫で頭を下げてくるサルサに、圭太は少し引いていた。


「いやいやいや、俺達も教えてもらってますし、お金なんていりませんよ。リリアもそれでいいよな?」

『うん!』

「ありがとう!私、もっと成長できるわ!」

「…まあ、よかったじゃないか。精霊からものを教えてもらえるなんてそうある事じゃないし…頑張れよ、サルサ」

「頑張るわ!」


 と、ここで魔力の玉を維持していた陽菜が、玉を崩壊させてしまい「ぷは~!」と息を上げた。


「はあ、はあ…こ、これが限界…」

「あら、陽菜ちゃんも大分上達してきたじゃない。次は玉を少し動かしてみましょうか」

「うう、スパルタです…」

「これが終わったら休憩にしましょう。頑張って、陽菜ちゃん!」

「つ、辛いですよ~…」


 と、ここで圭太がしゃがんで陽菜の顔を覗き込んだ。


「陽菜、頑張れ!」

「圭太君!はい、私頑張ります!」


 一気に元気になり、また瞑想を始める陽菜。それを微笑ましい顔で見るサルサとムラサメなのだった。




3:成長




 修行は順調だった。師匠…ムラサメさんとの修行は至極単純で、延々と刀を交じり合わせ続けるのみだ。


 ただし師匠はこれまでに見てきた冒険者達の太刀筋や戦術を真似て、多種多様な攻め方をしてくるのでこれが本当に大変だった。


 対応できなければほぼ確実に頭に峰打ち(手加減された超痛いだけの峰打ち)を食らうので、俺は死に物狂いになって師匠の見せてくるいくつもの戦い方を学習し続けた。来る日も来る日も朝から晩まで延々と学習、殴打、学習、殴打の繰り返しである。


 こうしたやり取りの中で確信したのは、きっとこのムラサメ師匠という存在こそが、今回の【塞翁が馬】が運んできた困難なのだという事だ。スパルタすぎて三途の川を数回見た気がする。


 最近になってようやく、師匠のフェイントや戦術を理解できるようになってきた。これは俺的にはかなり大きな進歩だ。格上の師匠の動きを見切れるということは、多少は心眼…師匠曰く、先の先を見る目…が養われてきたのだと信じたい。


 また、これにはリリアの教える【水流の理】に対する理解が深まってきたことも関わっている。ようは戦局の流れを読めるようになってきた、という奴だ。


 今はまだほんの少し先しか読めないが、もっと鍛えればさらに先の未来を見ることができるかもしれない。その上俺の死にスキルである【予知】と合わせることができたとしたら…と思わず欲が出てきてしまう。


 次に鬼月だが、ユーゴさんとの訓練で火力方面で目覚ましい成長を遂げていた。槍による突きに磨きがかかり、武装したホブゴブ相手でも一撃で風穴を開けられるようになっていた。


 また、この数週間で槍術のレベルが一気に1から3に上がったようだ。


【槍術Lv3】

・槍による攻撃に対し若干の威力補正(Lv1)

・槍に短い間魔力付与効果(Lv2)

・槍を用いた『槍術技』を設定可能(Lv3)


 レベル2の魔力付与効果とは、槍に魔力を纏えるようになったらしい。これで鬼月はどんな槍を使っても、威力を若干高めたり、魔法を切り裂くことができるようになった。攻守ともに地味に頼もしい効果だ。


 設定可能になった槍術技は、こちらもじっくり考えてから決めることにしたらしい。大会までには決めたいと言っていたので、そちらを待つことにしよう。


 さて、次は魔法組。つまり、俺と陽菜だ。


 まず俺の魔力操作の修業は成功と言える結果を出すことが出来た。


 主に【風刃】の使用魔力の節約と、威力のアップ。


 そして【強化】では、魔力節約と効果アップの他にも、【強化】を使った新しい技を覚えることに成功した。


 これに関しては正真正銘の切り札で、しかも結構曰く付きの力だからあまり使いたくはない。実際、初めてこの技に成功した時はそれはもう騒ぎになった。冒険者支部まで連行されて全身精密検査を受けたレベルだ。


