26:ダンジョン防衛 四日目

「あのー、誰かいますかー?」


 家で寝こけていると、玄関の方から声が聞こえてきた。慌てて出ると玄関前に一人の少女が立っていた。


 どう見ても年下だ。背は低く中学生程度で、栗色のウェーブ掛かった髪を腰まで伸ばしている。


 しかし、冒険者装備を身に着けているのを見るに高校生以上ではありそうだ。手には長めの杖を持っていて、服も動きやすそうなローブという軽装だった。


「あ、やっと来た。ねえねえ、アンタが今回の依頼主?あ、お邪魔してます」

「え?ああ、どうも…」


 フランクに話しかけてきたと思ったら、思い出したかのように頭を下げられた。困惑して思わず生返事を返してしまう。


 しかし今回の依頼主だって?


「というと、貴女が陽菜の知り合いって言う…?」

「ええ、そうよ。朽木 要(かなめ)。二級冒険者…いわゆるプロってやつ。よろしく」


 握手を交わして笑みを浮かべる朽木さんは、八重歯が覗いていた。


「久しぶり~、陽菜!元気にしてたかしら!」

「お久しぶりです、要さん!今はちょっとボロボロですけど、元気ですよ~」


 家で同じく休憩中だった陽菜とも顔を合わせ、二人は再会を喜んでいた。どうやら久しぶりだったらしい。


「今大変らしいじゃない。どういう状況なの?」

「あ、それは俺から説明しても良いですか?」

「じゃ、お願い」

「じゃあ状況を説明します」


 という訳で現状を話すと、徐々に表情が強張っていく。そして最終的には好戦的な笑みを浮かべ始めた。


「ふーん…状況は分かったわ。で、報酬は?」

「前金300万、今から畑ダンジョンの攻略まで発生した利益の半分。ただし活躍次第で増減します。後、報酬には口止め料も含まれてます」

「全部で大体350万ってところね!悪くないじゃない!」


 朽木さんの目が輝く。


 まあ、350万で収まる訳がないのだが、今は放っておこう。


「いいわ、その話乗った!あ、口止め料の件だけど、何一つ教えてくれなくていいから。何も疑問持たないし何も聞かない。でも仕事はちゃんとこなすわ。それで良いんでしょ?」

「はい、そっちの方が助かります」


 依頼は滞りなく受諾された。改めて朽木さんと握手をした。


「ねえねえ、この辺泊るところある?むしろアンタの家に泊れたら便利なんだけど。陽菜も泊ってるみたいだし別にいいわよね。はい決定!」

「あ、はあ、まあそれくらいなら…」

「あ、私敬語とかまだるっこしいのいらないから。タメで良いわよ、タメで」

「わ、分かった」


 朽木さんはそのまま俺の家に泊ることになった。


 行動力がとにかく強い。プロの冒険者だからなのか、それともそもそも彼女の性格なのか。…どっちもって気がするな、あの感じだと。


「にしてもプライベートダンジョン持ってるとやっぱり大変なのね。自分ちでスタンピードとか考えたくないもの」

「そうならないように冒険者になったんだけどな」

「ふーん、アンタ結構しっかりしてるのね、見た目なよっちいのに!自立精神は大切だから、大事にしなさいな!」

「なよっ…」

「け、圭太君はなよっちくなんかありませんよ!」


 陽菜のフォローが逆に辛い。まあ俺、男子にしては身長が平均より下だからな。そうみられても仕方ないっちゃ仕方ない。


 まあいいか、頼りになる救援も来たことだし、早速次のウェーブから参加してもらうとしよう。




26:ダンジョン防衛 四日目




 パーティーへ加入した朽木さんのプロフィールを見てみると、レベルは12だった。


 平均的に考えるとレベル12は冒険者になってから3年近く経っている冒険者だ。俺達よりも文字通り格上の数字。特に、レベル5以降のレベル差は期間が空く分激しくなるのだ。俺と朽木さんとでは、それこそ大人と子供の差なのだろう。


