第14話 2回戦(VS怪鞭のリオラ)
「どういう事だよ……なんでレベル0がレベル49を倒せるんだ?」
「何か卑怯な手を使ったとしか考えられねぇだろ」
「でも、あの動きは……」
流斗とゼラの対決が終わった後、しばらく観覧席はざわついていた。
そんな中、鼻高々にふんぞり返っているピィは……ジュースとお菓子を口にしながらご満悦の様子である。
「ふふーん! 私のマスターがどれだけ格好良いか、皆さんにも伝わったようですね」
レベル0が強い。
それはこの世界の住人にとって、東から太陽が上る、重力は下に働くといった常識を覆すような感覚なのだろう。
だからこそ、たった一度の勝利だけではにわかに事実を受け入れられない。
「まだまだこれからですよ。マスターの伝説は、ここから始まるんです」
チョコレートを一粒口に放り、ピィは楽しげに目を細めるのだった。
【闘技場 選手控え室】
選手控え室には俺と同じく1回戦を突破した者や、これから1回戦を控えた者などで20人ちょっとの選手達が待機している。
「……」
俺がゼラと戦う前まで、この場にいるほとんどの者が俺を小馬鹿にしていた目をしていたものだが。
今は逆に化け物を見るような恐怖に引き攣った目をしている。
レベル0なのになぜ?と言いたげなその視線こそ……俺が望んでいるものだ。
『残っているのはザコばっかりね』
「んー……どうだろ」
この控え室では試合内容は見られず、勝敗しか伝わらない。
だから第1試合から第6試合の勝者が、どれほどの実力者なのかは不明だ。
それに、まだ試合を始めていない者達の中にも……俺を一切気にする様子を見せず、余裕を窺わせる者達もいる。
『次こそはアタシが全力を出せる相手ならいいんだけど』
「そんな相手と戦ったら、闘技場が消し飛びそうだなぁ……」
「あ、あの!」
「……ん?」
「リュート選手、ですよね? 1回戦突破、おめでとうございます」
俺がルディスと話していると、突然一人の女性が声を掛けてきた。
この子も本戦の出場者であり、たしか次の第8試合に出場するはずだったが。
「貴方は?」
「あ、すみません! 自己紹介が遅れました! 私はリオラと申します!」
「リオラ……」
「レベル0なのにお強いんですね。すごいなぁ」
リオラは両手を顔の前に合わせながら、ニコニコと俺に微笑みかけてくる。
そんな彼女のレベルは……35のようだ。
「俺に何か用か?」
「あ、いえ! その、私……リュート選手を除くと、出場者の中で一番レベルが低いんですよ。だから……すごく、勇気付けられちゃって」
言いながら、リオラは俺の手を握ってこようとする。
しかし俺はその手を寸前のところで避けた。
「あっ」
「申し訳ないんだけど、見知らぬ女性にいきなり触られたくないんだ」
「そそそ、そうですよね! 私ったら、つい!」
「……」
なんなんだこの子?
どうしてこんなに俺に絡んでくるんだ?
「あの、リュート選手。私、本当に貴方のファンで」
ふわふわのくせっ毛のピンク髪で、中々に整った容姿。
ふくよかな胸の谷間が見えるような服装で、腰には丸く巻かれた鞭。
気弱そうな風貌も相まって、男ウケしそうな女性だとは思うが……生憎と俺は女性が苦手なんだ。(ピィとルディスを除く)
「俺の事を気にするより、次の試合に急いだ方がいいんじゃないか?」
『そうよ。この雌豚、アタシの担い手に何を粉かけようとしてんのよ。ぶち殺されたいの? ああん?』※アックス状態のルディスの声は流斗にしか聞こえません
「ああ、それならご心配なく。私の対戦相手が棄権してしまったので、次の試合は不戦勝になったんです」
「……不戦勝?」
「はい。急に体調を壊したとかで言っていたそうです。多分、リュート選手と戦うのが怖くて逃げ出したんじゃないでしょうかね」
顎に指を当てながら、リオラはそう告げる。
「という事は、俺の2回戦の相手は貴方か」
「そ、そうですけど……私なんかが勝てるわけありませんから。胸を借りるつもりで、精一杯健闘させて貰いますよ」
「……」
「いい試合にしましょうね」
リオラは頭を下げて立ち去ろうとしたのだが、すぐに立ち止まり……再びこちらに戻ってきた。
「あ、そうだ。良かったらコレをどうぞ」
そう言って俺に手渡してきたのは何かの果実だった。
リンゴのように赤い色をしているが、形や触った感触はミカンだ。
「戦いの前の腹ごしらえ、ですよ! 良ければどうですか?」
「いいのか?」
「はい。あ、私の分もあるので、お気遣いは必要無いです!」
俺は受け取ったミカンもどきを見つめる。
なんというか、赤いミカンというだけでちょっと食欲が失せてしまうが。
「私の田舎の名産なんですよ! さぁ、どうぞ!」
『……ねぇ、それ食べるつもり?』
「リオラさん、だっけ? 良かったら一緒に食べないか?」
『えっ!?』
「勿論いいですよ。じゃあ、私も自分の分を」
そう言ってリオラは赤いミカンもどきを新たに取り出す。
それを見た瞬間、俺は驚いたような声を上げる。
「あっ!」
「えっ!?」
シュッ、パパパパッ。
「な、なんですか……急に大声を出して?」
「いや、悪い。少し思い出した事があって」
「驚かせないでくださいよ。それじゃあ、あーむ」
ホッとしたように息を吐いたリオラは、自分の手の上のミカンもどきの皮を剥いて……その果実の一粒を口に入れる。
「美味しいですよ。さぁ、リュート選手もどうぞ」
「ああ……頂くよ」
『ちょっと! やめておいた方がいいんじゃない!?』
