第48話 love you, like you
ぎりぎりに張り詰めた弓のように、唯奈の瞳が揺れている。
これでなあなあに流せてしまうほど、私は主人公体質ではなかった。
鈍感に、何も考えずに、ただ、自分の心だけに素直でいられたら……それはどんなに楽しいことだろう。
けれど私は、イベントの熱にどうにか自分を浮かべて飛ぶ気球だ。
自由気ままに青空を裂く大鷹では、ありえない。
燃え移ったガスバーナーの熱情が、心臓を震わせて、首をさかのぼって顔に至り、毛穴から火を噴いている。
「告白、してるの、よね」
「そうだよ。神子沢唯奈は、
頬を染めながら、けれど真っすぐにそう語る。
「……私は……どう答えればいいのかしら」
「私がそれを伝えれば、その通りに答えてくれるのかい?」
「……まさか。あなたの言う通りなんて、まっぴらだわ」
「そこまで言う?」
唯奈が肩をすくめる。
私は頬に手を当てて、手のひらに頭の熱を移し替えるように、何度か深く呼吸をする。
少し落ち着いた。
最後に大きく息を吐いて吸って、私は、私の中の答えを探し始める。
「……知ってるわよね。私、告白された経験は、それなりにあるわ」
「そうだね。春の風物詩みたいなものだ。今年は珍しく少なかったが」
「そういえばそうね。気にしてなかったけど」
「そういえばって。同じ立場にいる者としては、彼らの勇気も尊重してやってほしいんだけどね」
「一度二度話した程度の、それか、悪くすると、話したことすらない相手に好きだと言えてしまうのは、勇気だとは思わないわ」
だから普段は思考する必要すらない。あってもなくても同じことだ。
「でも、あなたがそれとは違うことだけは、間違いないのでしょうね」
「もちろん」
「……理解できないわ。あなた、こんな私のどこが好きなの?」
見てくれに騙される連中は、まだ理解はできる。
しかし、ひとたび蓋を開けてしまえば、私に他人に好かれるような要素などない。
あらゆる面で秀才でありながら、決して頂点に立つことはなく。
物静かなくせして執念深く手陰湿で、無駄に几帳面で理想が高くて。
度しがたいほどに、ありきたりなラブコメの当て馬ヒロインのような、そんな。
永遠に一番になれない、絶対の二番手。
しかし、頂点を往く女は、「何を馬鹿なことを」と軽く笑った。
「本音を言えば、すべてということになるが。流石にそれでは説得力に欠けるか」
「説得力どころか、正気を疑うわよ。私を何だと思ってるの?」
「毒舌で、強情で、不器用で、かわいらしくて、何より、すごく優しい」
……何か、およそ私とは結び付きそうにない単語があったような。
「最後のほう、誰かと間違えているんじゃない?」
「まさか。優しいよ。いつも周囲を気遣っているじゃないか。少なくとも、私には間違いなくよくしてくれている。付き合いづらい私と九年も一緒にいてくれる優しい人間は、君をおいて他にない」
「……は? そんなことないでしょう。人気者じゃない、あなた。九年はともかく、中学校生活三年間通しで付き合った人間なんて、いくらでもいるでしょう?」
「表面上の付き合いならね。私を見てくれる人間は、確かに多い。それ自体はありがたいと思うが、私は……その。寂しがり、だからね。目を向けるだけじゃなく、手を伸ばしてほしい。一緒に歩いてほしい。そう思ってしまう」
気恥ずかしいな、と頬を掻いて、唯奈は続ける。
「だから君は、特別なんだ。少し前には、ついに愛想を尽かされたかと軽く絶望したが」
言うまでもなく、入学直後のごたごたのことだろう。
「絶望って……」
「いや、いいんだ。いまこうして、私の隣にいてくれているのだから。願わくば、これからもずっと私の隣にいてほしい。許されるのならば、もっと長い時間、もっと近い距離で。君のすべてに触れていたい」
一度言葉を切り、悩ましげな息を吐いた唯奈は、満面の笑みを浮かべて口を開く。
「やっぱり、君が好きだよ」
思わずどきりとする。唯奈に? まさか。
その笑顔が直視できずに、口元を隠しながら視線をそらす。
「とはいえ、あまり求めすぎて君に嫌われてしまったら、耐えられない。だから、現状維持に甘んじてきた、つもりだ。危うい場面も何度かあったが」
唯奈が一歩近づいてくる。対して、私の一歩先はといえば海だ。
逃げようもなく、
「けれど今日、それを焚きつけたのは、君だよ」
さらに一歩。密着といっていいほどに押し付けられた身体は、互いの服を隔てていても、ばちばちに火照っているのがわかる。
「責任、取ってくれるかい?」
「……その」
まつげの触れ合う至近距離。
目を逸らそうにも逸らせずに、視線を右往左往させる。
「ごめんなさい」
そして私はそう言った。
唯奈が沈黙する。
「考えてみたけど。告白は、受け取れないわ」
「そうか」
「待って」
波が引くように離れていこうとする唯奈を、引き留める。
距離が距離だったので、ほとんど抱き留めるような形だった。
「その……隣にいたいというのが『好き』ってことなら……私も、同じ、と、言えなくもない、とは。思う」
毅然と答えるつもりではあったものの、舌は勝手にもつれていってしまった。
恰好がつかない。
唯奈が困ったようにとりあえずの笑いを見せる。
「……なのに、『ごめんなさい』なのかい?」
「だって私、わからないのよ。『好き』って何なの?」
好き。何かひとつのことに、自分の全身全霊をかけられるような、そんな感情を、私はきっと、人生で一度も持ったことがない。
「私も何かを『好き』になりたい。でも、どうすれば、あなたを『好き』だって確信が持てるのか、わからないの。好きになりたいってことは好きってことだ、なんて、廿九日は言ってたけど。でも、友情ならともかく、愛情は、そうじゃないと思うの。あなたみたいに、居ても立ってもいられなくなるくらい、相手のことを想うくらいじゃないと……フェアじゃないでしょ」
「……つまり君は、どうしたいんだい?」
「あなたを好きだって確信できたら。そのときは、私からも、きちんと告白をするから。それまでは……待ってほしいの」
唯奈は長い間押し黙り、やがてほころぶように笑った。
「殺生なことを言ってくれる。でも、わかった。君がそう言うなら、そうしよう」
「ありがとう」
「私は、君が私に夢中になってくれるように努力すればいいんだね?」
「……まあ、そういうことに、なるのかしら?」
どちらかというと、私の内面の問題なんだけど。
「そうか」
唯奈は頷いて、そして、そのまま顔を近づけてくる。
何をしようとしているかは、一瞬でわかった。
薄くリップが塗られた形のいい唇は、日光を反射して艶やかに輝いている。
「だ、誰かに見られたらどうする気?」
「君が嫌じゃないなら、それでいい」
唇と唇が重なった。
息が詰まる。逃げ場はない。塞がれているから。
奪われた。そう表現するのが的確だろう、一方的で、激しい口づけだった。
私はされるがままそれを受け入れている。いや、受け入れているのかも怪しい。
唇から伝わってくる熱を放散するのに精いっぱいで、いまされていることが嫌なのか嫌ではないのかすらおぼつかなかった。
わからない。
ただ、受け入れているのだとしたら、それは好きという感情の一部なのだろうか。
わからなかった。
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