24:ダンジョンボスに向けて

 次の日になって、俺は陽菜と鬼月と一緒にショッピングモールへとやってきていた。


 そこで待ち合わせしていた綾さんと合流し、ショッピングモールから少し離れた場所へ歩いて移動。


 そこは工業区のようで、周囲から鉄と鉄を打ち合わせる音が響き渡っていた。


 冒険者も多いが、更に多いのが鍛冶師だった。


 ここで言う鍛冶師はダンジョンが現れるようになるまでの従来の鍛冶師ではなく、ダンジョンに潜る冒険者に武器や防具を作る為に発達した新たな職業だった。


 鍛冶師の行う作業は機械が介在しない人間の手がメインとなる。この工業化が進む科学の時代に何故彼らの様な職人が大勢存在するのか。その理由は、ダンジョンから出てくる鍛冶素材にある。


 鍛冶素材は魔力のこもったものでしか加工することができないという性質を持つ。


 魔力のこもった炎で熱し、魔力のこもった槌で成形し、魔力のこもった砥石で削る。


 魔素ボトルのように、魔素をどこかに持って行く技術は作られたが、魔素を魔力に変換し、魔力を道具に付与する能力は、今の所人間のステータスでしか不可能で、再現できていない。その上マジックアイテムは人が装備していないと力を発揮しない。この辺りが工業化できない理由なのだ。


 鍛冶師になりたければ、まず冒険者になり、魔力のこもった槌を手に入れ、ダンジョン産の素材で武器を作ると良いらしい。鍛冶素材アイテムを加工すると特殊な経験値が入る為、レベルが上がっていき、レベルスキルでほぼ確実に【鍛冶】スキルを得ることができる。