「へー、プライベートダンジョンって初めて入ったけど、こんな感じなのね」


 ときょろきょろしながら俺達と一緒に移動する朽木さんに、俺は気になったことを尋ねた。


「朽木さんって、魔法使いでいいんだよね?」

「そうね。でも私は魔法使いの中でもちょっと特殊だから、陽菜と同じ役割はこなせないわよ?」

「そうなの?」

「まあ、実際に見てもらった方が早いわね。でも、それよりもまずはアンタたちの実力を先に見させてもらうわ。それで私がどう介入するか見てみるから。それで良いかしら?」

「分かった。なら先に俺達だけで戦おう」


 という訳で下層まで下りてきて、主戦場となっている岩山と岩山の間の渓谷のような場所までやってきた。


 渓谷の底は道となっているのだが、攻撃に使った岩がゴロゴロと転がっていて、破壊跡や焦げ付いた地面があったりなど物々しい雰囲気に包まれていた。


 その渓谷の少し手前の高台に上ると、鬼月が見張りをしていた。俺達に気が付いて手を上げる。


『これまでに異常はなかったナ。次のウェーブは時間的にそろそろ来ると思うガ…所で、見慣れない顔がいるナ。件の救援カ?』

「初めまして、朽木要よ。アンタは鬼月って言うんだっけ?よろしくね」

『よろしく頼ム、カナメ』


 二人が握手をしたところで、奥の方から凄まじい殺気が突如として発生した。


『来たカ…』

「鬼月、疲労は大丈夫?」

『うン、問題ない。それよりも二人はちゃんと寝れタ?』

「はい!クマもすっかり取れました~」

「俺も大丈夫だけど…二人とも、きつかったら素直に言ってくれよ」


 さて、という訳でもう何回目になるかも分からないN回目のウェーブが始まった。ぞろぞろとモンスター達が行軍してくる。その上空にはカースドデーモンやゴブリンシャーマン、ファイアガイスト、クラウドデーモンなど飛べるモンスターがうじゃうじゃいる。


「それじゃいつも通りに。朽木さんは後ろで待機を。介入できそうなら声をかけてくれればいつでも大丈夫なので、介入してください」

「分かったわ…って、ちょっと!もしかして一人で行く気なの!?」


 という訳で、俺は岩肌を駆けて側面へと回り込み、空に飛んでいたカースドデーモンに一直線で攻撃を仕掛けた。一刀のもとに切り伏せる。


 周囲のモンスター達は当然俺に気が付いて魔法を使おうとするが、俺は死体を蹴って地面を蠢くモンスターの群れに突っ込み、中に潜り込む。そこでモンスター達を適当に切り殺しながら、その死体をひっつかんで呪文詠唱中のシャーマンに向かってぶん投げた。シャーマンは慌ててその死体に魔法をぶつけていた。


 足を強化し、更に風刃も使って空へと跳び上がる。虚を突かれたシャーマンを切り裂く。


『キーーーーーーー!』


 クラウドデーモンが、超音波を放って攻撃を仕掛けてくる。それに加えてカースドデーモンやシャーマンの魔法が飛んでくるが、俺はソレを風刃を使って迎撃し、更に空中ジャンプ。途中でクラウドデーモンを切り落とし、カースドデーモンの首を刎ねた。


 ジャスト20秒。俺は山肌へと逃げ込む。すると、群れの中心に枝分かれした緋色の雷が落ちて、地面を舐るような爆炎が迸った。


 これで大体3分の1くらいか。さて、このタイミングだ。仕掛けを発動…しようと思ったら、不意に上から影が落ちてきた。見てみると朽木さんがふわりと俺の横に着地した。


「次は私も介入するから」

「了解。でもその前にちょっと待ってくれ」


 俺は岩肌に手を付けて、強化のラインを走らせた。びしっと走る魔力による線。そしてそこには、爆玉石が大量に埋め込まれていたのだ。


 魔力を通して一気に爆破させる。すると、岩肌が一気に崩れて、土砂崩れとなってモンスター達の群れに降り注いだ。


「うわー、えげつない事するのねー」

「後は飛んでる敵だけかな」

「よし、なら交代ね」

「え?ちょまっ」


 俺が頷くと、朽木さんは杖で壁を突いた。すると杖の先端にバネでもついてたんじゃないかという程の勢いで跳んでいき、カースドデーモンに接近し、杖で打撃を与えた。


『ギ…?』


 その攻撃はカースドデーモンには全く効いていないようだった。しかし、よく見ると打撃を受けた場所が光り輝いており、少し遅れてその光が罅のようにカースドデーモンの身体中に走り回り爆発。


