第7話 はじめてのおしょくじ(あーん付き)
ピィが色々な料理を食べたいとリクエストはしてくれたものの、そもそも元の世界の料理が存在するのか……という疑問があった。
しかしその心配は杞憂で、条件にぴったりのお店を発見。
「お、おぁぁぁ……っ!」
店に入り、注文した料理がテーブルに届いた瞬間。
それはもう心底嬉しそうに、ピィは満面の笑みを浮かべる。
「マスター! マスターマスター!!」
「うん?」
「ハンバーグです!」
「うん。美味しそうだ」
「エビフライも乗ってます!!」
「ああ、タルタルたっぷりだ」
「オムライスもあります! デミグラスです!! 中身はチキンライスです!!」
「どこの国かは知らないけど、国旗も刺さってるね(緑と赤と青の……不思議な模様だな)」
「スパゲティに、ウィンナーも……ほわぁ」
そう。
ピィの要望を叶える為に俺が注文したのは……良い子の味方、お子様ランチ。
子供の大好きな料理がバリエーション豊かに用意された夢のご馳走である。
「それじゃあ食べようか」
「は、はいっ!」
「「いただきます!!」」
両手を合わせてから、ピィはスプーンを手に取ってオムライスを掬う。
そしてそれをゆっくりと、自分の口の中へと運ぼうとして……手を止めた。
「どうしたんだ? 食べないのか?」
俺が訊ねると、ピィはもじもじとしながら俯く。
それからこちらを上目遣い気味に見つめ、小さな声で呟いてきた。
「あの、マスター。最初の一口は……マスターに食べさせてほしいんです」
「……可愛すぎかよ」
「え?」
「ああ、いや。違うんだ。勿論、オッケーだよ」
俺は尊さのあまり昇天しそうになるのを堪えながら、自分の料理用のスプーンを使ってお子様ランチのデミオムライスを掬う。
それからそのスプーンを、テーブル越しのピィに向ける。
「はい、あーん」
「えへへへっ……♡ あーん……あむっ」
ぱくん。
大きな口を開いて、最初の一口を食べるピィ。
「はむぅ~~~~~っ♡」
次の瞬間、ピィは頬に手を添えてブルブルと震える。
ずっとポイントカードとして過ごしてきた彼女にとって初体験となる食事は、どうやら大成功のようだ。
「おいひぃれふ」
「こら、口の中に入れて喋らない」
「……ごくん。すみません」
「ほら、他にも美味しいのがあるから。どんどん食べよう」
ピィの行儀を注意しつつ、俺も自分の注文したカレーライスを口にする。
おお、なんだかスパイスというか……香りが強い感じだ。
インド風とはまた少し異なっている印象だけど、めちゃくちゃ美味しい。
「あっ……そのスプーンは……」
「どうした?」
俺がカレーライスに舌鼓を打っていると、ピィが俺のスプーンをじぃっと見つめている事に気付く。
おっと、そうだ。
ピィのリクエストの中にカレーがあって、お子様ランチにはカレーが入っていないから、これを注文したのを忘れていた。
「ごめんごめん、カレーも食べたいんだったよな。ほら、取っていいよ」
俺がカレーの皿をピィの方に近付けると、ピィは首を横にブンブンと振る。
「マスター。カレーも食べさせてください」
「え? でも、このスプーンは俺が口を付けちゃったし」
「それがいいんじゃあないですかぁ……」
「は?」
「私はそのような細かい事は気にしませんので! さぁ!!」
「……うぃっす」
ピィって時々すごい怖くなるよなぁと思いつつ。
俺はカレーを掬い、スプーンをピィの方に近付ける。
「はぁっ、はぁっ……はぁはぁはぁ……」
「なんだか息が荒くない?」
「……あむっ!」
「…………」
「あむあむあむ……ちゅっ、ちゅちゅぅ~~~~~っ!!」
「なんでスプーンを吸ってるの!? もう一口欲しいならあげるから!」
俺は慌ててスプーンを引こうとするが、ピィが凄まじい力で吸い付いているらしく、スプーンはビクともしない。
ば、馬鹿な……!? 俺は【力】が1000を超えているというのに……!?