 問題なしと判断されて帰された時も、極力使わないように釘を刺されてしまった。俺もあまり使う気はないので、使わなければならない機会が訪れないよう祈るばかりだ。


 次に陽菜。陽菜は大化けした。元々火力特化だった陽菜が、貫通力も極限まで到達することになったのだ。


 まず【ファイアボール】。陽菜はこれを、圧縮しまくり、炎の槍のようにして放てるようになっていた。


 この槍は敵を貫通した直後に爆発する為、内部から圧倒的な破壊力をもってして対象を殺傷することが可能だった。


 さらに【チャージブラスト】は色が赤色から、白熱色というのだろうか?白っぽく変わって更に威力が上がった。


 恐らく今の陽菜がアスモデウスと対峙すれば、たった一発で勝負がつくだろう。それほどの威力である。


 実際、腕試しに挑んだ現畑ダンジョンのダンジョンボスであるゴブリンエンペラーなんかは、一撃で半分以上を焼き焦げにしてぶっ倒していた。


 陽菜はもう、このまま超火力型の魔法使いとして突っ走っていってもらいたいものだ。


 …さて、ついでにだがサルサさん。彼女はどうやら魔力操作の極意を習得したらしい。魔法の威力が以前と比べて1.2倍も跳ね上がったそうで、それはもう喜んでいた。


 更にリリアも、俺達に色々教えるために頭を捻り続けたお陰か、ほんの少しだけ知能の低下が緩和された気がする。リリアの知能低下の緩和はそのまま戦闘時でのリリアの立ち回りの強化につながる為、悪くない傾向のはずだ。


 それから、これは完全におまけだが、修行の合間に陽菜とデートをした。俺から誘わせてもらい、近くにある水族館などを巡った。ここ最近ふわふわしていた関係が、魔力操作の修業も相まってお互いを少しずつ知ることで一歩前進したような気がしなくもない。


 特に陽菜が物凄く楽しんでくれたのが印象的だった。恋愛感情なんて生まれてこの方持ったことはないが、流石にあそこまで楽しんでもらえると、なんというか、非常に気恥ずかしくなる。


 俺も一緒にいて楽しかったし、また二人でどこかへ遊びに行きたいものだ。


 そして、最後に要さんだが、ちょっと不味い状況に陥っていた。


 なんと、要さんが俺達のパーティーと行動を共にしていた所を拡散されていたらしい。掲示板やSNSで話題になり、SNSでは『男入りパーティーへ加入』という文字が一瞬トレンド入りするなど小規模ではあるが炎上しているようだ。


 女配信冒険者の、男の影疑惑による炎上…まさか知り合いでそんな事態に陥る人が出てくるなんて、俺は想像すらできていなかった。


 画像には要さんが中央にいて、俺を含む他のメンバーは背を向けて移動している所が映されていた為俺達の顔はバレていないが、大まかな構成メンバーについてはかなり出回ってしまった。


 特に鬼月とリリアは結構目立つため、気が付く人間が出てくるかもしれない。


 さらに言えば、一見女の子が多めのパーティーなので、そこに思う所のある不特定多数が色々言っているようだ。


 まあ、ソレに関しては俺は思う所は一つもない。顔の知らない奴らに何を言われても、ぶっちゃけどうでもいい。


 問題は要さんだ。流石に心配である。それに、要さんが現在所属しているパーティーでも、何か言われているかもしれない。


 現在潜っている中級ダンジョンの攻略配信でも、コメントが荒れるなど被害が出ているようだ。


 短い付き合いではあるが、こんな事で潰れるような人ではないはずだ…とはいえ、それと精神的な負荷は別問題だ。


 今の所応援しかできないのが歯がゆいが、帰ってきたら出来ることは何でもするつもりだ。必要とあらば弁護士を雇う準備だってある。


 金なら結構あるのだ。パーティーメンバーの為なら湯水のごとく使い潰しても構わない。


  と、割と周囲で色々あった日々だったが、順調に力を付けていき、大会まで残り一週間を切ったある日。


 夜中になり、その日の疲れを取る為にベッドの上でゴロゴロしていたのだが、そんな俺のスマフォに、こんな連絡がきた。



坂本:おい、また神野の画像が投稿されてるぞ!

綾:絶対に許せない!もう怒った!

綾:圭太君、今大変な時期だと思うけど、直接話がしたいから時間があるときにお店まで来てくれないかな…?



 俺はそっとスマフォを閉じて、息を深く吐いたのだった。

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