第29話 ネタ集めの心得
確信したことがある。
わたしはある出来事に触れ、それによって心を動かされてしまうとその情景を鮮明に思い浮かべることができる……ということ。
定かではない。
でも、もしかしたらと疑問に思ったことは何度かあった。
その度に、さすがにそんな、グランベール(歌を唄うことで人の記憶に入り込むことができる自キャラである)のような能力があるはずがない、と思い込んでいて、深く考えようとはしなかったのは事実だ。
わたしには能力なんてない。
今までは、ただただ突然脳裏に浮かんだ物語をそのまま文字に起こしていて、自分が考えたものだと信じて疑わなかった。
それにそれが本当の光景なのかどうかもわからない。
だけど、もし、もしもそれが人様の記憶であるなら……もしもこれが、わたしの能力ならば。
そう考えると、考えれば考えるだけ、なんだか怖くなった。
これは、人の記憶へ土足で踏み込む行為だ。思い出というものはすべてがすべて、笑顔で語れるものではないことを知っている。
それだけに、わたしが書くということで誰かを傷つけるようなことはないだろうか。
常に王道で愉快なハッピーエンドの作品を心がけていつも書いているけど、その不安は拭えない。
「ああ、なんだかなぁ……」
今日は新月じゃないからロジオンには会えない。
「肝心な時に相談できないじゃないのよ!」
彼はわたしを見つけても、わたしは彼を見つけられない。
もちろんロジオンが意図的に隠れているわけでないのだけど、あちこち移動を繰り返す近衛団のロジオンとシルヴィアーナ様の別邸にずっといるわたしとでは普段の生活範囲が違いすぎるのだ。
今まで突然会いたい!となることもなかったから気づかなかったけど、用事があってもなかなか会えないのである。
「こんな時にいないなんて……」
こんな、何よりも一番相談したいときに限って。
ネタ集めや素材集めは物書きにしたら基本中の基本だ。
だけど、人様の
それなら嘘八百並べて評価を集めているゴシップ記事と変わらない。
わたしの
基本は全て、事実を元にした
でも、それが違うのならば、わたしはこの先、書くことを続けていいのだろうか。
考えがまとまらない。
「ああーっ!」
わたしらしくもない。
来るはずもない人間をいつまでも人通りのないこの場所で待ちづけるほどバカらしいことはない。
空がもうすぐ満月を迎えようとしている。
彼に会えるのは、あの月が欠けてしまってからだ。
「ああもう、こんなんじゃまるでわたしがロジオンに恋い焦がれているみたいじゃないの!」
思わず先日手に取った東洋の物語で似たような作品があり、胸を弾ませたのは記憶に新しい。すっかり影響されている。
「先人者様方に学ぶしかないわね」
よし、とわたしは立ち上がる。
ポケットには小さな小瓶がキラキラとした粒子を輝かせている。
この中に魔力が込められているなんて、いつまで経っても信じられないけど、事実なのだ。
(やっぱり、アイリーン様はすごいわ)
時刻は午後……きっと九時くらい。
(まだ間に合うわね)
日付を回るまでに。
日付を回るまでにと何度もアイリーン様から忠告を受けているし、わたし自身もそれ以降は翌日に支障をきたしてしまうから問題ないと思うのだけど、二時間もあれば十分だ。
さっと小瓶に小指を添えると、シャララっと小さな光が指にまとわりついてくる。
(ああ、きれいな光だわ)
色とりどりの発色が、暗い夜道を明るく照らしてくれるようだ。
小指をまぶたに軽く乗せると、さらに光の道は広がりを見せる。
ゆっくりその道に足を乗せると、またいつものようにわたしの体はあたたかい光に包まれる感触に陥ったのだった。
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