『ギャアアア!?』


 カースドデーモンは一瞬の内に崩れ去った。何だ今の。


 その後も、不思議な光景が続いた。恐らく魔法なのだろう。朽木さんは傾けた杖に足をかけ、光る杖の先端で滑るように高速移動。そしてモンスター達を撃破していった。


 身のこなしから【杖術】系のスキルを持っているように見えるが、杖による攻撃は非常に弱い。だがその打撃を受けた部分が光り輝き、少しした後にモンスター達の身体を砕いたり、燃やし尽くしたりするのだ。


 敵の攻撃は、身のこなしだけで全て避けているようだった。だからこその軽装なのだろう。


「よっと」


 更に、杖を素早く振るうと光る衝撃波が起きて広範囲の敵を吹っ飛ばしたり、杖で敵をなぞる事で真っ二つにしたりなど、多彩な攻撃方法を備えていた。


「…俺と同じタイプってことか」


 俺が魔法をサブに使った物理近接アタッカーだとしたら、朽木さんは物理攻撃をサブに使った魔法近接アタッカーなのだろう。だからわざわざ俺の所まで来て、交代ね、なんて言ってきたのか。


 にしても、殲滅速度エグイな。俺よりも二倍以上レベル差があるから、当たり前っちゃ当たり前なのだが。


「これで終わりかしら?」


 最後にミノタウロスの集団に衝撃波を放って全滅させると、朽木さんはそう呟いた。


「朽木さん、まだ来る!油断しないで!」

「え?」


 俺の言葉に目を丸くする朽木さんだったが、すぐ後ろで魔素が集まって巨大な塊になったのを見てすぐに飛び退いた。


『ブモオオオオオッ!』


 モーロック。それが二体も出てきた。


 うち一体の顔に一本にまとまったチャージブラストが即座にぶち当たる。俺は跳んで、怯んだソイツの首を取ろうとしたが、隣にいたもう一体のモーロックに殴られそうになって慌てて身体を捻って攻撃を避ける。


 殴ってきた腕の上をゴロゴロ転がって、俺は体勢を立て直してその場から飛びのいた。


「まさかの追加ボスとか、胸熱展開来た!ボーナスは貰うわよ!」


 と言って、朽木さんが入れ替わるように無傷な方のモーロックBに突っ込んで行った。


 俺も岩肌に着地してすぐに顔を手で覆うモーロックAに突っ込む。


 Bが朽木さんを吹き飛ばそうと拳を突き出すが、朽木さんはそれをひらりと避けて、杖を巧みに振るって失速、自由落下する。そして顔、胸、腹、と計5回打撃を与え、杖を光らせてその場から飛びのく。すると一気にモーロックの身体に白く輝く罅が走り、凄まじいダメージを受けて身体が崩れ去る。


 俺も、同時にAの肩に飛び乗って、風刃を乗せた刃で首を切った。二体のモーロックが地面へと崩れ去り、魔素へと変換されたのだった。


「っん~!意外と手応えあったわね!」


 余裕そうな朽木さんだが、対して俺は魔力消費が結構激しかったりする。やっぱステータスが全く違う。


「災難だったわね~、追加ボスなんて! でも私がいた時に来てくれてよかったじゃない! もしかしたら宝箱が出てくるかもしれないわよ!」


 目を輝かせてそういう朽木さんに、俺は笑顔で答えた。


「いや、ここじゃ追加ボスは確定で出るから」

「え?」

「後、宝箱ならその辺に沢山転がってるだろ?それに、モーロックのも今出たし。今から皆で集めるから、朽木さんも手伝ってくれ」

「…ええ!?」


 モンスターの群れを殲滅すると、宝箱が大量に出てくるのだ。その上モーロックを倒したことによる報酬もある。


 恐らく、ここ数日だけで俺達は数百万を稼いでしまっている。もはや管理するのも面倒でとにかく数が増えたマジックバッグに詰め込んで倉庫の中に詰め込んでいるが、整理して売ったら一体どれほどになる事やら。


 周囲をバッと見渡して、俺の言う通り宝箱がいくつも落ちているのを目の当たりにした朽木さんは目を丸くして口をあんぐり開けていた。


「な、何よ、これ…!?」

「朽木さん」

「ふぇっ?」

「疑問は持たないって、言ってくれたよね?」

「…」


 朽木さんはパクパクと口を開いては開けてを繰り返し、宝箱を指さして俺を見てきた。だが、既に言質は取ってあるのだ。


 俺達は宝箱を拾い集め、次なるウェーブに向けて動き出したのだった。

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