第40話 絶望的な結末お断り

 そのあとは他愛もない会話が続いた。


 どんな小説を読んでいるのか、とか、ヘイデン様の好きな作品を教えてくれたり。


 不思議とヘイデン様といるときはいつも落ち着いている。そんな安心感があるお方だ。


 それに、書庫はとても広いから一通りのものが完璧に揃えてあって話題が尽きない。


「先日お貸しいただいた東洋の作品、本当に素晴らしかったです」


 雅で華やかな世界観にぐっと引き込まれた。中でも……


「ああ、そうだね。特に宮仕えをしているという女性から見て書かれたという宮廷の様子を表した作品なんて、逸材だったね」


「そうなんです! 彼女の目線から見ている世界をえがかれているからか、お姫様たちを主役とした他の作品と違っていて、世界が全く異なって見えました。視点を変えるとこうも物語が違ってくるのだなぁとわくわくして楽しくなりました」


「まるで東洋のレディ・カモミールといったところだったね」


「……えっ」


 また墓穴をほってしまった、と冷や汗をかいてもすでにとき遅し。


 わたしはただ黙って続くヘイデン様の言葉を待つしかない。


「わたしも先日すべて読了したんだよ」


「そ、そうなんですか」


 平静を装うも、もはや顔に出ていたに違いない。


 と、いうよりも……よ、読まれただなんて、じょ、冗談じゃない!!


 言葉にならない悲鳴を上げる。


「妹があまりにおすすめしてくるからね。どんなものなのかと読んでみたら、本当にぐいぐいと引き込まれてしまう内容だったよ。こんな視点もあるのかと、驚かされてばかりで、この立場の人間として、考えさせられることもあったよ」


「そ、そうですか」


 どうか。


 どうか過去のわたしレディ・カモミールよ、失礼な内容だけは書いていませんように。


 虚しくも祈るしかない。


「それに」


「それに?」


「妹が言うには、レディ・カモミールはわたしに好意を持ってくれている方なのではないかと」


「………」


「とはいえ、アッシュゴールド色の髪に薄紫色の瞳なんて我が一家の象徴でもある色だし、わたしとしては誰かと問われたら、どちらかといえば第二王子ルイスの方が雰囲気が近いのか思ったんだけど……」


 どうだろう?と問われてしまうと、困ってしまう。


 こ本人様にしっかりと、あの月夜の晩に金色の髪をなびかせて颯爽と現れる薄紫色の瞳の美しい王子様の描写を見られてしまったというわけだ。頭が痛いなんてものじゃない。


「わ、わたしは……」


 わたしはルイス様を知らない。


 だからこのキャラクターは間違いなくあなたさまなのだと、言うべきなのだろうか。


 言うか言わないか、わたしがそんそわしているうちに、この穏やかな書庫内に豪快な足音が響いた。


「ヘイデン様!」


 駆けてきたのは短髪で大柄な男性で、ヘイデン様を前に頭を下げる。


「おくつろぎのところ、申し訳ございません」


 すっとした切れ長の瞳を伏せるこの男性は……


「何かあったのか? グレイス」


 そう。『氷の従者』グレイス様である。


「それが……」


 と、彼は腰を上げ、ヘイデン様に耳打ちをする。


 わたしはただただその光景を見ており、


「えっ!」


 と瞳を見開かれたヘイデン様の様子がただごとではないことを悟った。


「この者へは?」


 グレイス様の切れ長の瞳がこちらに向けられたとき、あまりにも鋭い眼差しでギロッと睨むものだから震え上がる。


 いつものことだ。


 いつものことで、蛇に睨まれた蛙状態になってしまうのだ。


 相当な精神がない限り、耐えられないだろう。だからこそお会いしないようにしていたのに。


(あっ……)


 それでも、今日はいつもと違うところが気になって、恐怖という言葉を和らげてくれた。


 淡く薄い緑色の瞳に吸い込まれそうになったからだ。


(この色……)


 一度、見たことがある。


 どこで見たんだっけ、どこで見たんだっけ?とあのときも思っていたけど、ま、まさか……。


 わたしは以前にこの色のショールを見たことがあり、うそでしょ……まさか……と、開いた口が塞がらない状態に陥る。


(いやいや、そんな……信じたくない……)


 決して顔が悪い訳では無い。


 どこか遠くを眺めている顔なんて憂いを帯びていて魅力的な造りをしていると思う。


(で、でも……)


 この、この視線がいただけないのだ。


 人を人と見ていないというか、虫けらのように眺めてくる、この凍りついた瞳が。


 わからない。


 淡い緑色の瞳だなんて他にももっといるはずだ。ただただ身近な男性が彼だったというだけ。


「いい。わたしが話そう」


 わたしはきっと百面相で試行錯誤を繰り返していたことだろう。


 そんなわたしの肩にゆっくり手を乗せて、


「ノエル、落ち着いて聞いてくれ」


 そう続けた。


「……そ、そんな」


 腰から下に力が入らなくなり、そのまま座り込んでしまいそうになるところをヘイデン様に支えられる。


「大丈夫だ、ノエル。しっかり護衛はつけるようにするし、わたしも……」


 その言葉はほとんど耳に届いてはいなかった。


 わなわなと手が震える。


(ど、どうして……)


 先ほどのヘイデン様のお言葉がぐるぐる回りすぎて頭を抱えたくなる。


『怪盗バロニスから予告状が届いたんだ』


 そのお顔は珍しく深刻な色をしていた。


 そして、続けられたのだ。


『次の満月の夜にシルヴィアーナを盗みにいくと、そこには書き込まれていたそうだ』


 わたしの思考回路を停止させるには、十分なお言葉だった。





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