 とまあ、俺が知ってるのはこのくらいだ。当然工業区に足を踏み入れるどころか、鍛冶師と話したことも無いので表面の事しか知らない。


「こっちこっち」


 綾さんが先導してとある鍛冶工房に入っていく。俺達もそれに続いて中に入ると、作業場に辿り着いたのだった。




24:ダンジョンボスに向けて




 そこには槌を熱された金属に振り下ろし続ける鍛冶師が一人いた。


「おーい、黒永君!連れてきたよ~」

「悪い、今手が離せん、少し待っていてくれないか!」


 ハスキーボイスで返事をした鍛冶師は、その後しばらく打ち続け、何やら水の中に金属を入れたかと思うと取り出して、真剣な目でそれをじっと見つめて小さく息を漏らした。


「…あ、悪い。お客さんを待たせてしまって申し訳ない」


 ふと思い出したかのように作業を中断して、鍛冶師がこちらにやってきた。


 褐色肌の同い年くらいの少女だった。黒髪をポニーテールで纏めている。ツナギを着ているが、流石に熱いのか上だけはだけて近づいてきた。


 胸が大きい。


「初めまして、君が俺の刀を買ってくれたって言う冒険者?俺は黒永小狐。見ての通り鍛冶師だ。よろしく」

「あ、ああ、どうも」


 物凄いフランクで、少し戸惑ってしまった。


「初めまして、神野圭太って言います。作業を中断させてしまったみたいで、申し訳ない」

「とんでもない!来ていただいて嬉しいよ!」


 俺の手を奪い取る様に握って、熱い握手を交わす。


「それで、君が使い魔?俺の鎧買ってくれたんだってな。嬉しいよ」

『よろしく、コギツネ。キヅキだ…ふむ、コギツネって本名なのカ?』

「いんや、冒険者ネーム。あだ名みたいなものさ。とにかくよろしく!」


 鬼月とも握手を交わしていた。


 冒険者ネームって言うのは、冒険者が自分で設定できるあだ名の様なものだ。要は芸名と一緒で、付けても付けなくても問題ない。


 俺は本名だ。ちなみに陽菜も本名。


 黒永さんは陽菜に目を向けた。


「ところで、そちらの君は?」

「あ、私、付き添いのパーティーメンバーの橘陽菜って言います。今日はお邪魔させていただきますね」

「そうなんだ。見た所魔法使いかな?俺は杖は作れないからあんまり力になれないけど、よろしくね」

「はい!」


 さて、という訳でその後、黒永さんの案内で客間まで移動し、早速話を始めた。


「今日はオーダーメイドってことで話を聞いてるけど、早速詳しい話を聞かせてもらえるかな!」


 いや、話しが早いな。俺は手を上げた。


「その前に、この工房は黒永さん一人のものなんですか?」

「ん?いや、師匠と二人で切り盛りしてるんだ。まあ師匠って言っても年は少ししか離れてないんだけどね。綾のお姉さんなんだけど、会ったことは無い?」

「いや、無いですね…」


 綾さんの紹介ということでもしかしてと思っていたが、やっぱり鈴野家関係の場所だったようだ。一族全員冒険者業界で働いてるとか、端的に凄いな。


「師匠は一級鍛冶師の称号を得てるんだ。冒険者の中でも高難易度ダンジョンに挑む一級の冒険者を相手に装備を作ってる凄い人でね。その人に師事してるんだ」

「一級鍛冶師…」

『最上位の鍛冶師に、協会から腕を認められて送られる称号の事だナ。日本には100人もいないはずダ』


 一級、準一級、二級、準二級、三級、四級と、鍛冶師は階級で分けられる。昇級試験を受け、作品を提出して認められることで昇級することができるのだ。


 実は、この階級分けは冒険者にも存在する。三級から上は昇級試験で指定されたダンジョンに行き、指定されたモンスターを討伐することで昇級することができる。


 では四級から三級へはどうやって上がるかというと、時間経過である。1カ月以上でダンジョン探索の実績がある程度上回れば自動で三級まで上がれる。


 昇級のメリットは多い。免税や冒険者設備の無償提供、顔パスがあったりさらに高難易度のダンジョンに入る許可を得れたり。


 俺はまだ一カ月も経っていないので当然四級。陽菜は四月から始めて現在八月なので、三級に上がっている。


 ま、今はプライベートダンジョンに潜ってるし、他の冒険者と会うこともほぼない為、俺の中ではこの階級の存在感というのは非常に薄いものとなっている。まあ、昇級とかその辺りは、三級に上がった後で考えればいい事だろう。


「へえ、鈴野さんのお姉さんって凄い人なんですね!」

「まあね、えへへ」

「俺は、高校出て鍛冶師になったから、まあ鍛冶師になってまだ2年も経ってないひよっこなんだけど、才能を買われて弟子になった。実際腕がいいってことで、ありがたいことに依頼は結構貰ってるんだ」


 あれ?高卒だったのか。同い年か年下だと思ってたんだけど…陽菜の時も同じことしたな。俺、人を見る目が割と悪い気がする。


「黒永さんは何級なんですか?」

「三級!でも師匠からはそれ以上の腕だってよく褒められてる」


 一級の鍛冶師が言うのだから、それは間違いないだろう。それに、俺だって今使っている刀には大分助けられた。やはり腕が非常に良い鍛冶師なのだろう。


「俺、まだ四級なんですけど、オーダーメイドって依頼できるんですか?」

「もちろん。むしろ、新進気鋭の冒険者だって綾から聞いてるから、是非ご贔屓してほしいしね」

「それじゃあ、是非オーダーメイドをお願いします。俺は刀と防具を。こっちの鬼月は、槍、盾、防具を」

「ふむふむ、了解!持ち込みの素材はある?」

「はい、あります」


 俺は支援デバイスの電源を入れて操作。アイテム管理アプリを開く。今手に入れてるアイテムをジャンルごとに一覧で表示できる便利アプリだ。


「どれどれ…って、うわ!沢山あるなあ…それにメダルが二個もある!?君凄い運良いな」


 ここ数日に出た魔石鋼は全て取ってある為、それなりの量になった。


 下層で手に入る魔石鋼は全て《上質な魔石鋼》である為、今の刀に使われているものよりも良い素材になるだろう。


 その上、メダルがホブゴブのものとシャーマンのものとで二つある。


 どのような戦闘スタイルかを軽く説明し、ホブゴブのメダルは鬼月の装備に、そしてシャーマンのメダルは俺の装備に使うことになった。


 また、毛皮やオークの皮など、今まで死蔵していた鍛冶素材は豪勢に使うことにした。


「ふむ…これだけ素材があれば十分作れそうだけど…武器と防具にそれぞれ100万位かかる事になりそうだね。大丈夫そうかい?」

「はい、問題ありません」

「よし、ならこの依頼、鍛冶師の黒永小狐が承った!素材を送ってもらえば恐らく一週間くらいで作れるから、なるはやでよろしく!」

「分かりました」


 という訳でつつがなくオーダーメイドの依頼を出すことができた。


 その後は軽く体の寸法を調べられたり、試し用の武器を何度か振ったりしてデータを黒永さんに取ってもらった。


 そして早速家に帰って、使うことになった素材を集めて、ダンジョン産のアイテム運搬専門の業者に依頼をして来てもらう。


 冒険者がオーダーメイドの為に集めた素材アイテムは、当然高価なものが多い。その為専門の運搬業者に運んでもらうのが常識となっている。


 戦車と見間違える程重厚なトラックが家の前に来たかと思うと、業者の人がてきぱきとアイテム類を梱包して持って行ってくれたのだった。


 これで後は待つだけだ。


「さて、一週間か…何して待つかね」


 あのアスモデウスとか言うモンスターには、既に俺達は認知されてるんだよな。実際何度もモンスターを差し向けられたし。


 果たして一週間も悠長に待ってくれるだろうか?相手はダンジョンボスのため、あの場からは動くことはできないはずだが、強敵を刺客として放たれたら厄介だな。


 まあ、様子を監視しながら、経験値稼ぎやスキルレベル上げとか、出来る限りのことはやっておこう。

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