「ぷはっ! 美味しかったです」
「そ、そう? なら良かったけど……」
凄まじいバキュームでツヤッツヤになったスプーン。
さっきのオムの時には気にならなかったが、流石にピィがここまで濃厚に触れたスプーンを俺がこのまま使うのはマズイか。
俺は良くても、ピィの気分が良くないだろう。
「すみませーん、新しいスプーンを……」
「は?」
「え?」
「……マスターは私の事、汚いと思っているんですね。そうなんですね」
「ちがっ……! そんな事はないよ!!」
「じゃあそのままスプーンを使ってもいいですよね? ね?」
「……う、うぃす」
ピィの勢いに押し切られ、俺はスプーンを交換しない事にした。
だって怖いんだもん。
ピィの目が真っ黒になって、なんかグルグルしてんだもんよ。
「……ぱくぱく」
「マスター、美味しいですか?」
「ああ、美味しいよ」
「うぇへへへへへへっ! ひひへへへへっ!」
口に手を当て、ジタバタジタバタと体を揺らすピィ。
喜んでくれているのならいいかな。まぁ、うん。
【数十分後】
「うゅ……むにゅ」
「ご馳走様、までちゃんとしたかったけどな」
あれからしばらくして。お子様ランチをお腹いっぱい食べたピィはウトウト。
椅子に座ったまま夢の世界に落ちていってしまったようだ。
「よいしょっと」
俺はピィを起こさないように優しく抱き上げ、カウンターへと向かう。
「お会計をお願いします」
「あいよ。二人合わせて1000ゲリオンだ」
「これで支払いを……」
俺はポケットから金色のマネークリスタルを見せる。
すると店主らしく男はそれを見て、驚いていた。
「すげぇ、金のマネークリスタルなんて初めて見たぜ」
「そうなんですか?」
「兄ちゃん、見た目に寄らず金持ちなんだな」
店主は受け取ったマネークリスタルを、カウンターの脇にある機械に近付ける。
すると、ぽわりーんという音が鳴る。
なるほど。これは電子マネーやクレジット的な使い方をするのか。
「ありがとよ。また食べに来てくれ」
「はい。この子も大満足していたので、また来ます」
返して貰ったマネークリスタルをポケットに入れて、俺は店を出る。
さて。ピィが寝ているし……宿屋を探さないと。
「おい! 待てよテメェ!!」
「……ん?」
宿屋を探して周囲をキョロキョロしていた俺の前に、一人の男が飛び出してくる。
そいつはどこかで見覚えのある……ああ、そうだ。
さっきギルドの場所を訊ねようとして、魔法使いと僧侶にぶっ飛ばされていた剣士じゃないか。
「この野郎! テメェのせいで俺のパーティーは解散したんだぞ!! どう責任取りやがるんだ!?」
どうやらあの後、仲間割れしたままパーティーは解散してしまったらしい。
その恨みを晴らす為に来た、と。
「すみません。この子が起きちゃうので、もう少し声のトーンを落として貰えません?」
「ふざけんじゃねぇ!! そんなガキはどうでもいいんだよ!!」
剣士が叫んだ瞬間、俺の腕の中のピィが身を捩る。
「うぅ~……うぅん」
マズイ。このままだと目を覚ましてしまう。
そう思った俺の判断は早かった。
「うるさい」
「なっ!? 消えっ……ほげぇっ!?」
ピィの体を揺らさないように気をつけながら、素早く剣士の背後に回り込む。
そして背を向けたまま、右足を使って後ろ蹴り。
剣士はバランスを崩して前のめりに倒れ、顔面から地面に大激突。
「じゃあ、そういう事で」
可愛い美少女の安らかな眠りを妨げる者は万死に値する。
命があっただけでありがたいと思え、と思いつつ。
俺は宿屋を探して先を急ぐのであった。
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お読み頂きまして、誠にありがとうございます。
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