インフラストラクチャー

 この町の住民の中には、農家を軽蔑する人間もいた。

 もっとも米農家や野菜農家たちは軽蔑などされず、標的は畜産農家だった。もちろん表には出さないものの、内心そんな風に捉える人間は少なくなかった。

「科学者たちは必死に研究してるんでしょ」

「簡単そうに見えるのと本当に簡単なのって全然違うからね」

 レストランにてトーストと野菜サラダ、さらにフルーツパフェをほおばりながら真北の研究所を見る二人は、生まれも育ちもこの町の人間だった。

 二人とも畜産農家に対し嫌悪感を抱いていないが、そういう気持ちを持っている友人の存在は理解していた。

 サラダにはピーマンやレタス、ニンジンなどが使われ、パフェにはイチゴやオレンジ、サクランボなどが入っている。ホウレンソウとキウイフルーツはない。この町にホウレンソウと言う野菜やキウイフルーツと言う食べ物はないし、二人ともその存在すら文字でしか知らない。

「でもさ、安心して研究に没頭できるって本当にすごいと思わない?」

「そうだよね、夜も明るくてきれいでさ、本当ここで死にたいよね」

 二人は現在、大学生である。二人して就職希望先は決まっており、それが難関である事を知っている。ここでのランチもまた、勉強会の一環に過ぎない。この町ができた歴史、行政体制、時事問題などなど……ありとあらゆることについて二人は話し合い、そして高め合う。

「でさ、この町にない生き物ってキウイフルーツにホウレンソウ……」

「ああ後は、イチョウ、スギ、ヤナギ、トウモロコシ……」

 まったくきれいな青春の風景だった。

 そしてその勉強会が終わると、必ずどちらかが同じ言葉を口にする。


「本当、牛とか豚って損な生き物だよねー」

「そうそう、わざわざ二人いなきゃ子どもも作れないなんて」


 実際、それこそが畜産農家を嫌う人間がいる理由だった。歴史的理由により存在しえない植物や動物の存在を覚えるのもまた入社試験に通るための必須条件であり、さらに言えば高校や大学入試の条件でもあった。正確に言えばエリート学校に入るためには必須の条件であり、理系科目で生物を選択する生徒及び必須としている学校は多かった。

 そんな入社試験・入学試験を突破したエリートたちが通うオフィスや校舎は実にきれいであり、ゴミ箱の数は他の町の倍近くあった。正確にはゴミ箱ではなく「護美箱」だが、その箱も決して満杯になる事はなかった。

「歴史の授業もちゃんと受けなきゃね」

「そこよそこ、戦いの歴史ね。茶々を入れて来た連中との。下衆の勘繰り大好き連中たちとのね」


 そして理科があれば、社会科もある。その社会科の授業において、この町を作るための聖戦に対する「妨害工作」は、高校で幾度も語られた。


『「どうせ汚い所をやろうとしない。そうして町は荒れる」

 そう、陰口を叩く連中もいた。それゆえに町は成り立たず、破綻し自壊する。その事を嬉々として語る存在を前にして、英雄たちは団結し徹底した。そして今現在まで、連中たちの望むような破綻は発生していない。これこそ英雄たちの勝利の証であり、安全清潔にして高潔たる我が町の誇りなのである。』


 ゴミ掃除を含むガス水道その他のインフラストラクチャーの整備を始めとした仕事、それがなければ町などなり立ちようがない。その部分はどうするのだといういちゃもんに対し、創始者たちは徹底した不干渉を貫かせ、信念をもって町を作り上げた。

 そのいちゃもんを付ける連中を守るために巨塔と言うか四十階建てのビルを作り、それから幾年もかけて私財を使い町を築き上げた。そして道路から何から極力頼ることなく自分たちの手で築き上げ、完成させた。文字通りの自家製の楽園であり、自分たちの町。


『この町が出来上がるまでには物資を封鎖するなど様々なやり方で妨害する勢力もいたが、皆強い信念をもって立ち向かい、また真っ先に完成した防衛システムにより妨害を排除したことにより、妨害勢力は口を挟むのが精一杯になった。不退転の決意が勝利した瞬間である』

 

 現在でも自給自足の原則を守るようにわずかな輸出入品以外、ありとあらゆるインフラは町民の手により行われ、整備されている。それと共に決して連中が抜かしていた「争い」を生まぬために教育がなされ、誰もが夜道を安心して歩ける町になっていた。

 二人がいた建物もまた、住民たちが二カ月以上かけて作ったそれである。それに使うための重機を購入せねばならなかった事が千載の悔いである、そう創始者たちは遺している。

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