「もぐ……ごくん」
ルディスが制止の声を上げたが、俺は気にせずミカンもどきを口にする。
それを見届けたリオラは、ニチャアと悪どい笑みを漏らす。
「美味しいよ」
「ふふふふっ……それは良かった。じゃあ、次の試合を楽しみにしていますね」
俺がミカンもどきを食べたのを見届け、満足したように去って行くリオラ。
するとすかさず、俺の背後のルディスが大声で喚く。
『このおバカー!!! こんなの絶対、毒か何かが盛られているに決まっているじゃない!!!』
「ああ。あからさま過ぎるもんな」
『……ほぇ? 分かっていたの?』
「当たり前だろ。流石に俺もそこまでバカじゃないさ」
恐らく最初は俺を色仕掛けで篭絡しようとしたのだろうが……それが失敗したから毒に切り替えたのだろう。
1回戦の相手の体調不良も、リオラが何かをしたと考えるのが妥当だ。
『で、でも……アイツが渡してきた毒入りの果物を食べちゃったでしょ?』
「いいや、食べてないよ。俺が食べたのは、リオラが後から取り出した方だよ」
『……あっ! まさかあの時!?』
「そう。大声を出して気を引いた時に、ササッとすり替えておいたのさ」
『じゃあ、あの女が口にしたのは……ぷっ、くくくくっ! アハハハハ!!』
「ゼラみたいに真摯な相手なら、俺も礼儀を持って戦う。でも、こんなやり方をする相手なら……こっちも相手の土俵に立って、やってやるだけだ」
俺はリオラに気付かれないようにほくそ笑むと、残りのミカンもどきを全て平らげる。
遠くからそれを見ていたリオラは、ますます歪な笑みを浮かべていた。
「(ククク……男ってほんっとチョロいわぁ。ちょーっと清純なフリしたら簡単に引っかかってくれるんだから。アイツがどれだけ強かろうと関係ないわ。優勝賞金は私のモノよ……!)」
うわぁー。なーんか悪どい事を考えている顔してやがる。
『担い手! ここからが演技の見せ所よ!』
「うっ、うぅ……なんだか、気分が悪いなぁ」
『ちょっ……露骨過ぎよ! もうちょっと抑えなさいってば……ぷぷぷっ!』
俺はベンチで横になり、体調不良を演出する。
リオラは今頃自分の勝利を確信している事だろうが……残念だったな。
【2時間後】
「さぁて! いよいよ2回戦第4試合を始めます!!」
俺がリオラの罠に嵌ったと信じ込ませてからしばらくして。
ようやく回ってきた2回戦。
「……????」
未だに俺が倒れない事が信じられないのか、俺と向き合うリオラは困惑を隠しきれていない様子であった。
「さぁ、リオラ。約束通り、いい試合をしよう」
「あ、え? なん、で……? そんなに、元気なの……?」
「多分、お前から貰った果物のおかげだよ。というか、お前の方はずいぶんと顔色が悪いみたいだな」
「そういう、わけ……じゃ……」
強がっているようだが、リオラの顔色は青く、滝汗が吹き出している。
それにさっきからお腹を両手で抑え、もじもじと内股をこすらせてばかり。
「リオラ選手? 本当に試合を始めてもよろしいのですか?」
流石に異変に気付いた審判が訊ねる。
しかしリオラは立っているのが精一杯なのか、何も答えない。
「……あーあ。中途半端に一粒しか食べないから、毒の効き目が遅れたんだろうな」
「あ、え」
「まるまる食べていれば、もっと早く気づけただろうに」
「まさか……お、まえぇぇっ!」
俺の言葉ですり替えに気付いたリオラが叫ぶ。
しかし、大声を出して力んだのがいけなかったのか。
「はぅっ!?」
ぐぅぅぅぅぅぎゅるるるるるるるるるるるるるるっ!!
お腹からとんでもない爆音が鳴り響く。
「はぁ、ぁ……だ、めぇ……だめぇ……! げんっ、かぃ……あっ、あっ、あっ……あぁ……ぁ」
ポロポロと涙を流しながら、うずくまるリオラ。
審判のお姉さんはオロオロとリオラへ近づいていく。
「うっ……!?」
しかしすぐに鼻と口元を覆い、彼女から後ずさる。
何が起きたのかは……まぁ、おおよそ理解できるが。
「リ、リオラ選手は試合続行不可能と判断します! よって勝者はリュート選手!!」
俺の勝利を告げて、審判のお姉さんは自分が着ていた服の上着をリオラに羽織らせる。
「おいおいおい!? 不戦勝だってよ!?」
「さっき不戦勝で勝った女が、今度は不戦敗かよ!」
「まるで意味が分からんぞ!!」
ざわざわざわと、観覧席に一際大きなどよめきが走る。
そりゃあそうだ。彼らには何が起きているのか分からないのだから。
「やりすぎたかな」
『はぁ? あの女の自業自得でしょ。アタシ達は何も関係ないわ』
「……これに懲りて、二度と卑怯な真似をしなくなればいいんだけどな」
「う、うぅぅっ……ひっく、もうやだぁ……いなかかえるぅぅ……ふぐぅ……ぐすっ、うxぇぇぇぇん」
「大丈夫よ、大丈夫だから。シャワールームに行きましょう」
審判のお姉さんに肩を借りて、足を引きずりながら闘技場を去って行くリオラ。
痛々しい彼女の号泣に胸を痛めながらも、俺は無事三回戦へと駒を進めたのだった。
「きゃああああああっ! マスタァァァァァ! 不戦勝でもかっこよすぎますぅぅぅぅうぅぅぅ!」
ちなみにピィは相変わらずでした。
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新年あけましておめでとうございます!
今年も何卒、お付き合いよろしくお願い致します。
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