第50話 モブキャラ、異世界へ?

 目覚めるもなにも目覚めたまま、暗い夜道に放り出される。


 凍りついた地面に肩から叩きつけられた。


 寒さも加わってこれ以上にない痛みが右肩を襲った。


(こ、ここは……)


 見たこともない建物が立ち並んでいて、煙突から煙は出ているから人はいるのだろうけど、どの家も不在なのか寝ているのか真っ暗に明かりを落としている。


 今まで王宮しか知らなかった人間脇役モブが、人生初めて別の世界へ飛ばされたのだ。


 驚きのあまりあたりを眺めてあんぐり口を開く。


 見たこともなかった世界観にいささか胸をときめかせるものの、寒さがあまりにも容赦なくて、のんきに珍しい光景に見入っている余裕はない。


(ええ、季節が悪かったわ)


 何のためにあの男がわたしをここへ飛ばしたのかはわからない。


 ネイデルマール城から引き離したかったのか。凍死させたいのであれば絶好の場所だ。


「いっ、たたたた……」


 わたしは痛む腕をさすりながら立ち上がる。


 ネイデルマール城は今、一体どうなっているのだろうか。


 考えるまでもなくみなさんがいたら大丈夫だとは思う。なによりまずは自分がどうやって帰ったらいいのか、考える必要がありそうだ。


「あ……そうだ!」


 ポケットを漁るも、目的のものは出てこない。


「う、うそ……」


 アイリーン様のアイシャドウだ。


 もしかしたらこの場所からでもヘイデン様の書庫へ導いてくれるかもしれない、と思ったのに、いつの間に落としてしまったのか、どれだけポケットを探っても見つからない。


 貴重なものだったのに、と悔やんでしまう。


 どうやって戻ろうかと途方に暮れる。


 そして、目の前をうようよと歩く人ならぬ影にさらに途方にくれることとなった。


(な、なんでわたしがこんな目に……)


 思わずにはいられない。


 うごめくその影は、先ほど目にしたものと同じだったのだから。


 それもひとつやふたつじゃない。


 うじゃうじゃいるのだ。


(ああ……)


 まさに敵の本拠地へ送られたのだと悟るにはそう時間はかからなかった。


 寒さなのか恐怖なのか、震える体をさすりながらその光景を眺める。


 いや、眺めるしかないのだ。


 今度こそ何も持ち合わせていないわたしは、もう立ち向かうすべがないのだ。


 そして逃げる時間もないだろう。


(ここまでしてネタなんて欲しくないわよ)


 書けなくなったらせっかくのネタだって意味を持たなくなる。盛大にため息が出た。


 時間の問題だろうと思っていたけど、思ったよりも早くそのうごめく影たちはわたしの存在に気づき、うようよとした状態でゆっくりと近づいてくる。


(ああ……)


 どうやってやられるのだろうか。


 考えただけでも絶望的だった。


 シャーッと人ならぬ不気味に広がった大きな口を開けて影たちが近づいてきたとき、今度こそもう無理だと拳を握り、ギュッと目を閉じた。


 キーン!と何かと何かがぶつかり合う大きな音がした。


 またも運命の瞬間を迎える前に、何事かと目を開くと、


「こっちよ!」


 という女の子の声がした。


「えっ……」


 長い黒髪を背になびかせた女の子に手を引かれ、彼女の後ろへ庇われるように誘導される。


 ぱっと手のひらで空に円を書くような素振りをした彼女の動きに虹色の光が続く。


(けっ……結界……)


 こんな光ではなかったけど、見たことはある。


 どこのどなたかは存じ上げないけど、助けてもらったことを悟る。


 そして、勇ましい音のする方には大きな剣をぶんぶん振り回し、影たちを一体一体撃退している青年の姿が見える。


 彼が動くたび、キラッとした何かが瞬き、その後を追う。


(な、なんなの……この人たち……)


 知っているような気がする。


 でも、思い出せない。


「ミコト、頼めるか?」


 ギッタンバッタンとそれはもう見事なほどに容赦なく影を切り裂いていくその青年は、ある程度影の動きが減り始めたところでわたしの前で結界を張り、余裕の笑みを浮かべている彼女に声をかける。


「ここの魔物たちは驚くほど弱かったからよかったわね」


 ミコトと呼ばれた彼女は、ふふっと微笑みながら、胸元のペンダントを握る。


 その後、何かを唱えたかと思えばそのままそれを離すと、ぼわっとした色をまとい、ペンダントが光に変わり、ぱぁーっと頭上に飛び散る。


 そして、まるで空に傘がかかったようにまばゆい光が地面に向かって降り注がれる。


 じゅわっとその光に吸い込まれるようにして影がひとつ、またひとつと消えていく。


 不思議なもので、不安と恐怖でガチガチになっていたわたしの心もほんわかとあたたかさが蘇ってきたような気がした。


(えっとぉ……)


 目の前に広がる光景があまりにも新しい展開すぎて、わたしは不安の取り除かれた心で、今までと違うなにか新しいことがおこりそうな気持ちになって胸をわくわくさせた。





 

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