第8話 相棒、ロジオンは不思議な男

「へぇ! 全然と言う割に結構書けてるよ」


 えらい!と脳天気な声を出すロジオンに唖然とする。


「そんなことないわよ。わたしはこことここのところの表現がなんとなくしっくりこなくって、時間を置いたら何か良い言い回しが見つかるのかと思ったけど、なかなかそうもいかなくって……」


「ノエルは真面目なんだよ。だからこそのこのクオリティの傑作なんだろうけど」


 業務の終わりに、こうした時間にも執筆を進めたい、と切実に思いながらもわたしはロジオンが待機しているという場所へ走った。


 ここは王宮の裏庭のさらに奥に向かった先で、ひときわ大きくそびえ立つ一本の大木の前でわたしたちは顔を合わせていた。


「とりあえず、これが過去作か。これでどのくらい?」


「三分の一よ」


 持てるだけ持ってこいというからそうしたのだ。乙女にこんな重労働をさせて、心の底から感謝してほしい。


「うん。十分だよ」


 ありがとう、と彼が両手に抱えるその分厚い紙の束は歴代のわたしの汗と涙の結晶だ。


「それにしてもロジオン、あなた、昼からずっとこんなことに時間をさいていたけど、お仕事の方は大丈夫なの?」


 一瞬の油断も許されないお仕事のはずだ。


「僕の今日の任務は、これを得ることなんだよ」


 彼は動じない。


 両手の重みを確かめるようにかすかにその指先を動かし、静かに目を閉じる。


 そして彼が微かに唇を開いたとき、シュルシュルシュルっと徐々に彼の手元から音が聞こえ始め、紙の束のページがひとりでにめくられていく。


 ロジオンの手に持つものとは別に、まるでそこから分離しているかのようにゆっくりともうひとつの紙の束が一枚ずつ宙に舞う。


 パラパラパラパラ……と漆黒の夜空の下で、紙が少しずつ束を作っていく。


「よし、完成っと!」


 いつも慣れない。


 圧倒されて見入っているうちにことを終えたのか満足げな表情を浮かべ、ロジオンが口角を上げる。


 そのタイミングでストンっと彼の手にもうひとつ、全く同じスタイルの紙の束がおさまっていた。


「これで姫様にお見せできそうだよ」


 重いものを持ってこさせて申し訳なかったね、と元よりわたしが持ち込んだ束をわたしの手元に返しながら、何事もないように告げてきた。


 これは、ロジオンの能力だ。


 ひとつのものを、全く同じものに複製コピーすることができる。


 だからこそ、わたしが書き上げたたった一冊の作品があちらこちらへと拡散されてしまったわけなのだけど、彼の手にかかればあっという間にもう一つの作品ダミーが完成する。


 いつ見ても不思議な光景だった。


「その能力を活かして魔術師の道を極めればばよかったのに」


 何度だって言ってしまう。


「アイリーン様ほどではないとしても、そこそこは行けたと思うのよね」


「本当だよね。僕もそう思うよ」


 なんで剣の道を選んだんだろうな、と楽しそうに笑うロジオンはあまりにも他人事のようで、正直なところどう思っているのかわからなかった。


 謎だ。


 この男は本当に謎に包まれている。


 彼と出会って、親しくなってからかれこれ二年の月日が流れた。


 それでも未だにわからないことだらけなのだ。


 聞けば教えてくれるのかもしれないけど、そんなタイミングをいつもどうにも逃してしまうのは、彼の言葉にうまく誘導されているからなのかもしれないと、そんな気もしないでもない。


「ノエル、遅い時間に悪かったね。ぼくももう戻らなきゃ行けないから送ってはいけないんだけど」


「はいはい。しっかりお姫様の護衛をしてくださいませ」


 わかっている。


「どうせこれだって本体じゃないんでしょ?」


 彼は物だけでなく、自分自身をももうひとつ生み出してしまうことが可能なのだ。


 とはいえ、制限時間は限られているそうなのだけど、これだけ完全体をもう一つの作れるのなら十分だと思う。


 ぐいっとロジオンの腕を引っ掴み、引き寄せてみると、思ったよりも引き締まった腕かそこにあり、驚く。


「驚いた! まるで本物みたいね」


「こっちが本体だよ」


「え? そうなの?」


「もうひとりの自分は時間が来たら消えてしまうんだよ。だからこんな大切な原稿を抱えている状態で姿なんて消したら、大変なことになるからね」


(あー、さいですか……)


「プロ意識がずいぶんお高いようで」


「そうなんだよ! って、ごめん、ノエル、本当にそろそろ時間切れだ。念の為に加護の力だけ分けておくから」


 そう言うなり光を宿した手でロジオンがわたしの肩に触れた途端、わたしの体は一瞬だけ波打つように全身をその光が駆け巡った。


 これは、アイリーン様が以前かけてくれたものと同じ術だ。


「あ、ありがとう」


 本当に、どうして魔術師ではなくて、わざわざ体力を使って(魔術師も使うかもしれないけど)アナログ的に戦う近衛団の隊員の道を選んだのかしら。


「じゃあね、ノエル! 気をつけて帰るんだよ」


 何度も念を押して走り去っていくその背中を眺め、あらぬ噂が立てられないようにできるだけ人通りの少ない人気のない場所を選んで指定してくるくせに、そんなことも忘れたのか振り返るたびに大声でわたしの名前を呼ぶあの男は矛盾している。


 本当に不思議な男だとしみじみ思う。


 ロジオンの背中が見えなくなった頃、帰路につこうと振り返ったわたしは、目の前に広がるイルミネーションの明るさに今更ながら気づき、息を呑んだのだった。


 


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