第33話 筆を折るのはまた今度
「ねぇ、ロジオン……」
触れかけてやめた。
話し終える前から明らかに彼の表情がいつもと違う色を浮かべていたから。
「そ、そうよね。ごめんなさい」
触れてしまうと、見えてしまうかもしれないからだ。
彼にだって知られたくない過去のひとつやふたつだったあるはずだ。無神経だった。
もしかすると、いや、もしかしなくてもこれはわたしの能力の一部なのだろう。
見えてしまった世界が現実なのかどうかはわからないけど、もしそれが本当の世界なら、わたしは踏み込んではいけない人の領域まで踏み込もうとしていることになる。
「気にしてないよ」
ぱっと逆にロジオンから手を掴み返されて顔をあげる。
「少し驚いただけだよ。それがもしもレディ・カモミールの能力ならすごいなぁと思って」
「ロジオン……」
「まるで君の物語の歌唄い、グランベールのようだなって」
(バカね……)
一瞬彼が見せた表情は『拒絶』だった。
(だてに人の顔色をうかがって生きてないわよ)
だけど、無理して笑ってくれている。
気にするなとこうして握ってくれた手はとてもあたたかくてわたしの心にじわじわと染み渡る。
「書くのをやめる必要はないよ」
「え?」
「もしも君の言うとおり、レディ・カモミールが人の感情に入り込んでその思い出を垣間見て、それを参考に物語にしているのかもしれない。でも根拠はない。それに、君の作品を今か今かと待ち続けて笑顔になれる人がたくさんいるのも事実だよ」
「ロジオン……」
「現に僕は毎日が楽しくなった。次はどんな展開が待っているんだろう、とか。すべてはよく知る君が、君の生活の中から試行錯誤を繰り返して作っている物語だからね。それをそばで見ていられるのはとても嬉しいんだ」
「ああ、ロジオン……」
今までバカにして悪かったわ。
なんて、なんて温かい言葉なの。
わたしは思わず胸が熱くなり、思わず彼に抱きついてしまう。
「ちょ、ちょっと、ノエル!」
「ありがとう、ロジオン! ありがとう!」
嬉しかった。
そう言ってくれて。
嬉しかった。
拒絶をしないでいてくれて。
その時、脳裏にわずかに写った光景があったけど、わたしはかたく瞳を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます